第四章 Little__Dream -7



「了解しました、大尉殿」


 巨大な鉈を手にした男が通信機を切る。

 次の瞬間、彼の足元のマンホールがひとりでに跳び上がった。


「マーキュリー中尉!!」

「――――」


 前方にいた部下からマーキュリーと呼ばれた男は、通信機から手を離し手元の大鉈を両手で握った。下から真っすぐに、マンホールへと大鉈を振り上げる。


 黒く、分厚い刃の峰が爆発するように燃え上がる。

 激突する。

 重い音を立て、推進力を得た鉈は円盤状の鉄塊を上空へと打ちあげた。


 次の瞬間、マンホールは勢いよく全方位へ棘を伸ばした。少し遅れていたら、マーキュリーも含め、周囲の部下たちは全員串刺しになっていたことだろう。


「くそ、こいつ!」

「待て」


 マーキュリーは魔導小銃を構える部下を片手で制し、状況を確認した。

 大尉から預かった魔術師小隊は全部で二十名ほど。内、四名あまりが負傷。後方に回らせて治療させている。


 つまるところ、隊の三割強が機能停止に陥っていた。

 戦地なら全滅に該当するだろう。


「――そろそろ諦めてくれないか。何度でも言うが、我々はその子供が欲しいだけだ」

「――何度でも返すよ。僕は、この子を絶対に渡さない」


 それも目の前で瀕死に近く佇む、たった一人の超能力者によって、だ。

 砕けたサングラスが地面に落ちている。


 白髪越しに深紅の瞳を燃やし、少女は荒い呼吸を繰り返している。

 同じ色の髪と瞳を持つ子供を傍らに守る彼女は、己を囲む彼らの存在を感じつつ、にやりとワザとらしい笑みを浮かべて見せた。


「交渉好きなのは紳士的だからじゃなさそうだね。君たちはやっぱり、この子を傷つけることを許されていないんだ。だから包囲してるのに私を追い詰め切れず、だらだらと戦闘を繰り返している」

「…………」

「もしかして急いでるの? でも残念、守りの戦いは得意なんだ、僕」


 そう口にしつつ、露藤ハルは内心では焦っていた。時間切れの話をするならば、先に限界が来るのは負傷もあり、常に全方位を集中しなくてはならないハルの方だ。


 突破口を見出すなら、逆に彼らに全力で攻めて貰わなくては困る。

 だから挑発をしてみたが、


(この男も、それを分かっている)


 だがハルに限界が来るのをずっと待っているほど、きっと彼らにも時間はない。

 そして、、このマーキュリーという男は理解していることだろう。


 目線が鋭く交錯する。


「…………フ」

「…………く」


 知れず、二人は口端を上げていた。

 互いに均衡を保つ余裕はなく、道が一つであることも分かっていた。


 ならば、ここで思考を巡らせ続けることに意味はない。


「全員、魔弾装填! 多少のダメージもある程度は許容する! 大尉殿の命を完遂するぞ!」

「「「了解!!」」」


 ガチャガチャと大通りを前後に封鎖し、ハルを囲む魔術師たちがライフルを構える。

 銃口が火を噴く。


 滝のような発砲音が脳を揺さぶる。魔力によって加速した銃弾が前後から迫る。だが、大量の弾丸は二人に届くことはなかった。


 少女が右手を構えていた。



「『転移転生』――――!!」



 ギンッ!!!

 金属が軋むような、音が鳴り響いた。


 少女の周囲一メートル。

 見えない壁に突き刺さったかのように、弾丸が整列する。百を優に超える弾丸に対する、金属操作。限界を超えた集中力に頭蓋が割れるような痛みを感じながら、露藤ハルは銃弾に対して更なる命令を下す。


(半数を盾に、半数を砲弾に――!?)


 ダン! と軍靴がアスファルトを踏み込む音に、少女の思考は中断された。

 大鉈が構えられていた。


「な――ッ!?」

「中尉ッ!?」


 弾丸の雨の中、マーキュリーが突貫していた。

 腰を低く、両手で握られた大鉈が横なぎに唸りを上げる。


 露藤ハルは銃弾に対する細かい操作を中止し、迫る灼熱の刃を防ぐための盾を作り出す。鐘を打ち鳴らすような重い音と共に、大鉈が弾かれる。


「マーキュリー中尉!」

「手を止めるな! と言った筈だ!!」


 部下たちを振り返らず、マーキュリーは咆える。魔術師たちははっと目を見開き、唇を噛んで即座に銃身を持ち上げ、再び狙いを定めた。


「……ッ!!」


 一度、二度、三度。

 黒く燃える大鉈と、踊るように形状を変化させる金属塊が打ち鳴らされる。


 男の肩と腕をかすめ、銃弾がハルに迫る。

 恐らく、貫通していないだけで命中しているものも幾つかあるだろう。だが男は表情を一ミリも動かさず、次撃のために鉈を構えている。


(――――)


 正気か、と思いかけ、ハルはやめた。


 弾丸を止める。剣を構成し、盾を構成し、時に不意打ちのために棘を発射する。

 大鉈が燃える。加速し、斬撃の軌道を変化させ、攻撃を流し、攻め立て続ける。


「……は、ぁあァッ!!」

「――お、おぉッ……!」


 発砲音と、剣戟音が一帯を満たしていた。

 状況は拮抗していた。


(……)


 相手は軍人。自分も軍人。

 そして、この場は紛れもない戦場。


 ならば余計な思考も言葉も、ここでは不要だと、そう思ったからだった。


「は――ッ!」


 巨大な鉄塊として打ち上げた一撃が、マーキュリーの大鉈を打ち上げ、彼の胴をがら空きにする。だがその直後、男の脇をかすった弾丸がハルに迫った。


 視覚外からの弾丸。

 能力を発動するよりも早く、魔弾は露藤ハルの左腕を抉った。


「く……!」


 鋭い痛みに思考が一瞬だけ停止する。

 身体は止まらずとも、能力は別だった。


 その一瞬だけで、マーキュリーにとっては十分だった。大鉈が横に構えられる。黒く、分厚い鉈の峰が爆発した。初撃と同じ、腰から振るわれる横薙ぎの一撃。


 露藤ハルは慌てて転移転生を金属塊に使用し、全力で防御に回した。

 だが、刹那だけ遅かった。


(間に合わない――!)


 少女が致命的なダメージを悟った瞬間、動きがあった。


【――――】


 小さな手が、露藤ハルの前に突き出されていた。


「「ッ!?」」


 少女と男が驚愕に喘ぐ。

 今まで大人しく守られていたマリが、迫る鉈に向けてその指を伸ばしていた。


【――――】


 現象は瞬時に引き起こされた。

 虚空に鍵穴が出現し、マーキュリーの大鉈はあっという間に飲み込まれた。武器を失った男は目を大きく見開き、少女は脚を前に踏み出した。


 なぜ、と思考する前に、軍人としての本能が身体を動かしていた。


(『転移転生』……!)


 金属塊と前後から迫る弾丸。

 その全てに能力を使用し、少女は目の前の男に向けて攻撃を放った。

 数十の刃と化した金属塊が、軍服へ向けて最速で放たれる。



「……、あ?」



 その、直前だった。

 全身を貫く衝撃が、露藤ハルの胸を穿っていた。

 ぐん、と視界が高速で落下する。


「撃ち方やめ! 対象を捕獲しろ!!」


 マーキュリーの声が響く。

 両膝がアスファルトの地面についている。

 視界の隅でマリもまた、倒れているのが見えた。


 少女は茫然と、目の前の光景を見つめていた。そこには片膝をつき、荒く息を吐く――マーキュリーの姿があった。

 薄く銃口から硝煙を上げるそれには、見覚えがあった。


(治安維持隊の、非殺傷拳銃――)


 それは暴徒鎮圧用に使用される、を発射する拳銃だった。


「はあ、はぁッ……!」

「中尉! 大丈夫ですか中尉ッ!!」

「治療術式を! 早く!!」

「…………」


 少女の身体が地面に倒れる。


 彼らが治安維持隊の装備を持っていること。

 自分がこの男に敗北したこと。


 それらの疑問と事実を全て置き去りに、露藤ハルは視界の端で連れ去られる小さな姿を目で追っていた。


(マ、り――――)


「中尉! 無理をなさらないで下さい!」

「そんなことを言っている場合ではない。今は応急処置でいい」


 マーキュリーは肩を貸そうとする部下の手を払いのけ、立ち上がった。


「小隊聞け! 対象は捕獲した! 我らはこれより、クロムウェルに即時帰投する!」

「「「了解!!」」」


 声を張り上げたマーキュリーの言葉に、魔術師たちは即座に動き始めた。


「中尉、彼女はどうしますか? まだ息がありますが」


 近づいてきた部下の言葉にマーキュリーは再び首を回し、通りの中央に横たわる少女を見やった。

 少女はこちらの会話に反応して地面から顔を上げた。彼女の目は襲撃者ではなく、彼らに捕らえられた少女に向いていた。


「……止めを刺す必要はない。彼女は強い。下手に近づけば、必要のないダメージを被るだろう。我々にはまだ仕事がある。これ以上損耗するワケにはいかない」

「了解しました」


 襲撃者たちが去ってゆく。


 地を這う露藤ハルは魔術師の一人に担がれた白髪の少女に手を伸ばそうとした。

 だが傷ついた身体はぴくりとも動かず。

 彼らの姿が消えると同時に、少女の意識は地面深く落下していった。

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