第三章 PinBall_Game -6



 日光アケミ軍団本部。


廃工場をCOOLに改造したアジトの上階。治安維持隊から奪取したCOOLなケースは、天井近くの神棚の前に安置された。


「うん、いいねいいね!! 実に素晴らしくCOOLだね!! ありがたや、ありがたや……」


 ケースに全力で拝み倒すアケミに、部下たちが顔を見合わせる。


「どうしてそのケースが重要なんすか? 全然日本的じゃなくないっすか?」

「フ……、わかってないね。全くわかってないな君たち……!」


 日光アケミはくるりと振り返り、額に右手を押し当て、髪をかき上げた。


「私は外来の文化、その全てを否定している訳ではナッシング! アルファベットはCOOLそのもの。ピザにコーラに寿司なんてCOOLの具現化そのもの!」

「……」


 無になった部下の表情を完全に無視して、日光アケミのボルテージは無駄に上昇してゆく。


「真に憂うべきもの! それはCOOL JAPANを謳いながらCOOLをまるで解さない愚人たち! 直接的な支援を避け、クソどうでも良い所に無駄に金をかけて仕事して気になる政治家! もっと鳥居増やせ、もっと提灯吊るせ! もっと忍者屋敷を保護しろ! 忍者に人権を! サムライに花束を!!」

「つまり、どういうことなんです?」

「そう、君は君のままでいいんだよ、ケース君……」


 アケミが五体投地で神棚のケースを拝みだした。

 部下たちは顔を見合わせ、額を寄せた。


「俺そろそろっていうか、だいぶ前からこの人についていけないんだけど」

「そうか、俺たちは同士だな」

「このままでいいのかね……」

「まあ、俺たち居場所はねーし……アケミさんは身内には優しい。何より強ええ。あの治安維持隊が手も足も出なかったんだぜ」

「そうだな……それだけは本当だしな……」


 二人は頷き合い、完璧な営業スマイルを浮かべ、


「さすがっすボス! 超COOLですね!!」

「俺たちまだまだっすね! すンませんした!!」

「はっはっはっはっは! 何、苦しゅうない苦しゅうない!! 君たちも見ているといい。いずれこのアケミのCOOLが日本全土を――」


 刹那。

 強烈な衝撃が廃工場全体を揺らし、金属の破砕音が響き渡った。

 アケミはその場でたたらを踏み、壁に手をついて何とか体を支える。


「な、何!? 何ゴト!?」

「敵襲、ですかね?」


 部下の言葉に応えるかのように、階下から複数の悲鳴が聞こえてくる。アケミはきりっと表情を真面目モードに一変させ、アジトの入口へと走っていった。




 日光アケミ軍団。

 アーティストを自称しながら、鈍器や刃物で武装する危険集団。


 仮に日光アケミの存在が無くとも、彼らの制圧にはそれなりの兵力を必要とするだろう。単純な数の暴力が厄介極まるという真理は紀元前から変わらない。

 の、はずだった。


「敵襲! 敵襲!」「うわぁあ!? 何だ!? 何者だあいつ!?」「超能力者か!?」「んな訳ねえ! 治安維持隊は……ぐわああッ!!}「落ち着け! 全員でかかればなんとか……がぁぁぁあああッ!!」「ボスはまだか!? 早くあの人を……くっ!」「どうして! 止まらねえ! 誰か助け……」


「ごちゃごちゃうるせえ連中だな。幼稚園児かよ、オイ?」


 圧倒的な『個』が、蹂躙する。

 彼女は一人だった。


 一人で廃工場入口の分厚いシャッターを破壊し、一人で十数人のNAAメンバーを吹き飛ばし、一人で敵のアジト中央に陣取った。


 御影カオリ。

 真の最強。

 唯一無双。

 絶対的な力を持つ少女は、酷薄に笑う。


「治安維持隊の話でなんとなく察してはいたが……テメエら、ボスが強いだけのワンマンチームだな? 外れ者アウトローの集まりが一人の強者におんぶ抱っこってか」

「く……黙れぇぇええ!!」


 メンバーの一人が鉄バットを振りかぶり、少女の脳天へと叩きつける。だが。


「な……!?」


 届かない。

 バットの軌道は途中で折れ曲がり、カオリに当たることなく床に叩きつけられていた。

 彼は目を瞬かせた。何かにぶつかったような抵抗はなかった。バリアが展開されているわけではない。これはもっと、大きな何かが……


「物体が運動するためには、空間を移動する必要がある。だがもし、その空間そのものが捻じ曲げられていたとしたら?」

「……っ!」

「テメエらの攻撃が俺に届くことはねえ。絶対にだ。そして……」


 歪む。

 御影カオリの背後に広がる風景。

 あるいは空間そのものが、撓む。


「変形した空間が戻る力は……その空間にある物体すべてを加速させる」


 風が吹き荒れる。

 瓦礫が巻き上げられ、人間が宙を舞った。

 御影カオリの周囲に存在したあらゆる物質、あらゆる物体が加速し、NAAのメンバーたちへと牙を向いた。


「『次元操作』――三次元空間への干渉。それが俺の能力だ」


 あまりにも一方的だった。

 絶望的なまでの差があった。

 あらゆる抵抗は意味をなさず、攻撃を防ぐ手段は存在しなかった。


 逃げるどころか、悲鳴を上げる暇もなく、彼らの意識は即座に刈り取られた。御影カオリは動かない。パーカーのポケットに手を突っ込み、無言で廃工場二階に繋がる階段へと目を向ける。

 そこには、紅の髪の下から、琥珀色の瞳を爛々と光らせる女が仁王立ちになっている。


「なかなかやるね君!! でもでも、アケミがここに来た! もう大丈夫だぜ皆!!」


 廃工場全体を揺るがすほどの歓声が上がる。日光アケミは階段からジャンプし、カオリの前に着地した。狂人はその場で一回転してカッコいいポーズをとる。


NAA日光アケミ軍団創設者にしてCOOLの体現者、日光アケミここに推参!! そこな目付き悪いお嬢さん! お前もCOOLにしてやろうか!?」

「御影カオリ。……第一高校生徒だ」

 カオリの髪が生き物のように揺れ動き、つむじ風がパーカーの裾を揺らす。

 NAAメンバーの注目が自分に集まっているのを確認し、カオリは小さく頷いた。


(頼むぜルーク・エイカー。俺が注意を引いてる間に『本』を見つけてくれよ?)



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