第三章 PinBall_Game -7



 御影カオリが囮となり、その間にルークが工場内を捜索する。


 完全に御影頼りな作戦だったが彼女が異を唱えることはなかった。それだけ自分の能力に自信があるということだろう。実際、期待以上の成果を上げていた。


(何だこれ!? 普通に戦略兵器並み、いやそれ以上のバカじゃあないかアイツ! いいなあ! 羨ましいな!! くそう!!)


 一方のルークはというと、完全催眠能力で自分の姿を消しコソコソ『本』を探して回る地味な仕事だった。自分に一番向いている仕事だとわかるからこそ余計に悲しい。


(……ああいうのを、本物って言うんだろうな)


 内心で諦めのため息を吐く。

 だが、ないものねだりをしてもしょうがない。ルークは誰にもぶつからないよう細心の注意を払いつつ、二階へと移動していった。


(しかし……わけのわからない場所だな。何だこれ?)


 あらゆる出入口が鳥居となっていて、しかもドぎつい蛍光色に輝いている。天井からも赤提灯が数えきれないほど吊り下げられ、眩しいくらいだ。メンバーが着ている白のコートには『NIKKO AKEMI ARMY』と書いてある。


 軽く眩暈がしてきた。

 治安維持隊の取調室でメンバーを尋問(軽く幻影で脅したらあっさり吐いてくれた)したときは正直信じられなかったが、彼女たちは本当に『アーティスト集団』ならしい。


(ザ・外人が想像する日本って感じか? その割にはアルファベット使ってるけど……)


 ルーク・エイカーは考えることをやめた。

 というか、考えたら負けな気がしてきた。


 気を引き締めつつ、廃工場上階に侵入する。徹底的に捜索してやろうと思いながら大ホールらしき場所へと足を踏み入れた瞬間。


「……」


 あっさりとケースが見つかった。神棚の前に安置されていた。


「……、……はァ!?」


 一拍遅れで思わず叫んでしまう。

 頭がどうにかなりそうだった。


 幸いなことに、御影の暴れっぷりがすさまじく、ルークの声に気づく者はいなかった。やけに豪華な神棚は天井近くにある。近くには大道芸で使いそうな竹の梯子が立てかけられていた。

 梯子を登り、ケースの取っ手を掴む。

 ルークは安堵のため息を吐いた。


「よし。これで取引は……」


 爆音とともに、廃工場が揺れ動く。梯子がぐらりと傾いた。


「く……御影! あのバカ! 暴れすぎ――――!?」


 ルークが梯子ごと倒れ、手からケースがすっぽ抜ける。

 ケースは窓を突き破り、そのまま廃工場の外へと飛んでいった。




 米軍部隊長は焦っていた。

 本部からの連絡待ちで待機していたら、急に廃工場が爆発音を響かせて揺れ始めた。状況から考えて先ほどの化け物と超能力者が戦ってるのかもしれないが、こんな規模なのか。


 ズン……! という一際大きな振動と共に、廃工場の古びた壁がぐらぐらと揺れる。


「くっ……総員、周囲を警戒しろ! いつ、巻き添えを食うか――」

「隊長! 空からスーツケースが!!」

「わからな――いぃっ!?」


 隊長の脳天にケースが直撃した。彼の手にしていた銃が発砲される。

 衝撃による誤射だった。




「……は!」


 ヴィクトリア・ヴァンピレス・サキュバーは目を覚ました。

 人型の大穴が開いた壁から太陽光が差し込んでいる。

 どうやら壁を突き破る形で廃工場内部まで吹き飛ばされたようだった。


「く……! おのれ、あのお邪魔虫! 至近距離からロケラン発射とか正気!?」


 自分のことは完全に棚に上げる形で、彼女は天井に吠える。


「ああ、私の愛しい人! 米軍の次はあの女に攫われるなんて! 私と同じ赤い目をした『人間』! 唯一の同族! こうしてはいられません。すぐに追いかけて……」


 立ち上がろうと右手を踏ん張ろうとすると、何やら丸いものに手が当たった。自分の下にあるものを確認する。大量の打ち上げ花火が敷き詰められているのに、彼女は頷いた。


「なるほど、花火。これは危険――」


 米軍隊長の銃弾が破壊された壁の穴を通り抜け、花火に着弾した。


「――――おや」


 爆発する。怪物は吹き飛ばされ、工場の壁を再び破壊して外へと飛んでいった。




 露藤ハルはロケランを構えたまま硬直していた。

 隣のマリが心なしか何か言いたそうな顔で見つめてくる。ハルはやや目を逸らす。


「いや、あの――まあ、つい」

【…………】

「いや、わかる。言いたいことはわからないけどわかるよ、うん。でも――」


 工場の倉庫が爆発した。色とりどりの火花と共に、人間のような物体が超高速で飛んできた。


「わあッ!?」


 ハルは悲鳴を上げながら、装填されていないロケランを構える。

 マリがハルの隣に進み出て、右手を前へと伸ばす。物体がハルにぶつかる寸前、空間に大きな鍵穴が開き、飛んできた物体を呑み込んで消滅した。


「…………」


 ハルはまじまじとマリを見つめる。

 少女は何事もなかったかのように無表情だった。




 治安維持隊部隊長は焦っていた。


「この行動は命令違反です! それに我々が行ってもルーク・エイカーの助けには……」

「黙れ! 介入したという事実こそが重要なのだ!」


 治安維持隊専用車両を運転しながら、助手席の部下へと部隊長が吠える。どのような環境であろうと走れるよう、軍用車両は手動運転がほとんどだった。


「このままでは治安維持隊の威信に関わる! 高校生にすべてを任せきりでは格好が……」

「隊長! 空から怪物が!!」

「つかな――いぃっ!?」


 車のフロントガラスに、空間の穴から放り出された怪物が直撃した。

 車がクラッシュしながら加速する。

 衝撃により、アクセルとブレーキを踏み間違えていた。




「な、なんで!? どうして効かないの!?」


 日光アケミが驚愕の声を上げる。

 彼女の能力により、治安維持隊はその装備のすべてをCOOLにされ無力化された。だが、御影カオリの姿に変化はない。洋風のパーカーにスカートのままだった。


 カオリは相変わらず最強のまま君臨し続けている。日光アケミの周囲には、次元操作で気絶させられた部下たちが累々と横たわっていた。


「限定的な事象改変能力。自分が気に入らないモノを作り替える力。なるほど、確かに強力だ。だが発動には条件があるようだな、オイ」

「条件……COOLにすることに条件なんて……」

「相手が自分に絶対の自信がある場合は効かない。そういうことだろうよ。つまりだ!!」


 カオリはびしっ!と自分を親指で指さし、


「俺が! お前以上にCOOLだという――」


 轟音が響く。

 廃工場の壁が破壊し、フロントガラスに女が突き刺さった暴走車両が突っ込み、そのままの勢いで御影カオリを跳ね飛ばした。


「――こと、だぁぁぁぁああああっっ!?」




 米軍部隊長は歓喜していた。

 何だかよくわからないが、お目当てのケースが手に入っていた。


「た、隊長! これ、治安維持隊の取引用ケースですよ! やりましたね!」

「何が何だかわからないがヨシ! さっさと本を回収して――」


 ケースを開ける。花火がいっぱいに詰まっていた。


「……トラップか?」

「……トラップですね」

 爆発した。




「……ぐあっ!?」


 爆音と共に廃工場全体が揺れ動き、ルーク・エイカーがたたらを踏む。


「何なんださっきから!? 花火が地上で何発も爆発したみたいな音がしてません!? ……って、それどころじゃないわ! 『本』が……」


 衝撃で神棚の観音扉が開き、中から飛び出した何かがルークの頭に直撃した。


「どこか――にぃぃっ!? 痛ッ! 一体何が……」


 ……『本』だった。

 どこからどう見ても魔導書な『本』がそこにあった。


「つまり……ケースから『本』を取り出して……神棚にしまって……ケースをその前に飾っていた……ってこと?」


 意味が分からなかった。

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