interlude



 むかし、むかしのお話です。


 あるところに、一人の少年がいました。少年は幸福な家庭に生まれ、慎ましい生活を送っていました。ですが彼の幸福な日常は、あるとき突然奪われてしまいました。


『あぁ、なんてかわいそうに。君以外はみんなみんな、死んでしまったね。人はいつか必ず死ぬものだけど、それは今じゃなくてもいい筈なのに。そうだろう?』


 声がありました。

 赤々と燃えるお家の前で、ソレは明るく笑っていました。


『君には、望みを叶える権利がある』

『深いより這い出たこの僕に、望みを口にする権利がある』

『何でもいいよ。言ってごらん?』


 少年は願います。

 失くさないことを。

 大好きな人たちを、守れる力を。


『いいね。とてもいい。子供らしく、普通で、平凡で、贅沢なお願いだ』

『でも、どうだろう? 例えば君に絶対の力があったとして。それで、みんなを守れる? 本当に? そんなにこの世界は優しいのかな?』


『何かを失うことを止めることはできない。キミたち人間はみんなみんな、不幸なのさ。平等に、そして理不尽に傷つくものなのさ。奪うだけの暴力は、幸福を損なうだけなんだよ』


 では、どうすればいいのでしょう?

 涙を流す少年に、ソレは告げます。


『君には、他者に与える力を』

『立ち上がるための希望を。心を満たすための虚構を』

『失い続けるキミたち人間に、美しいだけの幻想ユメを与える力を』


『ああ、でも』

『もしものために、奪うための力もあげようじゃないか』


『さあ。この本に手を置いて。大丈夫。対価はいらない。ただ、僕に君の物語を見せておくれ』

『明るく楽しい、お腹を抱えて笑っちゃうような』

『君だけの、夢物語を』




 最初はすべてがうまくいっているように思えた。あらゆる願いを叶えてあげられた。


 学校では先生の望む通りに。

 街では市民が求める通りに。

 戦場では軍部の命令通りに。


 大人たちが子供に求める夢を、求められた通りに返せた。

 だけどいつからから、どこかおかしくなった。


『超能力者を持った生徒は歯止めが効かない。君が止めてくれないか?』


 求められることが増えて。


『アイツらのせいで友達が! 犯罪行為なんかさせたくないんです! 助けてください!』


 背負う責任も、増えていった。


『その魔導書は君が保管しなさい。責任とはそういうものだ』


 悪魔の言ったことは正しかった。


 最強を名乗るのは簡単で、誰も傷つけずに事件を解決することが可能だった。抑止力と言われる大量破壊兵器は、実際に使われないのと同じで。


 絶対の力を持つ『最強』の存在は、あらゆる状況を『解決』した。

 だけど、限界があった。

 何より彼の伝説は、すべて嘘だった。嘘は物事を先送りするだけで、肝心な時に役に立たない。全人類から恐れられているのに、銃弾一つ止められない。


 そんな当たり前のことを骨の髄までわからされて。だけどすべてを投げ出すには、あまりにも『功績』を積み上げすぎた。


 いつ、嘘がバレるかわからない。

 みんなに見捨てられるのが怖い程度には、くだらないプライドもあって。

 舞台で踊る道化のように、『最強』を演じ続けるしかなかった。


 もう引き返せない。ならせめて、一番大切なモノだけは、忘れないように。

 あの炎の夜に、悪魔の手を取った理由を。

 本当に守りたいモノだけは、何としても――――




『君が所有する魔導書を我々に提供してほしい。ルーク・エイカー』


 米軍からの接触は突然だった。

 ホログラムウィンドウの前で硬直するルークに、通信相手の男は淡々と続けた。


『専門家たちとの調査の結果、君が持つ能力は悪魔由来だと我々は結論した。違うかね?』

『……さあ。どうかな』

『ふむ……まあ、それについてはどうでもいい。我々も君と事を構える気はない。重要なのはただ一つ。君があの事件の元凶である魔導書を持っている可能性が極めて高いこと。それだけだ』


 ルークはソファに座りなおし、相手を威圧するように腕を組んだ。

 どうやら能力の由来は分かっても、完全催眠能力にまでは辿り着いていないらしい。

 ルークはなけなしの演技力を総動員して、男を睨みつけた。


『仮に私がその魔導書を所有していたとして、君たちに渡す理由はない。大体、何に使うつもりなんだい? 魔術なんて米国きみたちは門外漢だろう。UMA研究の助けになるとでも?』

『それこそ、君の知る必要がないことだ』


 ウィンドウが切り替わり、手術服を着た少女の写真が映し出される。

 ルークは演技を忘れて大きく目を見開いた。


『この子は……』

『数年前、我々がUMAとして捕獲した少女だ。マリアと呼称している。どうやら……見覚えがあるようだな』


 見紛うはずがない。

 彼女と同じ、真っ白な髪に、紅の瞳。

 幼少期に行われた、違法かつ残虐な人体実験の副作用でアルビノに近い見た目になった少女。そうでなくても、顔立ちがあまりにも――


『DNA鑑定の結果、マリアは露藤ハルと血縁であることが判明した。が、対象に人間と同じ意識、魂が存在するという保証はない。我々合衆国は対象をUMAと見なし人権を剥奪。科学発展のためあらゆる手段をもって彼女を……』

『ふざけるな』


 ギリと歯ぎしりをする。

 打算のない純粋な怒りに、爪が皮膚に食い込むほど拳を握りしめた。


『その子に指一本でも触れてみろ。米軍を再起不能なまでに叩きのめすぞ。私にはそれだけの力がある。知らないわけではないだろう?』

『…………』


 男が黙り込む。

 ルークは舌打ちして、ウィンドウから目をそらした。

 威勢はハリボテにすぎない。あまりにも無力だった。


『……君たちの求める魔導書は、確かに私が持っている。日本政府から機密書類という形で君たちに提供しよう』

『よろしい。ならばこちらも魔導書と引き換えにマリアを解放しよう。日本政府にも、『日本人の少女』を保護したとアプローチする。彼らなら飛びつくだろうな』


 ルーク・エイカーと米軍の取引は、政府及び治安維持隊を媒介する形で成立した。

 それですべてが終わるはずだった。


 だが。

 現実は、彼の想像を遥かに超えるものだった。



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