流れる日々

会場


 レイは人々から祝福と希望。願いと期待。すべてをひっくるめて旅立たなければならないらしい。王都で大々的に出陣式を行う事となった。王家主催で三日三晩連続で行われるパーティに護衛として参加は出来ているのだけれど、正直――納得いかない。私は目の前に置かれたお菓子を飲み込む様に口の中に流し込む。護衛はちゃんとしている。常にレイを見ているし、問題ない。大体聖女様に何かしようって輩は魔物以外に存在しないから私の仕事は楽なものだ。


 ……。


 レイの嘘つき。そう思ったのは仕方ないことだと思う。すぐに向かうぞ。なんて脅しは何だったんだ。


 まぁ、でも。ここに招待――正確には護衛だけど――されたのでチャラだし。ちゃら。考えながら再び口元にお菓子を運ぶ。減らないというのは語弊があるが幸せだった、



「太りますよ。姉上」


 ――弟よ。なぜ素敵ドレスを付けて立っているのか聞いてもいいだろうか。リック(わたし)の死亡はすでに届けられたはず。その時点で私の代わりを務める――少なくともそう聞いていた――義理は無いはずだ。あまりに自然なその女装姿。姉の死亡を知らない紳士、淑女からは溜息が漏れている。


 ……やっぱり。あれかな。と考えてちらり視線を殿下に向ければ、似たような面差しの王太子殿下と談笑していた。眩しい。あの一帯が眩しすぎる。私は視線を外した。


「お姉ちゃんは応援するね」


 殿下に向けていた視線で何かを悟ったらしく半眼で見つめられた。照れている――訳がない。ふとにっこりと微笑みを浮かべた顔に、軽く悲鳴を上げる。


「何をです?」


「え。だって――やっぱり殿下が……」


「んなわけないでしょうが。こちらの姿だと女性が寄ってこないので」


 男は寄ってくるようですが。それは。そして弟を見た時の国王様は何とも言えない表情を浮かべていた。挙句の果てに目を逸らしたのはきっと気のせいではないはずだ。その横で王妃が『よく似合っているわるぇ』となぜか絶賛。まんざらでもない弟の様子が一連の流れ。


 レイの反応としては『もう私は何も見ていない』と全力スルーを決め込んでいるし、殿下はいつも通り。ちなみに先生はサボりだ。


「あとは。手を握ればお金取ってます」


「……あ。そうですか」


 たくましい。こないだまで儚げだったのに。倒れそうだったのに。昔みたいに支えて上げようと思ったら勝手に立ち上がっていたというね。何かしら傷はあるんだろうけれど――もはや話してくれるはずもない。甘えてほしかったことを残念に思いつつ、口にフルーツタルトを押し込んていた。


 そういえばなぜお金を取っているんだろう――。知っている限り公爵家って貧乏ではない気がするのだけれど。仮にも公爵位なんだから。


 ここは知らないほうがいいのかもしれないと隣にあるチョコレートを食む。


「そう言えば傷は化粧で?」


「うん――特殊メイク凄いわ。綺麗にきえるんだもん」


 消えてはない。触れたらごつごつとした痕が分かるけれどまぁ一見して分からない程度だ。変色があったのだけどそれは完全に化粧を落とさないと分からない。


 気にはしてなかったけど、無ければないでなんとなく嬉しかった。それに気づいたのかホッと弟も息を漏らす。


「良かった。可愛らしく顔も変わってますね」


「だから凄いよね。うんうん。私もそうだけどリオだってそんなことしたことなかったから新鮮で。あと、こんな素敵な服も――ありがとね」


 さすが公爵とおだてると『何企んでるんですか』と返される。照れ隠しなのだと信じたい。へらっと笑って『なにも』と答えた。


 このぶどうジュースが美味しい。因みにワインは弟に取り上げられてしまった。お子様には早い……。お子様ではないし。


「そう言えばここ最近、不機嫌そうでしたけど、何かありました?」


 それほど不機嫌そうにしていただろうかと考えてそうかも知れないと溜息一つ。私は口を尖らせながら談笑しているレイを見る。


「レイが、私を連れて行かないって」


「それはそうでしょう。けが人を連れていくのはじゃ――気が気でならないですから。というか姉上は逃げるつもりで協力してたのでは?」


 痛い所を言う。確かに目的を叶えられたら別れるつもりだった。逃げて他国で暮らそうかと。考えを巡らせながら耳元のイヤリングを指で軽く触れた。公爵令嬢であった時も着飾ることはなく、アクセサリーなどほぼ無かったに等しいから、これがどれほど値を張るのか分からなかった。失くしたら私の給料では保証できないかも知れないと考えつつ口を開く。


「そうなんだけど。どうせ盾にする気満々であの王太子は私を魔王の元に送りたいのは見え見えだしさ。でも。なんだろう。ここで置いていかれるのは寂しいというか。どうせなら最後までというか。レイを死なせたくないというか――。つまり。乗りかかった船を降りたくないんだよねぇ」


 なんか凄い目標とか思いつかない。私は別に魔王と聖女の戦いも、世界すらどうでもいい。のんびり暮らしたい。でもやっぱりのんびり暮らすには魔物の脅威をとりのぞなければならないし。


 それにと息を付いていた。レイに――皆に死んでほしくない。眼前にこないだの生々しい戦いがジワリと浮かんで軽く首を振る。あんな悔しい思いをするのは嫌だった。墓参りなんてしたくない。その前で泣き崩れる『誰か』を見たくはなかった。


 視線を落としていた事に気づいてパッと顔を上げた。それに驚いたのか少しだけ戸惑う弟の姿。私はにこりと微笑んでからきっと弟の掌を握った。


 相変わらず大きい。どう考えても女性の手ではない。それは置いておく。


「もう身体は断然いいんだよ。私。痛くも痒くもないし」


「許すと?」


 乾いた笑いがとても怖いんですが……。


 そして許すとは一ミリも思えない。引きつった顔で笑顔を浮かべてみる。何か背後に禍々しい者が見える気がしたし。


 でも、だからと言って諦める気など毛頭なかった。


「分かったよ。分かったから睨まないで。素直に家に帰るし――どうしてこんなに過保護にだったんだろう」


 解せぬ。今は他人なのに。解せぬ。ははっと軽く弟は笑う。


「姉上が僕を過保護に育てたんですよ」


「私のせいかぁ、そうかぁ」


 なら仕方ない。仕方ないのかな――と疑問形で考えながら今度はクリームたっぷりのパイを口に投げようとしたが口に入ったのは空気のみ。侘しさに弟を――というより弟が奪い取ったパイを睨んでいた。


「太りますってば。後悔するのは姉上ですが?」


「ぐぬぅ」


 食欲と葛藤。大体こんなお菓子の山なんて一生食べることなんて無いのだからいいだろうという思いがむくむくと湧き上がってくる。こういうところだけが貴族万歳だ。


「動くし。騎士団凄いし」

 

 多分。何とか言い訳を探しつつようやく口を開いてみた。嘘ではない。


「ああ、そうですか。ヒュウムにも頼まれているんですけどね。食わせるなと」


 現保護者にも釘指されている……どういう事なんだってば。そのヒュウムは死ぬほど忙しいらしく――報告と調整で駆けずり回っている――青い顔で幽霊のように歩いているのを見た。身体動かすよりある意味地獄だ。因みに団長は休みを最大限に生かしてどこかの山に修行を兼ねた登山に……。療養休暇なんだけどそれでいいのか。


「……持ち帰っていい?」


 涙目で見つめると弟は目を開いた。咳払い一つ。


「もちろん。後で包ませましょう。ヒュウムの分も」


「ありがとう」


 ふわりと笑うと溜息一つ。気まずそうに視線を逸らす。


「あの。姉上――後で聞いてほしいことがあるのですが……」


「ん。今ではだめ?」


「両手にお菓子を抱えている状態で? 向こうに肉とかもありますが?」


 そう言えば気になっていた。お菓子の机より人が集まっているそこには丸々一頭分のお肉が置かれている。原型をありありと残したまま。食べてね。と言っている感じだ。目はないけど。ちなみに言うなら顔もないけど。おいしそうな匂い。人の良さそうな料理人さんが切り分けてくれている。


 ……。


 あれ。何話してたんだっけ。


「……食べていい?」


「後で話しましょうね?」


 聞けばにっこりと微笑まれた。どこか棘のある笑顔は気のせいではなかったはずだ。

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