捨てたもの
え。
まって。待って。その言葉を何度目か私は呟いた。もはや呟き過ぎて口癖になるほどには。でも仕方ないと思う。『それ』には何か月経過しても慣れなかったのだから。
私の人生――おかしすぎる。どうしてこうなった。
……目が覚めたら数年経過していた。うん?
うん。
――ぎりぎり分かる気がする。いや、それまで誰かが身体を動かしいて気づいたら凄い人になっていたというのは置いておいて。いや、置いておいたらダメか。ダメなのかなぁ――それでも今よりは理解できる。絶対に理解できる。だって、私は『私』として存在していたし。元に戻っただけだし。……いや。もう何を言っているのか自分でも分からなくなってきた。
助けて。といった所で誰も助けてはくれないだろうな。と思わず乾いた笑みを浮かべるしかない。
私は、一年前。目覚めた。二度と目覚める事なんて無い筈の覚醒に驚いたのは誰あろう私だ。知らない天井。知らない人々。知らない土地。
……知らない自身の顔。
――どうやら私は現在『リオ』という名前らしい。王都から西の外れ。シガー伯爵領出身で炎の騎士団――通称魔物殲滅部隊――所属の十七才。ありふれた茶色の髪と黒い双眸。容姿は――普通だと思う。キラキラしたのを見すぎててもはや何が普通なのか分からなくなっている自分が嫌だ。ちなみに言えばリオの両親からは『かわいい』と惜しげもなく言われている……。親ばかだった。
兎も角。私事『リオ』は二年前突如として狂暴化した魔物殲滅の為に派遣された。そこで重症を負い死にかけた。死にかけて――一年間寝込んで目覚めた。そして今に至る。
……いや、でもさぁ。
私は天を仰いでいた。
「この体死んでるよね?」
ぽつりと呟いていた。動いている心臓。空気を求めて呼吸する肺。どう考えても外から見て『生きている』そう思うのはおかしな事だろう。顔色だっていい。
けれど分かるのだ。どうしようもなく『死んでいる』と。恐らく私が離れたと同時に腐り落ちていくのだろうことも。
遺体を満たしているのは私の魂と――何か。でもその何かが分からなくて私は顔を顰める。魔術だろうか。そんな魔術は本に乗っていなかったので分からないが。
ともかく、さすがというべきなのだろうか。……相変わらず魔力は無いらしく分からなかった。それはそれで落ち込む。やはり魔力は魂というものに起因するらしい。まぁ炎の騎士団も物理攻撃特化集団――魔術付与済み――だから問題は無いのだけれど。
……うん。
けれど私にどうしろって言うんだろう。うむと悩んでも分からないので放棄するしかない。頭痛くなるしね。
「どした? リオ。緊張?」
言われて私は我に返っていた。
……。
……。うん?
そう言えば私はなぜ王宮にいるんだっけ? どこか見覚えのある煌びやかな廊下を抜けながら隣で同僚のヒュウムが心配そうに声を掛けてくる。私は少し頭を抱えながらヒュウムを見上げていた。人のよさそうな――実際人が良さすぎる――がっちり体型の青年だ。よく知らないが幼馴染で一緒に剣の鍛錬を行っていたらしい。
目覚めたとき忘れたといったら泣きそうな顔をされた。ごめんなさい。でも――と考えて私は顔を横に振った。
「ええと。私どうしてこんな所にいるんだっけ?」
溜息一つ。大きな手が頭を撫でる。優しい。今度賄賂――おやつ――を進呈しよう。ヒュウムは人懐っこい笑みを浮かべた。誰(・)かのように。
誰だっけ? まぁ思い出せないなら大したことでも無いのだろう。
ヒュウムは肩を竦めた。
「……緊張しすぎ。今日は顔合わせだろ。そんな緊張することないって」
「ああ。聖女様……。聖女様だったわ」
そう。二年前この国に『魔王』と名乗る者が現れたらしい。……何かの病気かなと一番初めに聞いたとき思ったけれど――かっこいいとか私は呟いてないし。憧れて無いから――どうやら本当なようで。それを気に魔術障壁は消えて魔物の狂暴化が始まった。そのおかげでこの体も死んだのだし。アース家の屋敷も無事では済まなかった。なぜか、王都の中でピンポイントに。
……え。
一体何があったんだろう。両親は恨みでもかっていたのだろうか。いや、そもそも魔物に恨まれるって何。という話だけれど。
幸いにして我が弟は無事で胸をなでおろした。五体満足とは言っていないけど生きてるだけいいじゃないか。うんうん。お姉ちゃんは影から応援しているよ。
ただ。使用人の皆さんは――あまり知らないけれど――残念だと思う。少しの間だけれど仲良くなったのに……。
切り替えよう。
魔王が現れればそれに相反する『聖なるもの』も現れるのだという。女であれば『聖女』男であれば『勇者』という形で。
今回現れたのは女性で『聖女』だ。で。聖女を守ることに任命されたのがこの私。というか単純に最前線でお荷物になったからなんだけど。未だ剣が上手く扱えない。それでも普通よりは強いらしい。なんせ本当に炎の騎士団ってエリートらしいから。なので護衛という立場に回された。
なんか、凄いね。私。
……。
あぅ。なんか空しくなった。なんでこう。ねぇ。どうせなら一般庶民とかで良かったんですけど。と思う。
もう普通の人生をですね……。何回目かの溜息一つ。心の中で吐く。
「聖女様はお優しい方ですよ。緊張することは無いと思います」
前を歩いていた案内係の侍女が言う。彼女は大きくて立派な扉の前に立ち止まるとノックを軽くした。対応に出てきたものに取次を伝えれば、重苦しく扉が開いていく。仰々しくて面倒な事でと息を吐いたのは私だったかヒュウムだったか。
畏まって一歩踏み入れて頭を垂れる。聖女と言えば国賓。国賓には王族と同じ扱いを。と言われた。王族の扱い――と考えて殿下と王太子を思い出すがあれからはや二年。噂を聞くところによると王太子は隣国の姫と同盟をするために婚約。殿下は臣籍降下したらしい。公爵家起こしたとか起こさないとか――。あまり調べることが出来なかった。今は平民の身分だし。因みに『私』はリリスが言っていたように術に失敗したのだろう。あまり噂はきかないし。そうでなければ華々しい活躍になるはずで、私も鼻が高くなる予定だった。でもま、そう言う事なのだろう。そう思う。元々失敗すれば死んでしまうと聞いていたのだし。
今度お墓に尋ねてみよう。領地の端に墓地がある。その辺に埋葬されている筈。それはそれで変な気分だった。
そう考えていると『顔を上げてください』と控えめな声が響き渡った。
「ご機嫌麗しく。聖女様。――私は炎の騎士団所属。リオと申します」
すっと顔を上げるとそこには黒目、黒髪の小柄な少女。髪が短い女性はこの国では珍しく耳元で切りそろえられている。少しだけ日焼けした小麦色の肌も相まってか、女性用の衣服を纏っていなければどう考えてもその辺の子供に見えた。
聖女。と訝しむのは仕方のない事だと思う。だけれどそれより……私は子の顔を知っている気がしたのだ。
「ミオ?」
訝し気にいうと少女は息を飲んで私を見つめる。大きな目は驚いたように私を凝視していた。
そう。ミオだ。幽霊の友達。幽霊……では無かったのかと唖然としていると――それはそれでいい事なんだけど――少女は大股で私に近づく。後ろで侍女が騒めいた。ま。令嬢らしくないしな。うんうんと内心頷く。そんな考えをよそにぎゅうと手を握られた。
柔らかくて温かな手。一切労働を知らなさそうな手で私のごつごつとし、ささくれ立った手とは大違いだった。ただ、私はこのリオの手が好きなのだけれど。
わぁ。気持ちいいな。この手。柔らかい。
変態よろしく、ほくほく考えていると少女は私の顔を真摯に覗き込む。よく見ればミオよりは年齢が上だろう。十五、六といった所。
やっぱり違うのかも知れない……。それはそれで何か寂しかった。まぁそうだよね。ミオは幽霊だったのだから。あれ? 魔力の塊――幽霊でいいや。面倒だから。
にしても、何か失態を犯したような気がしてならなかった。視線が痛い。ほぼ逃げる様にしてちらりとヒュウムを見ると首を振っている。『わからん』ということらしい。
「澪(ミオ)――を知っているの?」
「え?」
期待を込めた少女の口から漏れた声に間抜けな声で私は返していた。
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