再会

 少女は何もない空間に立っていた。誰かが言う。――不完全だと。これでは役に立たないと。世界など救う事なんてできないと。いっそのこと還してしまおうかという声に少女は声を張り上げる。


 彼女はそんなことなど許せなかったのだ。絶対に。


『力は――取り戻すわ。どこに、ううん。誰が持っているか知っているもの。私は世界を救う。貴方たちの世界を救って見せる。だから……』


 だから、あんな退屈で何もない世界に私を還さないで――。





 聖なるものはどこかから現れる。そのどこかは海の底かも知れないし、空の向こう側かも知れない。ある日突然この世界のどこかに落とされて彼らは『何か』に導かれる様に神殿に向かうのだという。今回の聖女もそんな感じで――名前をレイというらしい。驚くことに異界の出身だと聞いた。私たちとは異なる世界の異なる人。なんだか不思議。


 ま。手と足と目と頭があるから人間だよねと真面目に言うと噴き出された。ヒュウムも『何かないのか他に』と言っていたけれど何かってなんだろう。首を捻る横で『処置なし』とか呟いていた。因みに覚醒してからどんどん『あほの子』になっていくというのかヒュウムの目下の悩みらしい。


 それって私だろうか。まぁいいや。


 兎も角として、レイはミオとこの世界に来たらしいのだけれどはくれたと言っていた。双子なのだという。なら似ているのは当たり前だ。と楽し気に言ったがよくよく考えればミオは――幽霊だった。


 話せなくない。これ。幽霊ってば身体の無い人がなるもので――ああ、そう考えれば私もではなく――つまりミオは死んでいるってことだ。本人曰く『魔力の塊』とか言ってたけど何が違うんだろう。大した違いはない様なのでやっぱり答えられなかった。


「最近は会っていないので」


 よくわからないです。ごめんなさいと言えばレイは寂しそうに肩を落とした。嘘はついていないから顔は引きつらせて無いはず。相変わらず嘘は苦手だし。そんなことを話していればレイの勉強――魔術とか、魔王のことについて――時間に入り私は部屋を後にした。今日は顔合わせだから仕方ない。


「それでは今度ミオの話を聞かせてねリオ」


 そう言って手を振る姿は可愛らしかった。なんだかまさに『聖なるもの』という感じで癒されそうだった。いや、絆されそうと行ったほうがいいのかもだ。


 もしかしたら友達になれるかもしれないとヒュウムに言えば『正気か』と眉を顰められた。まぁ、聖女様だしね。の反応は仕方ない。


 仕事があるヒュウムと別れ、私は王宮見学することにした。まぁ一人で行動できるところは限られているけれど庶民が縁のない世界――もちろん貴族だった私も縁は無かった――を見るのはとても楽しい。


 静かな廊下はとても広く、埃一つ落ちていない。足元はふんだんに大理石で敷き詰められて歩くたびにコツコツという音がした。広い窓は開け放たれている。細かな装飾。客人を飽きさせないためか壁には絵画が飾られている。私は詳しくないのだけれど恐らく神話――羽根やら角やら生えているし――の一場面が並べられている。もはやミュージアムだ。公爵家とは比べ物にならなかった。


 このツボはいくらだろうか。


 壁の隅に鎮座する白いツボ。中に入れそうなほ大きい。何を入れるのだろうか。植木――とか。私は思わず立ち止まって凝視していた。


 ……。


 ……入るなよ。入るな。


 ……。どうしよう。謎の前振りが聞こえる。人間入るなと言われれば――幻聴だが――入りたくなるものである。ごくりと唾を飲み込んでから辺りを見回すが、楽しいことに誰もいない。


 よしっ。


 小さくガッツポーズをしてから足をツボに入れようと画策した時だった。背中からわざとらしく聞こえる咳払いに背筋が凍る。


 ぎっぎっと首が回る音さえ聞こえそうな動作で振り向くと、明るい大きな窓の外――見覚えのある人物がこちらを冷たい視線で見つめていた。


 ……。


 ……ひ。


 ヒッ――。


 思わず悲鳴が出そうになったのを我慢した私を誰か褒め讃えてほしい。


 人物――青年はなんでもない事のように窓枠をひらりと飛び越えると足をツボに掛けたままで固まっている私を凝視している。私は内心心臓をバクバクさせながら見返していた。


「何やっているの?」


 漆黒の髪と目を持つ青年は不思議そうに私とツボを交互に見ている。絶対わざとな気もするけれどいかがだろうか。


 とりあえず何か言い訳を考えなければ――。


「……掃除?」


 考える前にでて来た言葉がこれなのはどうしてだろうか。取り合えず足を地面に付け、服の裾で拭いてみる。元々綺麗に磨かれていたので小さく滑るような音が響いた。


 無理。


 無理しかないが――今更戻れない。冷や汗だらだら掻きながらようやく(・・・・)青年の存在に気づいたように弾けたようにして頭を垂れた。


「ああっ。で、殿下。ごっ、ご機嫌麗しく――」


 うん。不審者でしかない。私は地下牢の仲間入りを果たすだろうか。考えながら頭を垂れていると『楽にして』という言葉に視線を上げる。


 そう。元婚約者様。殿下だ。名前は――名前……置いておいて。今は公爵なので閣下が相応しいだろうか。でも面倒なので殿下でいいと思う。そう言う事では無いが言わなければ問題なし。


 にしても相も変わらず――キラキラしてるな。この人。青年に入っただけ色かが増している気がする。


「君は? その服は騎士団の制服だね。……炎――か」


 因みに騎士団は分かりやすく四つ存在する。近衛――王族を守る私兵――。魔術――魔術師団のトップで構成だがほぼ空気――。水――治安部隊の上位組織――。そして炎――脳筋集団――。それぞれに身分を示す紋章があり、私たちのは分かりやすく『炎』の刺繍が胸元についている。それを見て殿下は『そう言えば』と呟いていた。


「聖女の護衛が配属されるって――君が?」


 胡散臭そう。私は顔を引きつらせながら『まあ』と呟いていた。騎士団=エリートはツボになんて入りたがらない。確かにそうだよね。


 不審者から外れたなら帰っていいですか? とは聞けずもう一度頭を垂れた。


「リオと申します」


 というか。殿下はこんな所で何しているんだ。会いたくなかった。盛大に。私の会いたくない人物ベスト5に入るくらいは会いたくない。


 たぶん。間違ってもそんなこと無いと思うけれど。


 私は『リオ』として生きたかったのだ。『リック』を見つけられても――困るから。リックを必要ともしていない人に見つけられても――困る。


 私は死んだのだから。いや、この子も絶望的に『死んで』はいるけれど。それでも。


 今の人生は楽しいし。両親も優しい。ヒュウムもいる。皆――私を。


 ――私を?


「――そう」


 心の闇に捕らわれそうになって私は顔を上げた。いや、考え出すと止まらない。だから昔から『考えない』ようにしていた。考えない。それが生きるための秘訣だ。なんだって考えすぎるのは良くない。どんな夜だって乗り越えてきたのだし。


 殿下は考える様に視線を下げ、一拍。顔を上げる。


「見学中?」


「はいっ」


 だから。帰っていい? 帰らせてください。というアイコンタクトは通じるはずもなくキラキラとしたやたら眩しい笑顔を浮かべてくる。何か、不穏だ。


 そう言えば暇なのだろうか。この人。はやく離れてくれない……か――。と考えを遮って声が響く。すがすがしい声。


「そう。なら私が案内しよう――幸い君は私が誰かを知っているみたいだし。聖女の護衛だ。最後まで私たちと共に彼女はいるのだから、君も家族のようなものだ」


 ……?


 ……はい?


 ええと。何を言われているんだろう。私は。いい笑顔で。案内――殿下に? なんで。家族――って。いやいや。


「いえ、恐れ多くて」


 思わず棒読みになってしまった。そんな事より早く帰りたい。帰って懐の飴――ヒュウムがくれた――を舐める。そんな事を考えていると手を差し出された。握れと言う事らしい。


「いいから。それとも――不審者として突き出されるかい? 地下牢の皆と仲良くなりたいと?」


 お断りします。と言わんばかりに私は殿下の手を握ろうとしたのだが――刹那。頭の中で弾けるような痛みを感じていた。同時に焼け付くような指先。


 ぐらりと視界が回るのを感じたが館での所で私は壁に凭れ掛かった。何が起こっているのか。というか、これは私が殿下の手を拒否したということにならないだろうか。


「……へぇ」


 なんか――見たことの無い歪な笑顔してらっしゃいますが。怖い。


 これは。もしかして。もしかしなくても、地下牢送りではなかろうか。――如何言い訳しようか。如何したら。考えながらレイピアを握りこんでしまうのは『殿下を殴り倒してこの国から脱出する』なんておかしな選択肢が浮かんだからである。――まぁ、どう考えても不可能だけど。


「あの、私は」


「君――人では無いんだね」


 何やらしたり顔で言うけれどその言葉を理解できず目を瞬かせた。


「え。そうなんですか?」


 ああ、でもそうなのかもしれない。そう言われると納得するしかないかな。


 だってもう死んでいるのだから。うんうんと考えているとなかなかいい手際の良さでどこから出したかハンカチを私の手首に巻いていく。


 うわぁ――贈ってくれるんですか。なんて乙女が想像するロマンティックなものではなく、どう考えても両手子拘束。触りたくないからと動くなよと言う意味だ。これ。


 ……。


 ア。ウン。ハイ。


 なぜか見学していた筈なのに地下牢送りになるんですね。理解しました。理解なんて一つもしたくないけど。ツボ見てただけじゃないと悪態を付きたい。泣きそうだ。けれど不敬罪とかも上乗せされるので黙っていた方が身のためなのだろう。


「あのぅ」


「なんですか?」


「美味しいご飯とか出ます?」


 私それなりになんでも食べることができるけれど、やっぱりご飯は美味しい方がいい。刑の確定――何もしていない――までは美味しいものを食べたい。出来れば甘いものが好きなのだけど。


 ……無理か。


 殿下は私の質問の意味がよくわからなかったようだ。怪訝な顔をしている。だよね。牢なんて『残飯』が一般的なイメージだ。治安部隊とかにも関わったことが無いのでその辺はよくわからない。溜息一つ。


 せめて王族の残飯なら――。いけるかも知れない。豪華そう。


「……考えておくよ」


 え。考えてくれるんだ。嘘なのか本気なのかは知らないけれど、その言葉だけでなんだか今日のご飯が楽しくなってしまう。……私は精神構造が少しおかしな人では無いと思う。


 断じておかしな人ではない。引きずられる囚人のように歩きながら私は今日のご飯のことばかり考えていた。

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