傷痕
派手に戦ったとは言え、被害はそれほど無かった。それでも使用人と門番合わせて五名――その中には私を世話していたマイルも含まれる――死亡。騎士団の中では二名死亡した。騎士団も壊滅的な被害を受け、暫くは療養が必要とのことだ。そのために暫く騎士団はアース家に留まることになってしまった。これで国家が――国民が困ると言えば困るが副団長率いる別分隊がいるので問題は無い。酷使は間違いないだろうが。泣き叫ぶ副団長と同僚の姿が目に浮かんで同情を禁じ得ない。まぁ、そんな私もベッドに張り付けられてほぼ一か月。ここに来てからベッド生活しかしていないけど大丈夫なのだろうか。私。
葬列にも参加できなかったし、役立たずでは――。泣く。
「傷跡と火傷残るみたいだよ?」
ふと耳に響く声に私は視線を移動させた。
近くの椅子に座っているレイだ。見張り――いや違うと信じたい。ともかく口を開いたレイの顔には罪悪感が滲んでいた。レイがそうしたわけでもないのに。
私としても別にこんな傷ぐらいどうでも良いんだけど。
もしゃもしゃとリンゴを租借しながらレイを見る。ごきゅんと勇ましい音を鳴らして喉へ流し込むと口を開いていた。Aa
「あ。そうなんだ」
言葉に眉を顰める。信じられない。そんな顔で見ているだろうか。
「え。軽くない? 顔だよ。顔」
何か問題でもあるのか。よくわからないけど大切な事らしいが、心底どうでもいい。目も見えている。機能的には問題ないし。私は肩を竦めた。
「別に? 痛くなければそれで――ああ。そうだレイが治してくれたって聞いた。聖女様って傷とか治せるんだ。凄いなぁ。ありがとう」
私の傷は見えるところは顔位。ただ内臓に相当なダメージを負っていた。簡単に言うと私が――というより魔王が持つ魔力で心臓近くの内臓焼き尽くしてしまったらしい。そう聞いた。
え、何それ。怖い。良く生きていたな。と思ったが――死んでいたわ。私。と突っ込みが入る。なので内臓が死んでも心臓さえ無事なら少しぐらいは生き残るらしい。その時間を利用してどうやら助けてもらった。
聖女と神官――リリス――そして稀代の魔術師という豪華メンバーである。よく考えたら凄い面子だ。それで治らない筈がない。
ぽっと照れる様にレイは頬を染めた。
「そ……それは、リリスもいたし。あの厚眼鏡も。それに――」
……厚眼鏡。先生は眼鏡を外さない所存らしい。まぁ――あの顔だし。と遠い目をしてしまう。因みに性格だけだと絶対女子には好かれないと確信している。一部には受けるかも知れないが。
というか。大魔術師なんだけど、その呼び名でいいのかな。聖女なのでいいのかも知れない。
「うん。でもありがとう。頑張ってくれたってベルが言ってた。今日も先生やリリスは騎士団の診察? 疲れているのに」
当然ながら豪華メンバー――あと数人の神官――は私だけではなくここにいる重傷者の手当も行っている。その重傷者は意外と多く過労で倒れたらどうしてくれるんだと先生は文句を言いながら毎日お茶をしている。案外余裕はあるんだろう。ただ、リリスは見るたびにげっそりしている気がするが。
仕事だからガンバリマス。と無表情で言われた時はどうしようかと思ったが、最近は快方に向かっている物が多くマシにはなってきていた。
「ああ。めんどくさいのがいるから嫌だとか言って拒否したけど、派遣されている神官さんに連れてかれた」
「あぁ……なんか、ごめん」
団長だ。となぜか確信してしまったのはなぜだろう。とりあえずリリスにも後で飴を進呈しておこうとレイに飴を投げる様に渡しながら考える。素直に受け取ったレイを見届けて口に再びリンゴを投げる。
「そう言えば、力戻ったって聞いた。良かったね」
でなければ私の深い傷なんて治らなかったのだし。ヘラリと笑うと、レイはあからさまに固まった。どうやら『私』の事を気にしているらしい。
ま。眠っていたあの『私(リック)』は死んだよね。当然ながら。と苦笑を浮かべるしかないし、気にするのも分かるが、私自体はそのことを何も思っていなかった。正確に言うととその部分は忘れていたに等しい。先生から聞いたときも『フーン』で終わった記憶しかなかった。ただ、弟の事が気になっただけで。
……あまりにも寂しそうに笑うから。
私はここにいるのに――別の誰かを求めるような目をするのは悲しかった。きっと私では役に立てないらしい。
どうにかしてあげたいんだけどな。できることって無いだろうか。シャリシャリと租借しながらリンゴを飲み込んだ。
「ああ。気にしてないから。ないない。死ぬのは悲しい事かも知れないけど、ここに本人がピンピンしてるんで気にしない。戻らないって決めたの私だし」
戻る方法があったのすら謎だけど。知っても意味は無い。へらりと笑う私にどこか疲れを吐き出す様に溜息一つ。
「はぁ――相変わらずバカなんだね。能天気というか。傷の事もあるのに」
……えっと。
これは。喧嘩売られてるんだろうか。まさかねぇ、と笑うとレイも乾いた笑いを返してくれた。褒めてくれているのかも知れないとポジィティブに考える。
呆れた様に見られたのは気になったが。途切れた会話。別に無理して喋ることもないので私は窓の外に視線を投げた。
青い空。雲一つないすがすがしい天気だった。柔らかい風。何事もなかったように今日も吹いている。いつも通りだ。明日もそうであってほしい。
誰もこんなことで死んで欲しくないな。となんとなく思った。
「まぁ、でも。リオ。あ……ありがとう。私をここまで連れてきてくれて」
「連れてきたのは先生だし――私何もしてなくない?」
悲しいことに気絶してたし――というか、いつでも気絶してないか。私。護衛失格というか何というか。レイが怪我していないからいいのかもしれない。いいことにしよう。団長が知ったら絶対いい笑顔を浮かべるな。これ。想像しただけで背中に悪寒が走る。
「リオがいないとここにいないよ。あの。――ミオにも会えなかったから」
そう言えば力はミオが持って行って、その力で私を維持――。ミオは自称『魔力の残滓』だから。レイに取り込まれるということは。
そうか、そうなるよね。私が死んだことよりそっちの方が悲しい。
「ああ――そうか。ミオも消えたんだ」
私は小さく呟いていた。申し訳なそうに眉尻を下げたので『大丈夫』といつものように笑う。レイのせいでもないし、ミオのせいでもないと思うから。
「……ごめんなさいと伝言を預かってるよ」
「なんで?」
「イブだったかな――の願いを聞き入れて心臓を固定したこと。魔と聖の力を織り交ぜて固定させてあるから酷く負荷が掛かってどちらかに振り切れる事があること。それは酷く身体を損傷させ痛みを伴う事――を謝ってた」
……。
……ええと?
すっと手をあげてみる。それをレイが指した。『どうぞ』という低い声。
「イブって誰?」
「魔王の名でしょう?」
「……そう言えば、そうか。助けてくれたのは魔王だし」
心臓は魔王の心臓だったし。そう言えばなんで助けてくれたんだっけ――。リオを好きなんだっけか。それならリオの魂を固定すればいいのに。そう思う。なんでこうなったんだろうか。よく分からない。分からないことは放置する。私は顔を上げた。
「身体の損傷って?」
「ああ今の状態よね。今は魔に振り切った感じ――暴走――だから心臓から出る炎に内臓が焼き尽くされた感。血の一滴迄炎ってどういうことだよ、って感じ」
治すの大変だったんだから。と付け加える。少し顔が引きつったのは何かあるからだろうか。でもまぁいいや。
「因みに聖は?」
「天国見たい?」
なにそれ。怖い。首をぶんぶんと横に振った。この痛みと――とは言っても魔術で緩和されているけど――どう違うんだろうか。
「まぁ、そっちの方が正直簡単だからそっちがいいのだけれど。――兎も角、ありがとうって事で。あと、誰もいないときに暴走とか止めてよね。助けられないのは困るし――死なれたらいろんな意味で困るし」
語尾が小さく。それと共に頬が赤く染まっていく。なんだろうか。この可愛い生物。なんとなく腹立つ我儘な子とか思っていたけど――可愛い。なんか可愛い。手を伸ばしたら怯えた様に避けられた。
傷付くんですが。地味に。絶望的な顔をしていると申し訳なさそうに口を開いた。
「いや、あのぅ。ごめん。――反発して痛いから」
そっかぁ。私――基本。魔物だったわ。力が戻ったのであれば殿下と同じかそれ以上だと推測できた。
寂しい。私はぽふっと軽い音を立てごろりとベッドに横になる。
「ああ。そか」
「あのさ。私。旅に出ることになったんだ。……位置も大体把握したし」
「へぇ。なら私も早く治さないといけないなぁ」
けれどいつ後の治るんだろう。これ。下手に抜け出せばすごく痛いし、リリスが涙目で飛んでくるし。第一弟が鬼の形相になる。後はヒュウムが呆れるくらいだ。まぁ今ヒュウムは王都との調整で今はいないのだけど。
悩んでいると不思議そうにレイが口を開いていた、。
「いかないよ?」
「え゛?」
「いかないってば。リオは。それに王都へ明日出発だし。間に合わないよね?」
「え゛?」
――どうやら私は置いていかれる方向になったらしい。寝耳に水の言葉を私は一生懸命かみ砕いていた。
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