不思議なこと2

 最近加えられた日課がある。それはなぜか殿下の迎えを待って一緒に帰るという事だった。初めてそれをされた日には『え。え。なんで』としか言いようがなかったし会話も持たなかった。殿下曰く『わしたちはお互いを知るべきだと思うんだ』らしい。まあ、そうか。そうだよね。このままいけば私達は結婚するのだし――実感は皆無だが――。



 そう言えば結婚ってなんだろうか。……なんだか冷たい――というか目も合わせない両親を思い出して何の意義があるんだろうかとふと思う。そんなものに理想を描けるわけもない。



 ともかくとして、話すことなんてない……。そして別に知りたくもないと言うのが本音だ。



 ということで今日もイブを引っかまえて殿下と歩いていた。徒歩通学。……いつもながらおかしいと思うけれど庶民との公平性を保つためにそれ以外が認められていない。護衛すらもだ。これで何か事件や事故が起こっていないと言うのだから不思議だったりする。



 並んで道すがら殿下はにこりと微笑んだ。……所謂王子様スマイル――に私は何も思わなかった。行き交う人が黄色い声を上げるのを聞きながら、きっと何か欠落しているのかも知れないと真剣に悩む。



「今日は何か変わったことはどうですか?」



 何時も聞かれるけれど、同じような毎日で変わったことは何もない。テストで怒られた……なんて言ってもおかしいだけだし。弟が寝坊したと告げ口をしても首を――弟に――絞められるだけだし。無理やり捻出するにしてもそろそろネタ切れだ。――と考えながら視線を滑らす。特には――と考えて『ああ』と声を出し、カバンをごそごそと漁った。



 整理整頓をちゃんとしてください。と弟に言われる程苦手なためパラパラと小物が中で散乱していて取り出しにくい。それを呆れた様子で覗き込んだイブ。小首を傾げて待っている殿下。



「そう言えば、ノートにイブの似顔絵描いたの忘れてた」



 心の中で謎の効果音を鳴り響びかせながら私はノートを掲げる。どやぁ。と言う顔で広げるとイブに見せつけた。



「かいしんのでき。可愛くない?」



 謎の生物だけど。もはや人間でもない様な気もするけれど。覗き込んだイブは『これ、俺?』などと絶望的に呟いて殿下は『前衛的ですね』と無表情で紡いでいた。



 『褒められた』ことに満足した私はノートを破るとイブに押し付ける。『ええ』と困惑気味の声が聞こえたのは気のせいだろう。



「いつもお世話になっているお礼。もしかしたら画家に成れるかも知れない。私」



「……いや。あの俺は――」



 何かを言いかけてイブはぐっと唇を噛んだ。視線を――いや顔を私からずらすと『ありがとう』と消え入る様に呟いている。感動したのか頬がかなり赤い。



 ……よくわからないけれどそんなに気に入ってくれたのだろうか。なら嬉しいな。イブには何も返せていない気がするから。少しでも返せたのは幸いだと思う。



 ただ後ろの殿下。圧を感じるんで。圧を。なぜ……。もしかしたら仲間はずれが悔しかったのかも知れない。いい年なのに変なの。と心の中転がして私は殿下を見つめた。



「似顔絵を描いてたのは授業中なんですが……」



「へぇ。この子を授業中を見ているんだ」



「……」



 殿下はイブが嫌いなんだろうか。……出来れば仲良くなってもらいたいのだけれど。いや、そもそもとしてイブが『あいつ嫌いだ』とか言っていたら無理なのかもだけど。



 とりあえず笑顔が怖い。



 内心は『もう帰りたい』と何度も繰り返していた。



「いや、そうではなくて――。あっ、そうだ。あの授業中に不思議な子を見たんです」



「ああ。そういやそんな事言ってたっけ? 幽霊かもって」



 そう言うのはイブだ。昼にその話はしたんだけどなぜだか『幽霊』から『アイス』に話題がシフトチェンジしていた。最終的に『料理長の作るお菓子はなんでも美味しい』という結論に。なぜそんなことにったのか忘れたけれど。今度お願いしてアイスをイブの分も作ってもらう予定だ。



 私は頷いてから殿下を見た。



「不思議な――」



「誰にも見えていなくて、私だけに見える女の子です。多分……年齢は私と同じくらいだと――。黒い髪をしてたと思う」



 そう。殿下と同じような――。あれは幽霊だったのだろうか。それとも幻覚か。少し視線をずらすと消えていた少女。どこを見ても現れることはなかった。



 殿下は少し考えて口を開く。少しだけ渋い顔になっていた。



「……もしかしたら魔術かも知れないね。幽霊よりは現実味がある。誰かが君にメッセージを送りたかったのかも。君は――その。『稀代の魔術師』だから。そう言うお願いは王宮にも良く届くんだよ。でも秘匿性を追加-―視えないという事はあまり聞いたことはないのだけど……」



「助けてくれって?  ……屋敷にも?」



「そんなとこ。屋敷の分は弟君が止めていると思うけれど……まさか初等部にね」



 私が『初等部』にいるといことはとっくに知れ渡っている。というか隠せはしない。なぜいるか、までは教師に口留め。生徒には社会見学――親に言っても多分信じはしないだろうし――となっているらしい。因みに私の同級生には『あ、こいつ勉強しに来ている』と言うことは初めからバレている気もする。イブは知ってた。



 ……予習頑張るかな。



「その辺はジャベルの担当だった筈だが――」



「でも――そんなに私にお願いが? 何を?」



 魔物の退治とかは無理だけれど力に成れるかも知れない。私自身何ができるというわけではないので、できる範囲でだけれど。私は考えながら殿下を見る。



「大抵は拝む為だって聞いたぜ? 父ちゃんから。魔術師なんていない小さい村々に取っては大結界を張ったリックは神様みたいものだからって。でもさ、大抵は手紙なんだよな」



 さすが魔術師の息子の情報網。にしても拝む。拝むって何だろう。神様……って私人間なのだけれど。前の私は神様でも取りついていたのだろうか。怖い。万能すぎて怖い。拝まれるだけならいいのかも知れないとふと思うが。無理だ。事を成したのは前の私だし、感謝される覚えなどない。むしろ罪悪感でいっぱいになるわ。



 何か。私にもできる何かは無いんだろうか。



「……」



 というかイブ。いつの間に飴を食べていたんだろう。口の中でコロコロ転がしている。『ちょうだい』そう言う前に口に突っ込まれた。いや、何なのだろう。私は絶対食べるとか思っているのだろうか。……思っていそうだ。



 食べるけど。じろりと睨めば満足そうに笑う。



 なんで。そして飴玉はおいしい。



 むふぅと笑う私を殿下は横目で見ていた。



「そう、だね。滅多に魔術で来たりしない――何かどうしても火急の用があったのかも。こちらでそれは調べてみる。ジャベルにも協力はしてもらうが……リック。もし、魔術で寄越したとしたら今の君に手に負えない。というか負えないし無理」



 戦う術は何一つ持っていない。当然身を護るすべも。ていうか私は毎日頑張っているのに魔術一つ起動していないと言うのはどういう事何だろう。自分が腹立たしく思えてくる。――ので別に暗に『役立たず』と言われるのには傷つかないけれど。



 長い指が頬に触れる。心配そうに殿下の両眼が揺れていた。白い肌に黒い髪と双眸は良く映える。薄い唇。長い睫。それを私は他人事のように見つめていた。ようは、やはりなにも思わない。本当に相思相愛だったのだろうかと訝しむほどに。



 あ。目元に薄い黒子が……。



 ぼんやり見ていると突然殿下は弾けるようにして手を離した。少し呻いてから殿下はイブを一瞥し、イブは鼻を大きく鳴らしている。



 ……イブに何があったのか知らない。でも足踏んだらだめだと思う。嫌いなのは分かったから。



 一応殿下っていう意味は教えたはずなんだけど――関係ないのか。そうか。



 いつか不敬罪に問われても知らないぞ。



 殿下が何かをイブに言う前に私は口を開いていた。



「あの。大丈夫です。私よくわかってますから」



「何を?」



 苛つきを押し殺すようにして殿下は溜息一つ。なぜか疑わしそうに見ているけれど、もしかして私信用ないのだろうか。弟にはよく『そんなこと信じられますか』と言われるけれど。そして本当に信じてないし。



「私がただの子供であるという事を。なので誰かを護ることはできない。護られる達はという事を。――迷惑はかけません」



 多分。



 にっこり微笑むと今度はイブが胡散臭そうな顔を浮かべている。まぁ毎回巻き込んでいるので仕方ないかも知れない。でもなんだかんだ付いてきてくれるからやさしい。実は帰り道少し遠回りということも知っている。『近道しってるから』と言うのは本人の談。それが真実なのかは分からなかった。



 殿下は眉間に少しだけ皺を寄せる。



「何か含みがある気が――まぁ。はい。何かあればすぐに弟くんに伝えてください。私でもいいですが……」



「はい。大丈夫です。弟に伝えますね」



 沈黙。何か変な事を言ったつもりはないけれどどこか不満そうではある。弟に言うつもりがないことに気づかれたのだろうか。イブは何か察したようで声を押し殺して面白そうに笑っている。それは殿下が不満そうに一瞥しても続いていた。何かイブに対して言うことはなかったけれど。



「……宜しく頼みます」



 溜息交じりの言葉を聞きながら、私は『幽霊――仮称――に今度会ったら何を言おうか』と考えていた。聞くだけなら別にいいだろう。私には何もできないけれど聞いて考えることはできるのだから。その上で殿下か弟に話してみようと思ったのだ。



 ――魔術師に頼るほど困っているんだし。



 一応権力者なので私よりはマシなはず。何か対処してくれるだろう。他人任せだけれど仕方ない。私にできることはそれぐらいしかないのだから。情けなくなんてない。それが自分の精一杯なので。



「はい」



 絶対何か企んでる――。私の笑顔にそう言いたげなイブは顔を盛大に引きつらせていた。


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