見たいもの
色とりどり花弁が雪のように舞っていた。天から降り注ぐことなく、人々の手から空に放たれる。一つ一つが祈りのように。それは青い空に舞い、ゆるゆると地面に降り積もる。その花弁一つを捕まえて私は歓喜の渦。その中心を顔色一つ変えず歩く一団を屋根の上から眺めていた。
聖女一行の旅立ちである。人々は希望を、祈りを。勝利を信じ捧げ送り出す。負けるかも知れない。世界の終わりになるかも知れない。そんな不安を押し殺して笑顔で誰もが送り出していた。
まるで。そう。絵本の中にいるようだ。
――怖いな。
ふと思った言葉を飲み込む。そんな事を考えても埒は空かない。自分はすでに選んだのだから。もう戻れない。私は進むしか無い。
我儘を押し通すために。
私は花弁を一つ掴んでふっと一を吹きかける。それは他の花弁に紛れてどこかに消えていった。
「ふぅん? 短時間でよく躾けたものだな」
ぽつりと隣でイブが零す。相変わらずの上から目線だ。どうせ『粗野なレイを凛として真っ直ぐそれなりに魅せられる』という事を褒めているのだろう。
何とも――分かりにくいこの魔王。貶めているのではないと思うんだけど。……多分。最近分かり始めたのだけどひねくれすぎだと思う。
まぁ、でも。と私は遠くで豆粒のような一向に目を馳せる。どんな表情をしているのかなんて分からなかった。
「躾って。レイは元々ここに来てから勉強してたから、短時間というほどでもないよ。それに殿下もいるし」
レイは一人で旅立つわけではない。聖女、剣士。魔術師。神官という組み合わせで旅立つ。魔術師と神官について詳細は知らないが他国の人だと聞いた。剣士に関しては殿下で、この国を代表して挑むのだという。
『最強』というのではなくて『代表』。最強であれば恐らく稀代の天才と呼ばれる先生だし、剣で言えば殿下より団長の方が数段強い。良いのかそれでと思うが、実際そんなメンバーなので良いのだろう。聖女の力は本人の力を何倍にするとも言われているのだし何とかなるとは思う。
……こちらとしてもやりやすいし。
大体、先生が非協力的なのだから仕方ない。
先生曰く『は? なんで人間の為に?』だし――先生は人間では無いのだろうかと思ったが――。団長はそもそも団体行動が苦手で一人考えなし突っ込んでいくタイプだ。うん、狂戦士かな。無理だ。こっちは協力的らしいが――まぁ騎士団の全力をもって止めたらしい。
「……イブが勝ったら、レイたちは死ぬのかな?」
ふと頭に過った言葉はぽつりと零れる。
私が神様に勝ったとしても――やっぱり死ぬのだろうか。職業柄『死』というものには慣れている。隣にあるのが当然で、どこにでも転がっているものだ。いつの間にか何も思わなくなる術を身に着けたはずだけれど――やはり親しいものの死を考えるだけで足が竦むのはなぜだろう。
「……俺が負ければ俺達(・)が死ぬのと同じことだろ?」
呆れた様にいうイブは私に向けて飴を投げた。見たことのない珍しい飴だ。まるで天から振ってきた星の形をしているように思えた。
イブは私が手に取ったことを見届けると空へと視線を流す。
「負けてやってもいい」
「は?」
声に少しだけ口元を緩めたように見えた。どことなく楽し気に。いや――違う。悲し気だろうか。
「元々そう(・・)為ることが決まっていた先の見える戦いだったからな。胸糞の悪い出来レースだ。だから人は明日も栄えるし、アイツらも死なない。消えるのは俺と――お前。魔物は残るけれど――まぁ。それはそれだろ?」
……リリスは言っていた。魔王を倒せば実に呆気なく次の日はやってくる。その次の日も。人類は積み重ねていける。――人類を捕食する魔物に怯えながら。ただ、それも核が消えれば魔物も消える。それを成しえるのは『今代』だけだと。――そう、言っていた。
けど、そんなこと私にはどうでもいい。正直意味が分からない。ただ分かるのは。
イブもいなくなるのは悲しいという事だけだ。なんだろう。なぜか驚くほど、私が死ぬのは悲しくないのだけれど。似たような事を経験しているからなのか、ほんと何なのか。死にたくはないとは思うのは確かなのに。
フルフルと首を振る。
「いいや。イブが消えるのは悲しいし。私だって死にたくないし。その上でさ、どうにか出来なないかなって。なんか不思議な魔術とかでさ。ぱぱっと」
そんな力が会ったらいいのに。と思う。以前の『私』なら何か考え付いたのだろうか。何か出来たのだろうか。以前の――と考えてパンパンと頬を叩いていた。外から見れば奇行なので、イブは少し眉を跳ねて私を見つめた。
兎も角、いない人の力を借りようとしてもそれは無駄なことだ。そもそも以前の『私』であればこんな事になっていないのだろうし。
……え?
この状況って私の所為かな。
などと一瞬思ったけど深く考えないことにする。なんとなく考えたら負けの気がしたのはなぜだろう。何にとはうまく言えないが、あえて言えば自分自身にだろうか。
ふと横見ればくすくす笑っているイブの顔で。
……。
は。――笑って? 私は目の前の光景に目を見張っていた。
「バカだよな。やっぱ。ちなみに言えばこの身体を選んだ理由なんて特にない。そうだな……何かあるとすれば俺も知らない何かだな。因果みたいなものか?」
え。魔王様が笑ってらっしゃる。ほぼ鉄面皮だったのに。笑っている。その笑顔はどこにでもいる――そう人間の子供の様だ。いや、顔立ちが顔立ちなだけに、天使か。そう言いたくなる。有体に言えば可愛い。
幻覚だろうか。と目をごしごし擦ってみれば、あぁ――もったいない。もう無表情に戻っていた。残念そうに肩を落とす私に『なんだ』とふてぶてしく告げる。そう言う時は空気を読んではくれないらしい。
「いや、天使がね」
ぽつりと漏らす声に眉を寄せる。どう思っているかは知らないけれど、不機嫌そうな顔だけはどんどん上手くなっていく気がするのはなぜだろう。そう言えばリリス曰く、魔王さまは存外分かりやすいそうだ。
私は分からないけどね。
「ええと。どうしたら笑うかなって?」
「笑う――?」
意味が分からないという様に小首を傾げる。気づいていなかったのだろうか。私は肩を竦めた。
「笑っていたから」
「そうなのか?」
暫く考えて、私が嬉しかった事はなんだろうと考えていた。お菓子――は持っていないし。弟含めた皆がなぜか持ち歩くからいいかと……。
「笑ってほしいのか? なんで?」
「え?」
なんでと言われても。うーんと考える。ああっと思いついて顔を上げていた。
「好きだから。好きな人には笑って幸せになって欲し――」
もちろん『皆』もそうなんだけど。笑っていたら幸せだと思う。私も。
……。
ええと。固まったのなんでだろう。おーいと声を掛けてみれば、今気づいたかのように身体をびくつかせる。
「いや、なんでもないから。どうせ『皆も』とか思っていそうだな――べつにいいけど」
一体私が何をしたというのだろう。疲れた様に、呆れた様に溜息一つ。どこか拗ねているようにも見える。イブはすっと視線を空に投げた。その横顔はなんだかどこかに消えてしまいそうで。とっさに手を持てば不思議そう――いや若干不審そうに見つめ返された。
温かな手。イブはまだ、ここにいる。私もここにいる。この瞬間を忘れたくないと私は願う。
「一緒に帰ろうね」
力強く言えば幼さを色濃く残した造形にどこか大人びた笑顔を張り付ける。とても儚くて、どこか悲しい笑顔。そんなものを見たいわけでは無かったのに、イブは何を一瞬思ったのだろう。不安を押し殺して笑顔を浮かべれば、イブは静かに言葉を紡いでいた。
「帰ろう――」
ただそれだけの言葉は風に乗って溶ける様に消えていった。
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