廊下
話し合いをしなければなりません。
力なく呟いた弟の姿を三日前から見ていない。そしてそれに伴って先生の姿も見ていなかった。話し合いでも行っているのだろう。どこと言えば王宮に……だろうか。
因みに言えばレイも笑顔で駆けつけてきた王太子に拉――引きずられる様に連れていかれた。怖い。ま、戻ってくるか……は怪しいな。大丈夫だろうか。巻き込まれるのはごめんなので何も言わなかったけれど、こちらに向いた笑顔は『君もね』と言いたそうだった。
……また逃げようかな。ほんと。逃げてもすぐに捕捉されるのがとても悲しい。
そう言う事なので、私は暇な一日を持て余していた。体調は万全でもう焼けた頬が酷く痛いだけだ。くれぐれも安静にと言う弟の言葉をきちんと守っていた。しかも護衛とか付いている為性質が悪いし信用されていない。ちゃんと守っているのに。
ま。私の方が強いので護衛と言うよりは監視なのだろうとは思うけど。大体護衛って何から私を護るか謎だし。
そう言う事なので。
強いって素敵だね。
護衛には『ちょっと』寝てもらって、リオに感謝しつつ私は廊下を歩いていた。
こうなれば探検しかない。
広くて長い廊下。ここがアース家の邸宅と聞いたのは目覚めてすぐだったように思う。そう。目的地『エグディフ』の中心にあるアース公爵家。リック・アースが生涯踏踏み入れた事のない邸宅だった。
邸宅と言うよりは――そう。古びた宮殿のように思う。私はあまりよく教えてもらっていないが、それほど古い家系でもないはずだ。ただ、もともとは王家から分岐しているのでそう言うこともあるのだうか。
にしても、一体どれほどあるのか分からない部屋。その一つの扉を開ければ暗くてかび臭い。調度品は布が掛けられて随分使われていないようだった。もったいない。売ればいくらに――と思うのはリオの思考だろう。
ぱたんと閉めると少しだけ埃が舞って軽く咽た。
「あら、お嬢様。こんな所で何をなさっているんですか?」
お嬢様――少なくともリオになってから聞きなれない言葉に私が顔を上げると私の世話をしてくれている使用人さんが立っていた。赤い髪の可愛らしいお姉さんだ。咽ているので心配そうに背中を撫でてくれている。
「ありがとうございます。あの――探索?」
えへへ。と苦笑気味に笑えば溜息一つ漏れる。どこか責めるような眼差して見つめられた。
「旦那さまからは部屋で安静に。と伺っておりますが」
「もう元気なので。あの、ベル……様いないし。いいかなって。暇だし」
チクらないで下さい。お願いします。説教は勘弁してほしい。そんな気分で見つめ上げれば再び溜息を落とされる。『私も弱いなぁ』と微かに呟かれたのは気のせいだったか。
こほんと咳払い一つ。気を取り直したように姿勢を伸ばす。
「……そうですか。でもまぁ、ちょうどいいかもしれません。お嬢様に客人がいらっしゃっているのでお連れしようと」
「お客さん?」
……言われて視線を後方に移すと見慣れた人物が立っている。どこかで見たような便箋をひらひらさせて半眼で歩いてくるのは――ヒュウムだ。キラキラしていないごく一般的な顔が逆に新鮮で見ているとペチンと便箋で頭を叩かれた。
「何なんだよ。この手紙は。心配するだろうか。で、なんだよ。結局顔に傷を負って公爵様の厄介になっているって、心配したんだが?」
手紙の存在を忘れていた私はヒュウムから慌てて奪うとポケットの中に突っ込んだ。へらっと笑って見せるが――通じやしない。不機嫌そうな顔で見下ろしている。
「いやぁ。逃亡出来なくて」
アハハと乾いた笑いだけが響いてしまう。冷たい視線が痛い。
「嫌なら嫌と言えは何とかできるだろうが――ったく。おじさんもおばさんも俺もどんだけ肝を冷やしたと。お前が何かやらかしたと泣いていたし」
何もしていない。断じて。それにしてもどれだけ信用無いんだろう。私。悲しくなるわ。
「あの、ヒュウムはわざわざここに来てくれたの?」
基本騎士団は忙しい。年がら年中国内をかけずり回っている状態だった。交代制で休暇を取っているが上のクラス。団長とか副団長とかは馬車馬のように――休暇はどこへ行ったと言うぐらい働かされる。うん。地獄だ。ただ脳内空っぽの団長始めトップはそんな事考えもしないので今日も元気に戦っているというわけだ。
因みに言えばヒュウムもトップの内に入るため実は忙しい。とは言え事務の方が主なので融通は聞くのだが。わざわざ知らせを聞いて、ここまで駆けてくるにはその融通もあまり約には立たないはずだ。基本団長筆頭に『魔術師嫌い』だから馬だろうし。
話を聞かないパーセル団長の頭脳。そう呼ばれているのがヒュウムだ。役職は副団長補佐付き書記官である。毎回思うけど何それ。
ヒュウムはどこからポケットから飴を取り出すと私の口に突っ込んだ。甘い。
「ああ。――ついでに。この先のリエリ村っていうところで大規模な掃討作戦をしていたんだ。その帰りで。報告に公爵様に会いたかったが――留守のようで。その代わりお前がいると聞いてなぁ。へまをしたということは聞いた」
確かに汚れ切った衣服は泥と何かの血がこびりついている。辛うじて身体が奇麗なのはどこかの川で洗い流したからなのだろう。
「ぐ。名誉の負傷だし」
「違いない」
そう言いながら大きな手でぐっと私の頭を撫でる様に揺らす。まぁと使用人さんが驚いた顔で見ていたがそんなのおかまいなしだ。
温かい手。私ではなくてリオはそれが大好きだった。心が温かくなる感覚が嬉しい。
「でも忘れんな。本当に心配したこと。その、なんだ。俺たちはお前が生きてくれて嬉しい事を忘れんなよ」
「う、うんっ」
少しだけの罪悪感。それにを見ずに答えればヒュウムはにっこりと笑う。小さな子にそうするような笑みだった。ヒュウムの中ではリオは小さい子のまま止まっているのかも知れない。そう思うほどに。
微笑ましいですねぇ。そんな使用人さんの目が痛い。
「うし。団長にあいさつに行くか」
「え゛?」
「え?」
……いや、会いたくないかな。となんとなく。とは言えない。基本炎の騎士団団長信者が多い。多すぎて困る。なに、怖い。と言うくらいには盲目的だったりする。ヒュウムも行動とかに一切出さないけれどそんな感じがあるので言いたくなかった。
私はあの人苦手だし。リオは――まぁ。信者だったわ……。その『会うだろう』と信じて疑わない目が嫌だ。
「団長は因みに今、何している?」
「酒飲んで、庭で鍛錬してる」
なんでもない事のように言うヒュウム。
最悪じゃないか。何それ。どう考えても付き合わされるパターンで、すでに数人潰している気がする。何その元気。討伐行っていたんだよね。魔物か何かかと叫びたくなるわ。
「ああ。ちょっと傷が痛むので――」
「よぅ。リオ。と、ヒュウム。探したんだぞ。ちょっと付き合え。アイツら潰れやがって情けねぇ――ひっく。お前なら元気だろぉ。ひっく。まだ」
どこをどう如何来たのか、赤ら顔の筋肉達磨が現れた。千鳥足の酔っ払い。困ったように使用人さんが追っかけてくる――が止められないだろうな。この人。私が断ればここでやらかすことは確実な気がする。酔っ払いだし。脳筋だし。
というか。ああ。もう全員潰れてたか――。遠い目をしてしまう。
「いいですね。リオともども、勉強させて戴きます。ま、公爵が戻ってくるまで大丈夫でしょう」
良くないわ。
何が大丈夫なんだろう。そして誰。この人。目が、目がキラキラしているんですけど。ヒュウム。正気に……私は顔を引きつらせていた。
「え。いや。ヒュウムも団長も疲れているよね。それはまた今度で――え。いや。あの」
「でぇ丈夫だ。ひっく。殺しゃしねぇって――ひっく」
肩に荷物のごとく抱えられ、私は連れられて行った。
もはや確定事項の地獄の鍛錬――という打ち合い――。心の中でだばだばと涙を流すしかなかった。
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