第42話 反撃開始、彼女の覚醒

<三人称視点>


 賢人けんととひかりが、久遠くおんを助けに『被毛会』に到着する少し前。

 ひかりの兄、月影つきかげから連絡をもらった賢人はすぐさまその場から走り出した。


 それを、


「まって!」


 ひかりが後ろから腕を引っ張って止める。


「待ってられないよ!」


 昨日、久遠と話をしたエージェント施設にて、二人は『被毛会』のアジトの場所を聞いている。

 賢人が向かったのは間違いなくその方角だった。


「ひかり! 離してく──」


「違う! わたしも連れてって言ってるの!」


「!」


 その言葉で、賢人がようやくひかりの方を振り返る。

 賢人の視界に入ったひかりは、決意を持った目をしていた。


「ひかり……わかった、いこう!」


 そうして賢人はひかりを連れ、エージェントからの通信も無視して久遠の元へ向かった。







 そして、今。


「ふぅ……」


(なんとか間に合ったな)


 賢人は何の魔法を使うか迷った上に、「とにかくぶっ飛ばす」と考えると咄嗟とっさに『風魔法』を放っていた。


 久遠の位置もなんとなく把握していたが、久遠やその他被害のことを考えると正解だったと言えるだろう。


 そんな中、賢人が連中をぶっ飛ばした方向から、ガラガラと瓦礫がれきから体を起こすような音が聞こえる。

 

「おいおい、いてえじゃねえかよ」

「今のは効いたぜ~?」


 さっきはチラっとしか視界に入らなかったが、間違いなく久遠が対峙たいじしていた奴らだと分かる。


「!」


 さらに、


「こりゃ何の騒ぎだい」

「うるせえと思ったら侵入者か」

「おっと、エージェント様か?」


 崩れた瓦礫の奥から続々と姿を現す黒スーツの者たち。

 今までの戦闘音を聞いて組織の者が集まってきたようだ。


「賢人君、気を付けて。さっきの奴らは異能を使ってきた」


「異能を?」


 その事実に賢人も驚きを隠せない。


「ああ。しかもこのタイミングで出てきたってことは……」


「今出てきたあいつらも異能持ちかもしれないってか」


 先程の三人を含め、姿を現したのは約二十人。

 その敵が全員異能持ちと考えると、いくら賢人といえど中々に厄介だ。


 それもそのはず、賢人は“人を殺したくない”。

 エージェントとしてはそれは甘い部分なのかもしれないが、ついこの間まで一般高校生だった賢人からすれば当然のこと。

 

 加えて、ここは地下施設だ。

 賢人の全力の大魔法をぶっ放せば、一気に崩壊する恐れがある。

 

(ああもう、色々と考えることが多いなあ!)


 賢人は思わず頭を抱えた。


「賢人君?」


「大丈夫だ、なんでもない」


 そんな中で声を上げるのはひかり。


「賢人、わたしはどうすれば!」


「ひかりは……」


 一緒に戦ってくれ、そう言おうとした口を止める賢人。


 月影から連絡が来た時は賢人自身焦っており、ひかりの覚悟も無下むげにすることができなかった。

 だが今になって、それを後悔する。


(ひかりを連れてくるべきではなかった……!)


 ひかりはエージェントとしての知識はある。

 それでも現状は「ただ弱めの火を出せる」程度の異能しかない彼女。


 この戦いに巻き込むのは危険だ、と賢人は考えてしまった。


「後ろで周りを見ててくれ!」


「わ、わかった……」


「?」


 賢人の指示に若干落ち込みを見せるひかり。

 エージェントとしては不甲斐ない気持ちを見せるが、今はそれに構う暇はない。


「いくぞ久遠!」


「了解!」


 賢人が久遠と共に前へ出る。

 賢人は遠目から魔法を放ってもいいが、久遠の戦闘手段は肉弾戦。

 久遠をサポートしつつ敵を叩くのならば自分も一緒に前に出た方が良い、そう考えた。


「じゃあとりあえず、いっちょ頼むよ」


「久遠? ──!」


 敵集団とは中距離といった範囲で、久遠が賢人の肩をタッチする。

 その瞬間、賢人は体の中から湧き上がってくるものを感じる。

 

(久遠の『異能強化』か……!)


「任せろ!」


 力があふれるのを感じた賢人は右腕を前に構える。

 思い描くのは先程と同じ暴風を操る魔法、『ウインドストーム』だ。

 燃えたり崩落の恐れがない魔法として、最適の判断だろう。


「「「ぐわああああっ!」」」


 十人程の集団が賢人の暴風に捕まり、壁に激しく打ち付けられ、めり込む。

 かなりのダメージを負った事を見て取れる二人は、集団へ一気に距離を詰める。


「この内に叩くぞ!」


「そのつもりだよ!」


 賢人は『身体強化』、久遠は『異能強化』により、共に自らの身体能力を向上させる。

 

「はあッ!」


 久遠は賢人より少し前に出る形で肉弾戦、


「邪魔はさせない!」


 賢人は久遠に迫る周りの連中の撃退を担当する。


「くそっ!」

「なんだこいつら!」

「強いぞ!」

 

 施設を崩壊させることなく、一人一人確実に仕留めるなら肉弾戦の方が良い。

 そう考えた二人は、即席とは思えないコンビネーションで一人一人を確実に倒していく。

 それはまるで、熟年の相棒さながらの見事に支えあった動きだ。


「……!」


 それをどこか、複雑な目で見つめるひかり。

 自分の異能が役に立たないことは分かっている。

 それでも、エージェントとしてあの場で戦えていないのがとても悔しく思えた。


 そんな中、


「!」


 肉弾戦を主に続ける二人に、炎を差し向ける敵がいることに気づくひかり。

 賢人も周りには気を遣っているが、エージェントとしての甘さ、視野の狭さからそれに気づいていない。

 

「賢人! 久遠!」  


 ひかりは必死に叫ぶも、辺りに鳴り響く戦闘音、集中状態から賢人と久遠の耳には届かない。


「……!」


 賢人と久遠に迫る炎。


 ひかりは、自分の火を放ってもそれを止められない、どころかより勢いを増す結果になってしまうことを理解していた。

 それでも何か出来ないかと、今しがた敵が放った炎に手を差し向ける。


 ひかりの異能は『火』。

 と少なくとも彼女は


(なんとかあの火を打ち消して!)


 そう願ったひかりの手から放たれたのは

 

「──!」


 その氷は敵の放った炎とぶつかり、打ち消しあう。


「「!」」


 そこで賢人と久遠は、ようやく自身に炎が迫っていたことに気づいた。

 同時に、


「ひかり……?」


 それを打ち消したのがひかりだということも。


「わたし、今何を……」

  

 今までは弱い火しか出せなかったひかり。


 それもそのはず、彼女の本来の異能は『氷炎操作』。

 空気中の温度を変化させて“火”と“氷”を同時に操る異能であり、さらにひかりの場合は、氷を操る側にかなり長けた異能だったのだ。

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