第51話 二方向からのアプローチ

 「お~よしよし」

「クゥ~ン」


 俺の元に返ってきたフェンリルと一緒にお風呂に入り、その白くモフモフした体を洗ってあげる。

 研究施設でも丁重に扱われていたのか、傷なども消えていて、とても気持ちの良い毛並みだ。


 フェンリルについては、研究施設に預けている数日の間に両親を説得して、俺が全て面倒を見るからということで家に置くことを許してもらった。


 うちがダメな場合でも桜花家があるし良かったのだけど、せっかくならこんな可愛いやつは手元に置いておきたい。


 つまり、今日から新しい仲間が増えたわけだ。

 そして、


「ふっふっふ……」

「クゥン?」


 実はしっかりと考えてあったのだ。


「君は今日から『だいふく』だ!」

「クゥンッ!」


 数日前から考えていた名前をやっと本人の前で宣言する。

 ペットにはやっぱり名前だよね〜。


 ちなみにだいふくは、あの白くてふわふわな食べ物「大福」のこと。

 フェンリルの毛並みが白くてふわふわしていて、もう食べてしまいたいと思った事からのネーミングだ。

 もちろんそんなことしないけど。


「今日から思う存分愛でてやるからな~、だいふく」

「クン!」


 だいふくは小さな顔を、俺の太ももあたりにすりすりとしてくる。


 名前気に入ってくれたのかな。

 仕草とその鳴き声もすごく可愛い。


「……」


 名付けもして、引き続きだいふくと風呂に入る中、ふと月影さんの言葉が頭に浮かぶ。


「男には決めなければいけない時がある」


 そう言われて思い浮かんだのは、二人・・


 ゴンッ!

 なんでそこで俺は二人思い浮かぶんだー!


「クゥン?」


 俺が壁に頭を打ち付けると、だいふくが心配するような顔を向けてきた。


「あ、ああ、なんでもないよ、大丈夫」


 ……ふう、話を戻そう。

 その二人というのは、“ひかり”と“音葉さん”。


 ひかりは言わずもがな、小さい頃からの幼馴染で俺の初恋の人だ。

 中学ではクラスが離れたりしたこともあって、陽の道を突き進んでいったひかりとは疎遠気味に。


 それでも、高校が一緒になり、同じクラスになった二年からはまたこうして話せるようになった。

 同じクラスというもあるけど、やっぱり大きいのはエージェントだな。

 裏社会の仲間として、俺にいろはを教えてくれた先輩として、裏でも表でもまた仲良くできているのはすごく嬉しい。


 そして、音葉さん。

 真面目で優秀、頼れる学級委員長の彼女とは、もしかしたら最初から他の生徒より話す機会はあったかもしれない。

 けどそれは、あくまで委員長の仕事の一環だ。


 本当に仲良くなれたのは、彼女のオタクノートを拾ってしまったことから。

 その時、俺も勇気を出して一歩近づくと、本性を見せてくれた彼女とはすごく仲良くなれた。


 今となっては……うむ、すごいことになってしまったものだ。

 二人っきりの部屋で抱きしめられ胸にうずめられたり、「支えになりたい」と伝えられたり。

 

 中村君事件から彼女を救ったことで、まさかこうなるとは。

 世の中分からないものだな。


「ふぅ……」

「クゥ~ン?」

「お、暑いか。そろそろ上がるか」

「クンッ!」


 考え事もそこまでにして、俺たちは風呂を上がった。







 次の日の朝、いつもとは違う登校ルートを行く。

 ある人に誘われていたからだ。


「おはよう、賢人君」

「おはよ、音葉さん」


 そう、昨日の夜に音葉さんからLINEがあったのだ。


『明日の朝、一緒に登校できないかな?』


 特に誰かと一緒に行く約束はしていないし、俺は二つ返事で了承した。

 そうして、俺やひかりの家があるところからは少し街寄りのところまで来た。


「はい、これ」

「え、いいの?」

「うん。賢人君がわざわざ私の家の近くまで来てくれたから」

「そういうことなら素直に受け取るよ。ありがとう」


 音葉さんは小さめサイズのコーヒーをくれた。

 すぐ後ろに見えているスターバックスで買ったのだろう。


「嫌いじゃなかったよね?」

「うん、むしろ好きだよ」

「良かった。前に飲んでるの見た事あったから」


 なるほど、そんなところまで見られていたとは。


「じゃあ行こっか」

「……!」

「どうかした?」

「いや、なんでも……」


 俺は顔を少し下に伏せて音葉さんに追いつく。

 

 顔を伏せるのは、少し先を行ってこちらを振り向く音葉さんがすっごく可愛く見えたから。

 普段から容姿端麗な彼女だけど、俺と話している時はなんていうか、本性をさらけ出しているような感じがする。


 オタクっぽいというのではなくて、普段教室で見ている彼女よりは“子供っぽい”と言えばいいのかな。

 教室ではとにかく真面目な彼女が、俺と話す時は妙に笑ったり、はしゃいだりする姿が見られる気がする。


「何か悩み事?」

「ううん、本当に大丈夫だよ!」

「そうかなあ」


 隣に並んで歩く音葉さんが、俺を下から覗き込むようにして視線を合わせてくる。


「困ったらなんでも言ってね?」

「うん」

「賢人君の事なら、私なんでも相談にのるから」

「……!」


 その仕草がかわいくて、合った視線をまた逸らしてしまう。

 昨日考えていた事が頭をよぎって、うまく話せない。


「それでね~」

「あははっ、そんなことが」


 けれど、彼女が積極的に話しかけてくれたおかげで会話が続く。

 初めて音葉さんと一緒に登校して、俺は朝からハッピーな気持ちになるのだった。


 





 昼休み。


「来たわね」

「おう、どうしたんだ」

「……」


 場所は屋上、目の前にいるのはひかり。

 エージェント暗号を使って呼び出されていた俺は、真剣な面持ちで彼女を見つめた。


 新しい仕事? 協力要請? フェンリル関係?

 色々と浮かんではくるが、ここはおとなしく話を聞くとしよう。


「その……」

「その?」


 ひかりはうつむきながら話しにくそうにしている。

 何か重要な案件なのだろうか。


「ひかり、ゆっくりで大丈夫だ。だからしっかり話してくれ」

「……わかった」


 こういう時は俺の方からケアするのも大切だ。


 そうしてひかりが、バッと顔を上げて俺と視線を合わせた。

 あれ、なんだか顔が赤い? 


「今週末、わたしと一緒に出掛けて!」

「……」


 エージェントの話を聞く態勢になっていた俺は反応が遅れた。

 そして、ようやく理解する。


「ええええっ!?」


 これってまさか……デートの誘いか!?

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