最終章 決断を迫られた陰キャ

第50話 新しい仲間と促された決断

 初めて五人で集まることができた部活動。

 その青春を肌で感じ取った後(勉強は地獄だったけど)、帰り道を歩く。


「まさか賢人があんなに勉強できないとは」

「私がもっと上手に教えてあげられたら……」


 並んで歩くのはひかりと音葉さんだ。

 中村君は電車、久遠くおんはまたあきら君の病院に寄ると言ってバラバラに帰った。


「じゃあ行くね。今日はありがとう」


 着いたのは、音葉さんが通う塾の前。

 俺とひかりは、彼女を送り届けていたのだ。


「音葉さん、また明日」

「またね雅乃みやのちゃん」


 そうして、俺はご近所同士のひかりと帰る。


「そういえばさ──」

「!」


 ひかりが口を開いた途端、俺のスマホが鳴る。

 エージェントの特殊通信ではなく、普通の着信音のよう。


「出れば?」

「うん」


 ひかりから目を離して、俺は通話に出る。


『ごめんごめん、今大丈夫かな』

「いえ、全然。大丈夫です」


 相手はひかりの兄、月影つきかげさんだった。


『良かった。今からあの施設来れるかい? 例のもの渡せるんだけど』

「本当ですか! すぐ行きます!」

『ははは、本当に楽しみにしてたんだね。了解。じゃあ待ってるよ』


 俺が満足そうな顔をしていたのを不思議に思ったのか、ひかりが尋ねてくる。


「なにかあった?」

「あったよ~」

「なに、ニヤニヤして。気持ち悪いわね」

「ひどいな」


 けど、ニヤニヤしてしまうのも仕方がない。


「少し耳を貸してよ」

「え、ちょ、こんなところで!」


 何やら動揺してるらしいけど、俺は構わずひかりの耳元で話した。


「フェンリル、返してくれるって」

「その連絡だったのね」

「そうそう」

「ていうか! もう……いいでしょ」

「おぉ、悪い」


 ひかりの耳元で会話していたのだけど、彼女にぐっと体を押されて距離を取られる。


 秘密裏に話したいとは言え、女の子にいきなりこれはデリカシーがなさすぎたか。

 おまけにひかりの顔も赤い。


「今からもらいに行くけど、ひかりも来る?」

「そういうことなら行くわ」

「おっけー」


 そこまで言えば、もう共通認識。


 俺たちは人目のない路地裏に入り、俺がひかりを運ぶ形で『身体強化』を発動させ、久遠が謹慎きんしんを受けていた施設に移動を開始した。







 月影さんに指定された地下研究施設に着き、早速顔を出す。

 相変わらず全体的に真っ白で、最先端技術を存分に駆使した研究施設だ。


「遅くなりました」

「……むしろ早すぎて怖いぐらいだけど。お、ひかりも一緒だったか」


 そうつぶやきながらも早く来ることを予期していたのか、月影さんは「ちょっと待ってよ」と言いながら、奥の部屋からカートを運んできた。


 そこにいたのが、


「おおっ!」

「クゥンッ!」


 俺がサイズを小さくしたままのフェンリル。

 犬の中でも子犬と呼べるサイズだろう。


「会いたかったぞー!」

「クゥ~ン!」


 俺は姿を見た瞬間から抱きかかえにいっていた。

 ああ……モフモフとした白い毛並み。

 とても気持ち良い。


 そうして俺が感動の再会をしている中、


「どうしたんだよ、ひかり」

「……べ、別に」


 チラチラっと俺たちの方を見てくるひかり。

 はは~ん、さては。


「抱きたいんだろ?」

「!」


 ひかりは目を見開いた。

 どうやら当たりらしい。

 

 何も恥ずかしいことではないと思うが、エージェントたる者、モンスターを愛でる事に罪悪感などがあるのかもしれない。

 ここは俺がうながしてやるか。


「ん、なになに。ひかりともたわむれたいって?」

「クゥン?」


 フェンリルは状況を理解してないみたいだが、ここは強行突破。


「それじゃ仕方ないなあ。ひかり、こいつを抱いてやってくれないか?」

「……どうしても?」

「うん、どうしても」

「それなら仕方ないわねっ!」


 ひかりの表情が太陽のように明るくなった。

 うむ、とても分かりやすくて可愛いね。


「クゥ~ン!」

「ふふっ!」


 そんなひかりが小さなモフモフのフェンリルを抱きかかえるという光景。

 見ている側としては眼福でしかない。


「ところで月影さん」

「なんだい」


 ひかりがフェンリルとたわむれている傍で、俺は話しかけた。


「フェンリルは結局どういった調査結果に?」

「……そうだね──」


 『被毛会』の連中には異能もどきの力を発現させ、植物状態だった久遠の親友の明君をも治したフェンリルの毛。

 それがどんな手段を用いても、何の効果も発揮しなかった・・・・・・・・・・・・そうだ。


「それってどういう……?」

「分からない。君の話だと、明君を治した時はまばゆい光が満ちたのだろう?」

「そうです」

「今回の調査では、何をしてもその反応を見ることが出来なかったんだ」

「え?」


 明君を治した時は、フェンリル毛のみならず、体自体も輝かしく光っていた。

 あの光景はまさに人智を超えたものであったのは間違いない。


 ならば逆に、あの光景のようにならないと、フェンリルの毛は力を発揮しないという事か?


「ですが『被毛会』は……」

「そうなんだ。彼らは何らかの方法で、フェンリルの毛から力を得ていた。だが部下は誰もその方法を知らないんだ」

「知らない?」

「そう。部下に異能もどきをほどこしたのは全て、ボスのアンブルらしくてね。でも、昏睡こんすい状態になっている彼から聞き出すことはできない」

「それなら──」


 明君と同じように目覚めさせれば良い、そこまで言いかけて俺は口を閉じた。


 この反応は、おそらくそれも試したのだろう。

 だが、アンブルをみ嫌うだろうフェンリルは力を発揮させなかった。

 

「闇市場に出回っていたのも、アンブルが加工して使えるようにしていたと?」

「ああ、その形跡が見られたよ。加工済みの毛の効用はすごいものさ」


 柔らかい上に耐久性に優れ、どんな素材とも親和性を持ち、異能を強化させ、人の病気を治す。

 闇市場に出回る毛は、まさに“ファンタジーな力”を持っていたと言う。


「だから僕たちは、君に預けることにしたんだ」

「?」

「君がフェンリルに頼むと、フェンリルは明君の病気を治した。だから、君とフェンリルが共に過ごすことで何か見えてくるんじゃないかと」

「なるほど……」


 あくまで研究は続行で、一旦返ってきた形だと。

 まあ、今はそれでも良いか。


「話は終わった? お二人さん」

「ひかり、聞いてたの?」

「そりゃ聞こえるでしょうよ」

「クゥンッ!」


 ひかりに続いてフェンリルも「そうだ!」と言っているように聞こえた。

 フェンリルはどこまで言葉を理解しているのだろうか。

 色々と謎は残るけど、今は自分の元に返ってくるのが嬉しい。


「じゃあ賢人君、よろしく頼むよ」

「了解です」


 俺とひかりは部屋を出て行く。

 

「クゥ~ン」


 フェンリルはすっかりひかりにも懐いたようで、ひかりの胸元・・を離れない。

 ……よく考えたら羨ましいな。

 俺も小さい犬にでもなれたらな。


「時に賢人君」

「うわあっ!」


 やましい事を考えている中で後ろから声を掛けられ、思わず驚いてしまう。

 なんだよ月影さん、まだいたのかよ。


「君はひかりの事をどう思ってるんだい?」

「え……ええっ!?」


 急になにを聞いて来るんだこの人。


「なに、兄としてね。やはり妹の行く先は気になるわけで」

「は、はあ……」

「どう思って、いやどう想って・・・いるのかな」


 二つ目の「思っている」が、明らかに恋愛のそれだったことは俺でも分かる。

 急にそんなことを言われても……。


「男には決めなければいけない時がある。それを肝に銘じておくように」

「はい……」

「賢人~? 帰ろーよー」

「お、おう!」

 

 先を歩くひかりに呼ばれ、駆け足で追いつく。


 決めなければいけない、か……。

 そう言われて、自然と俺の頭に浮かんできたのは二人・・だった。

 

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