第52話 それって、ガチでデートの誘いですか……?
<ひかり視点>
「ええええっ!?」
わたしの突然の誘いに、案の定、賢人は驚いた反応を見せる。
わたしだって言うのは恥ずかしい。
急にこんな話をするのは、昨日の決意があったからだ。
わたしはふいにそれを思い出す。
────
「ひかり~」
「なに?」
コンコンとノックした後、部屋に入って来たのは兄貴。
読んでいたマンガがちょうどいい場面だったのもあって、わたしは少し低い声で返事をする。
「そんな顔しないでくれよ~」
「だから要件は?」
エージェントの時とは違って、普段の兄貴はよくちょっかいをかけてくる。
妹を放っておけない、という気持ちもあるのかもしれないけど、年頃の女の子の部屋に入ってき過ぎではないかな、とも思う。
そんなおせっかいな兄貴が持っていたのは、二枚のチケット。
わたしがそれに目を向けると同時に、視界に入ってきたニヤリとするその兄貴の顔で、大体何が言いたいか分かる。
「これ、賢人君と行ってくれば?」
「……ちょっと見せて」
いつもなら秒で断るところだろう。
でも今回ばかりは少し違う。
兄貴の思う通りになるのは
ここは素直に受け取っておくことにした。
そうして渡されたのは、水族館のチケット。
裏でちょっとした関係があって、譲ってもらったそうなのだ。
「良い機会だと思わないかい?」
つい先日、『被毛会』事件のことを解決したわたしたちは、正式ではないがなんとなく休暇扱いとなっていた。
“良い機会”というのはそういう意味だろう。
「……」
今は高校二年生。
話題になっていたテストは約三週間後。
勉強をするべきなのかもしれないけど、三週間もすればまた裏社会関連の事柄も色々と舞い込んでくるだろう。
そうこうしているうちに、青春はあっという間に過ぎていく。
それはわたしも実感していた。
だから、今週末を逃したらチャンスはしらばく来ないかもしれない。
その気持ちがわたしの口を動かした。
「……もらっておくわ」
「おー、ひかりが素直に聞くなんて珍しい」
「い、一応だからねっ!」
「ははっ。分かった、分かった」
そうして、兄貴はわたしの部屋から出て行った。
「……よし」
わたしは小さな声で決意した。
────
昨日を事を思い出しつつ、現実に気を戻す。
「予定はあるの? ないの?」
賢人の返事がないばかりに、わたしからつい続けて聞いてしまう。
「ないけど……」
「そう。じゃあ」
その返事を聞いて、わたしはここぞとばかりにチケットを見せる。
「わたしと水族館に行きましょっ!」
顔の温度が上がっていくのを自覚しながらも、わたしは目を逸らさずに思い切って誘ってみた。
「……え? ひかり、それって」
「……」
「デー──」
「そうよ! わざわざ言わないで!」
状況を考えれば誰だって「デート」だと分かる。
でも認めるのが恥ずかしくて、わたしはつい食い気味に答えてしまう。
賢人は腕を組んで考える素振りを見せた。
ぶつぶつ何か言っている様に見えるけど、何を言っているかは分からない。
そうして、数秒後。
「……わかった。本当に俺で良いなら」
「……! ほんと!?」
自分で発した声が高くなっているのを自覚して恥ずかしくなりながらも、わたしは言葉を続けた。
「じゃ、じゃあ、またLINEするから!」
「おう……」
胸の鼓動が高鳴るのを感じながら、限界だったわたしは、賢人の隣を駆け抜けて屋上から出て行く。
「~~!」
わたしは自然に鼻歌を歌いながら階段を下りて行った。
★
<賢人視点>
ひかりからデートの誘いを受けた同日、放課後。
「聞いてくれ」
「なんだい賢人君、改まって」
誰もいないどっかの教室で、俺は久遠に相談をしていた。
「実は今日の昼、ひかりからデートに誘われたんだ」
「……ぐふっ!」
「ん? 久遠?」
「ああ、なんでもない。ちょっと僕に効いただけさ」
まるで何を言っているか分からないが、最近の久遠っぽいと言えばそうだ。
『被毛会』の一件から、何か吹っ切れたような表情をするようになった久遠。
それからは言動も大人びてないというか、普通の男子高校生っぽくなり、端的に言えばノリが良くなった。
変にクールを装うこともなくなり、本来はこっちが
「で、君は行くのかい?」
「うん、行くとは言ったんだけど……」
「だけど?」
「ひかりは何を思って俺のことを誘ったのかなあって」
そう言ってチラッと見た久遠の顔は、口を半開きにしながら「まじかこいつ」みたいな顔をしていた。
「なんだよ、その顔」
「いや、うーん……君は鈍感なんだね」
「何がだよ」
「まあ二人っきりで誘うということは、少なくとも好ましくない相手にはしないと思うけど」
久遠は微妙に
ていうか、俺だってそう思うよ。
けどこうして相談しているのは、本当にそうなのかって疑いからであって。
ひかりは俺の事どう思ってるんだろう。
それを考えると、胸がズキズキ痛むようで少し苦しい。
その痛みは多分、俺は自分に自信がないからだ。
前に一度デートっぽい事はしたけど、「あの時は裏商店街を案内してもらう」という名目だった。
でも今回は、本当のデートの誘い。
ひかりとは最近仲良くなったけど、急にそんな距離を詰めてくるのはどうしてだろうって思ってしまう。
だからソワソワして、唯一話せる久遠にこうして相談してるのだと思う。
「とりあえず、嫌じゃないなら行ってあげるのが良いと思うよ」
「そっか。悪かったな、わざわざこんなことで呼んで」
「全然良いよ。僕もこれで割り切れるし」
「?」
ちょくちょく挟んでくる意味深な言葉は理解できなかったけど、久遠に話して良かった。
おかげで少しすっきりした気がする。
「じゃあまあ、楽しんできなよ」
「おう、ありがとな」
結果的に、久遠に話したのは良かった。
ここで悪かったのは一つだけ。
後々気づくことになるのだが、この話は聞かれていたのだ。
凄腕エージェントをもかいくぐり、人知れずどこかにいる
実はファンタジーな地球で密かに平和を守るのは、学校カースト最下位の陰キャ~世界最強の彼の正体は、カースト最上位だけが知っています~ むらくも航 @gekiotiwking
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