第40話 久遠の追っていたもの、匿われていた幻獣
その雰囲気は、明らかにいつもの爽やかな感じとは違って見えた。
どちらかと言えばこちらが本性、直観的にそう感じた。
久遠の話は三年前の事。
久遠が凄腕と呼ばれる前、エージェントにすらなっていない時の話だった。
中村君に
久遠はこのグラエルに、親友を呑まれてしまった過去があった。
その親友は、今もずっと寝たきりになっているという。
「それから僕はずっとグラエルを追っていたんだ。エージェントになろうと思ったのもその為さ」
そして半年前、再びグラエルと相対した久遠を含むエージェントチーム。
でも話の流れだと……
「逃したよ。あと一歩のところで」
やっぱりな。
「僕の異能は『異能強化』。当時はずっとサポート役をしていた。だけど、結局火力が足りなくて押し切れず、最後には逃げられてしまったんだ」
久遠はそれから、より“自分の強さ”を求めるようになったという。
俺への急な手合わせも、そんな内に秘めた思いが先行してしまったのだろうか。
その後の久遠の話によると、その半年前の時にだいぶ弱らせてはいたらしい。
自分だけでは実体化できず、人の悪意を借りなければ力を発揮できない程に。
だから、
なるほど、俺が戦った時は弱体化した状態だったのか。
そして、ここからは久遠の憶測。
「グラエルが力を
「!」
久遠が転校してきた理由は、『グラエル』と『被毛会』。
別々の案件だと思っていたのが、まさか繋がっていたのか。
「グラエルが目指すのは被毛会が匿っているもの。僕は被毛会のモンスターを突き止めるのもそうだけど、先回りしてグラエルを叩こうと思ったんだ」
「だからあんたは、そこまで入れ込んでいたのね」
「はは、そうだね」
ひかりの言葉に、久遠は苦笑いをする。
「それで
「久遠……」
「でも、もう無理はしないよ」
そうか。
これが、久遠を青春時代を
「なるほど。じゃあグラエルが狙ってるのが
「
「あれとは?」
久遠と月影さんが共通の物を思い浮かべている様に聞こえ、俺は尋ねる。
月影さんは少し考えた後、話してくれた。
「……まあ、上には伝えてあるし遅かれ早かれだね。僕と久遠君は見てしまったんだよ。久遠君が一人で突っ走っていった先にね」
「な、なにを……?」
「被毛会。これを聞いて何かピンとくるものはなかったかい?」
被毛とは、犬や猫の毛のこと。
この『被毛会』がロックオンされたのは、闇取引で汎用性が異常に高い謎の素材を流通させていたから。
それはたしか、白くてモフモフしている素材だとか。
正直、白くてモフモフ、さらにファンタジーと聞いて思い付くものはあった。
「え、まさか本当に?」
「うん。奴らが
俺はごくりと唾を飲んだ。
「通称『フェンリル』さ」
まじかよ……。
★
久遠たちがいた地下施設で話を済ませ、その帰り道。
俺たちが呼ばれた理由は、久遠との接触についての調査と、久遠との協力作戦の概要について伝えられた事だった。
そうすれば、辺りはすっかりと紅くなった夕焼け。
俺はひかりと並んで歩く。
「……」
「……」
でも会話はない。
それなりに色んな話を聞きき、ひかりも考えている事があるのだろう。
ここは俺から口を開く。
「ひかりは知ってたのか?」
「久遠の話?」
「そう」
“あの件”とか言っていたことから、ひかりは知っていただろうとは思う。
「少し聞いていただけよ。久遠があんな思いを持っていたのは知らなかったけど」
「久遠って熱い奴なんだなあ」
「そうね。普段のあいつを見てると、外面作り過ぎて怖いぐらいよ」
「ふーん」
今ならなんとなく分かる。
今日の久遠が本当の姿で、いつもの爽やかイケメンは外面だってこと。
いや、顔はどちらにしろかっこいいんだけど。
「久遠の奴も、もっと肩の力抜けば良いのになー」
「ふふっ」
「ひかり?」
何も考えずに発した言葉だったけど、ひかりが少し笑った。
「ああ、ごめん。出てくる言葉がやっぱり賢人っぽいなーって思って」
「ばかにしてる?」
「してないよ~。でも賢人の言う通りね、あいつももっと肩の力抜けば良いんだわ」
「な。ひかりぐらい抜けば良いのにな」
「どういう意味よっ!」
「いてっ!」
冗談を言ったら軽くお尻を蹴られた。
「私は逆に……もっと力が欲しいけどね」
「ん? 何か言った?」
「! ううん、なんでも!」
「そう?」
ひかりが呟いた言葉は聞き取れなかった。
悩みか何かを抱えているような顔をしていた気がしたけど。
「それより今日の漫画、何を持ってきていたの?」
「あ、えーっと……ラブコメ」
今日の漫画というのは、放課後の文芸部の部活用の物だ。
学校では読めないけど、顧問となった担任に預けておけば放課後に部活動の道具扱いで返してくれる。
今日は学校には行けなかったけどな。
「あははっ! ラブコメって!」
「……良いだろ、別に」
「ふむふむ。賢者様は青春をお求めと」
「嫌な言い方だなあ」
後ろの腰辺りでスクールバッグを両手で持ったひかりが、ニヤニヤしながらからかってくる。
「わたしもしたいなあ、青春」
「えっ」
そう言いながら、唐突にその綺麗な瞳で俺のことをじっと見てくるひかり。
少し俺たちを
「……!」
青春をしたい、そう言いながら俺を見つめてくる瞳からは、何を考えているか分からない。
けれど、この頬を赤らめた表情が、立ち振る舞いが、俺をすごくドキドキさせる。
「あ、あ、明日は来ると良いな、久遠の奴!」
「どうしたのかな? 急に目を逸らしたりして」
「な、なんでもないけど!」
「ふーん。……まったくこの鈍感め」
胸の鼓動が激しくて、後半の言葉はうまく聞き取れない。
繰り返さないということは、あまり重要でもない呟きだったのだろう。
急にひかりにドキドキしてしまったこの日の帰り道。
これ以降、とてもひかりのことを真っ直ぐ見れなかった。
★
次の日の朝。
「おはよー、早いわね。ふあ~あ」
「まあね」
ひかりの家の前で待っていると、ひかりが寝ぼけた顔で出てくる。
いつ今の『被毛会』の案件が飛んでくるか分からないので、俺たちはすっかり一緒に登校するようになっていたのだ。
ただ一緒に行きたいだけじゃないのかって?
それもあるに決まっているだろう!
「お兄さん……月影さんは?」
「あー、あの兄貴なら忙しそうにしてるわよ」
「そっか。まあとりあえず行くか」
「そうね」
そうして今日も何事もないだろうと思っていた。
矢先、
「「──!」」
エージェントからの通信。
ひかりと頷き合って、同時に出る。
「賢人君、ひかり、今すぐに来てくれ!」
月影さんだ。
それに随分と慌てている様に聞こえる。
「どうしたんですか」
「久遠君がいない! もしかしたら──」
「!」
それを聞いた途端、俺は走り出していた。
「あんのバカ野郎……!」
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