第41話 久遠の単独潜入

<三人称視点>


 賢人とひかりが、久遠の過去を聞いた次の日の朝。


 ここは、久遠達エージェントが目的する闇の組織『被毛会』の根城。

 表向きは別の名の会社のただの事務所だが、いくつかある裏の通路を抜け、地下へと入っていけばそこは『被毛会』のアジトとなる。


 そんな場所に姿を現す者が一人。

 エージェントのからの指示は出ていないものの、単独行動を起こす者がいた。


「……ふぅ」


 久遠だ。

 彼は今日謹慎きんしんを明け、賢人達へは「学校に顔を出す」と言っていたはず。


「悪い。これは僕が片付けなきゃいけない問題だ」


 エージェントは基本的に集団行動。

 上からの決定に従い、各々が決められた行動のみを起こす。


 だが久遠はそれでは遅いと考えた。

 久遠の中では、『グラエル』はそろそろ行動を起こす。

 その前に『被毛会』を叩き、その後でグラエルとの因縁にも決着をつけるつもりでいたのだ。


 今の自分の行動は、賢人やひかりの気持ちを裏切る行為だと自覚している。

 それでも、グラエルによって寝たきりにさせられた親友の為、グラエルを追う為にエージェントとなった誇りをけ、責任感が先行してしまった。


 しかし、それほどうまくはいかない。


「……ッ!」


(まずいな)


 久遠は以前、単独で『被毛会』がかくまう幻獣『フェンリル』の元まで辿り着いた。

 ならば今回も、と同じルートを辿った。


 だが、


「おいおい坊ちゃん、エージェントの者かい?」

「その割にはお好きな集団行動はないようで?」

「それともあれかな? はぶられちゃったとか」


 全身黒スーツにサングラス、いかにも闇の組織という奴らに対峙たいじしてしまう。


(ちっ、前回の潜入がバレていたのか? このルートはもう対策済みってか)


 久遠は若干焦りながらも敵を観察する。

 そうして、嫌な予感がしてしまう。


「おじさん達も時間が忙しいんでね」

「さっさと片付けようか」


(なんだこいつら。エージェントを前にして真正面からぶつかってくる気か? まさか……)


 久遠の嫌な予感は当たる。

 男の一人が腕を振り上げたかと思うと、一瞬で右腕をさせた。


「おぉらっ!」


「──!」


 腕が異常にふくらんだ男が思いっきり拳を振るう。

 久遠はそれをなんとかかわすが、男の拳が地面に当たると同時に地面がパックリと割れる。


「本命はこっちだよ! ひゃっはあー!」


「! ──がはっ!」


 腕が増強された男に気が向いていた久遠は、横から迫っていたヒョロい男に気づかない。

 さらには、予想以上のヒョロい男が速かったのか、そのまま強烈な蹴りをもらってしまった。


(こいつら……!)


 異常な腕の筋力、異常な脚力。

 久遠の嫌な予感は当たっていた。


(やはり異能を……!)


 彼らは明らかに異能を使っていたのだ。


 異能は、ごくまれに自然発現する場合を除き、エージェントに伝わるを以て発現するもの。

 異能が発現してから悪に手を染めてしまうエージェントもいるが、こうも都合よく目の前の敵が元エージェントとは思えない。


異能それがエージェント側だけの特権だと思ったか?」

「うちにはがあるからなあ」

「単独はさすがに舐めすぎじゃないかい? 坊ちゃんよお」


 自分たちの力が異能だと認める『被毛会』の男たち。


「お前たちは、そのあるもので異能を発現させているのか?」


 腹を抑え、久遠は立ち上がりながら聞き返した。


「おっと、これ以上はいけねえ」

「ばか、喋りすぎだぞ」

「まあ良いじゃねえか、こいつはどうせここでお終いだ」


 そう言いながら、それぞれ構えを取る男たち。

 まさか異能を使ってくるとは思わなかったのか、久遠は先程の蹴りで予想以上にダメージを負ってしまっていた。


「……ッ」


 それでも、再び一人で潜入すると決意してここまで来た久遠。

 口から血を垂らしながらも構えを取る。


 自身の身体能力も強化させ、自らの間合いにすべく突っ込んだ。


「おぉらッ!」


 腕が増強された男は地面を叩きつけ、向かってくる久遠の足場を崩そうとする。

 だが、先程の攻撃からそれを読んでいた久遠。


「はあっ!」


 高く跳び、勢いのまま男の顔面に蹴りを入れる。


「──ぐおおっ!」


 さらに、男の顔面を壁キックの要領で蹴り、反動で後方一回転。

 次の目標に目を向ける。


「ひゃっはあー!」

 

「──!」


 動き出した段階で、異常な脚力の男が着地の隙を狙ってくることまで読み切っていた久遠。

 男のキックを回避と同時に溝落ちに拳を入れた。 

 

「──がっ!」


 だが最後の一人に振り返った瞬間、


「惜しかったですね」


「──!?」


 男の手から放出されたのは眩い光。

 異能が判明してなかったために不用意に近づかなかったが、後に残したことが裏目に出てしまう。


「ぐあああっ!」


 目を瞑るのが遅れてしまった久遠。

 完全に視界を奪われてしまい、身動きが取れない。


「さっきはよくもやってくれたなあ!」


「──ぐっ!?」


 そうなれば相手のターンだ。

 筋力が増強された男の拳で、久遠は吹っ飛ばされる。


 対モンスターへは凄腕と呼ばれるエージェントの久遠だが、異能を使った対人戦、さらには多対一となっては経験値が足りなかった。


「さあて、目一杯こらしめるかなあ」

「さっきのアッパー、中々に効いたぜ?」


 そうして、何も出来ない久遠に迫る攻撃担当の二人。


「ハァ、ハァ……」


 まだ目は開けられず、立ち上がることすら出来ない久遠。

 完全に追い込まれてしまった。


(これが、罰か……)


 グラエルどころか、その前でつまづいてしまった久遠。

 こうなってしまっては勝機は見えない。


「おらあああ!」

「ひゃっはー!」


 久遠は一息つき、腕の力を抜いた。

 その時、


「こんのやろおおお!」


 誰かが叫ぶ声と共に全く別方面の壁が破壊される。

 そして次の瞬間、


「許さねえぞおお! 『ウインドストーム』!」


「ぐおおお!」

「おわああ!」


 久遠の目の前を暴風が吹き荒れ、男二人を吹き飛ばす。 


(この声……!)

 

 久遠は視界が見えない中、確信した。

 学校でよく耳にする声、どこか羨む気持ちを抱いていた声、それでいて声の主が聞いたことのないような怒っている声。


「なんだ? 目が見えねえのか? ったく、『パーフェクトヒール』」


「!」


 体全体が温かいものに包まれる感覚の中で、久遠は目を開けた。


「賢人君! それにひかり!」


 久遠の目の前には学校の友達が二人。

 けれど今の二人は、裏社会の仲間の二人だ。

 だが、賢人の様子がおかしい。


「俺はなあ、怒っている! 久遠、お前にな!」


「!?」


 そうして久遠の両肩に手を付いた賢人。


「俺たちを頼れ!」


「!」


「エージェントに不満を持ってても、せめて俺たちを頼れ! 友達だろ!」


「賢人君……」


 まさか言われるとは思わなかった言葉に、久遠は目を見開いて固まってしまう。


「本当よね。わたしだって一応戦えるんだから」


「ひかり……」


「立て久遠。奥まで行くんだろ?」


「……ああ!」


 久遠は、賢人とひかりが伸ばした手を取り立ち上がった。


「じゃあとりあえず、あいつらをぶっ飛ばすぞ! もうぶっ飛したけど!」


 久遠のピンチに、ギリギリ間に合った賢人たち。

 ここに彼らの本当の協力関係が出来上がった。


 賢人とひかりを加え、三人で本格的に『被毛会』攻略を始める──。

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