第46話 大悪魔を葬る方法

<三人称視点>


 グラエルが全身を凍結させられる、ほんの十数秒ほど前。


(俺様はまたこのガキに……! くそがあああ!)


 重力を操作するための指はへし折られ、全身をおおっていく氷を眺めることしかできないグラエル。


(──!!)


 だがその中で、光るものを見つけるグラエル。

 それは、クールな男の外面に閉じ込められた、秘めたる思い。


 完全な悪意ではないが、グラエルの好物の匂いがするその思い。

 久遠の内側、久遠の奥底に閉じ込められた思いにグラエルは目を付けた。


 グラエルは最後の希望に懸け、久遠の中に入り込む。

 

「バカな……ハハッ!」


 笑いが込み上げてきたのは、諦めからではなく自身の悪運の強さが可笑おかしかったから。

 そうして、久遠の弱い部分に侵入したグラエルは確信する。


(こいつは、とんだ大物じゃねぇか!)

 

 久遠の身体能力、潜在的才能、何よりも内に秘めた羨む感情。

 それは、アンブルとは比較にならないほど大きなものだった。

 

 だが当然、久遠も侵入されたことに気づく。


(グラエル!? お前、何のつもりだ!)

(あぁ? うるせえよ。それよりも良い話があるんだが──)

(お前になんかのせられるか!)


「おーい、久遠」


 外から賢人の声が聞こえるが、久遠とグラエルは内側の争いで答えられない。


(久遠と言ったな。お前、力が欲しいんじゃないか?)

(な、何を根拠に──)

(お前に眠る嫉妬心)


 悪魔は人の心に付け入るのがうまく、人の負の感情を好物とする。

 大悪魔グラエルともなれば、久遠が隠す感情を読み取るのは容易だ。


(なるほどなぁ。如月賢人の力への嫉妬、恋敵としての嫉妬……、隣にいるあいつに隠すのは大変だっただろう)

(そんなものはない! 僕は友達として、エージェントとして彼の隣にいる!)

(じゃあ、あれほどの力が手に入るとしたら?)

(──!)


 そこで久遠は一瞬、考えてしまった・・・・・・・


 もし、賢者という強大な力を受け継いでいたのが自分だったら?

 もし、ひかりが振り向いたのが自分だったなら?


 今までは強靭きょうじんなメンタル、性格の良さで閉じ込めてきたその感情。


 だが、それが一瞬ほころびを見せる。

 その隙は、悪魔が取り入るには十分過ぎた。


(しまっ……! グラエル、貴様!)

(遅ぇ。この体はもう俺のもんだ)


 久遠は体の主導権を奪われる。

 そうして、


「久遠? どうしたんだよ」


 賢人を潰したいグラエルにとっては絶好の機会となった。


「賢人! 離れて!!」


(クハハハ! じゃあな、ガキ)


 グシャ。







<賢人視点>


「──!」


 目の前の光景に、理解が追いつかない。


「久遠?」


 久遠から飛び出た禍々まがまがしい手が、俺の肩を貫く。

 その光景を認識した瞬間から、激しい痛みが襲ってくる。


「ぐああっ……!」


 咄嗟に後方に下がり、『回復魔法』を施す。

 正直、かなり危なかった。

 

≪かー、もうちょいだったのになぁ。久遠こいつギリギリで抵抗しやがった≫


「その声!」


≪あぁ? 気づいた?≫


「お前、久遠を……!」 


 久遠の肩あたりから生えた漆黒の禍々しい手、その脳に直接響いて来るような嫌な声。


 こいつ、久遠まで乗っ取ったのか!

 でも!


「久遠の中に負の感情なんて!」


≪あぁ? バカか、てめぇは。こいつも人間だ。なんならこの感情、そこでバカみてぇに凍ってる奴なんかより、とんでもねぇもんを秘めてるぜぇ?≫


「そうかもね」


 隣に並び立ってくるひかりも、グラエルの言葉にはどこか納得のよう。


「まったく、久遠あいつは何でも一人で抱え込みすぎなのよ」


「ひかり……」


 肩で息をするひかり。

 ここまでかなりの異能を使ってくれたんだ、すでに限界なのかもしれない。


 ならば、


「お前が倒したいのは俺だろ。一対一で勝負しろ」


 こんなのがまかり通るとも思えないが、聞いてみないことには始まらない。

 あいつの言動やこの雰囲気、どう見ても久遠を乗っ取ってさらにパワーアップしてやがるしな。


≪……んぁ? ガッハッハ! 何を言い出すかと思えば!≫


「良いのか悪いのか、どっちなんだ」


≪こりゃ面白え! いいぜ、その代わりてめぇをグチャグチャにした後で、その女も潰す≫


「……わかった」


 久遠の力を手にしたからなのか、相当な慢心が見える。


 限界を迎えているひかりを巻き込むには、かなり危険な相手。

 ここは条件を呑んでくれて助かった。


「ひかり、下がっていてくれ」


「……悪いわね」


「大丈夫、ここまで本当に助かったよ」

 

 ひかり自身、そしてひかりの真の異能がなければここまで来れていないだろう。

 彼女の力は必要なものだった。


「あとは俺がやる」


≪クハハハハ! じゃあてめぇはさっさと潰れ──≫


「もう見飽きた」


≪!?≫


 俺が前に構えた手。

 その直線状には、グラエルの吹っ飛んだ・・・・・右手。


「まさか、本当に右手が使えないと重力が操れないとは思わなかったよ」


≪……ぐぁっ!≫


 さっきのでようやく確信した。

 こいつは右手のあの動きをしないと、重力を操れないのだと。


 あくまで予備動作のようなものだと思っていたから、確信に至らなかった。

 だって。


「俺はそんな動作がなくても重力を操れるしな」


≪てめぇ……!≫


 そして最後にあおっておく。

 散々苦労させられたんだ、これぐらい良いだろう。


 それでも問題は残る。

 こいつを、どうやって倒すか。


 ここまで、中村君、アンブル、こうして久遠と、こいつは常に体を乗り換えて生き長らえてきた。


 中村君の時は思念体(肉体がない状態)でも生きていられたという話だし、久遠から追い払ってもまた逃げられてしまう可能性がある。


 それに今の俺の魔法の練度じゃ、久遠とグラエルを分離させ、グラエルだけを浄化なんて出来ない!


 そうして考えを巡らせる中、声が聞こえる。


「賢人君」


 久遠の声だ。


「久遠、お前! 意識が!」


「今の攻防で取り戻しただけだ。すぐに取り返される。だから聞いてくれ」


「何を!」


グラエルこいつを僕の中に封印するんだ」


「なっ……!」


 久遠の突然の提案。

 俺は思わず声を上げる。


「何言ってるんだ! それがどういうことか──」


「でも、それしか方法がないでしょ?」


「……!」


「これは、僕が決着を着けるべきだと思うんだ」


 久遠の中にグラエルを封印する。

 たしかにそうすれば、他の人に乗り移ることはなくなる。

 また、今の俺にも出来る確信がある。


 だがそれは、久遠はグラエルと今後共存・・していくという事であり、久遠の中でグラエルがいつ目覚めるか分からない状態になるという事。


 もし目覚めれば、グラエルはまた久遠を乗っ取ろうとするだろう。

 常にその恐怖にさらされる状態で生きていくのは、不安どころではない。


 それに、


「今こうして乗っ取られたんだ! 久遠に預けてはおけない!」


 これは事実だ。

 久遠を下げるわけではないが、他の方法を探すにはなんとか言い負かすしかない。


「……僕は羨ましかったんだよ、賢人君が」


「急に何を!」


「君のその力も。あとは……色々とね」


 久遠は、一瞬ひかりの方に目を向けた気がした。

 

「こうして打ち明けたから、もう吹っ切れる気がする。それに」


「それに?」


「万が一また乗っ取られた時は、君が僕を倒してくれるだろ?」


「! 久遠……」


 久遠の決意を持った目、俺の事を心の底から信頼してくれているような目。


「賢人!」

「賢人君、それでいい」


 俺が手を構えると、ひかりは心配の声、久遠は納得したような声を上げる。

 二人とも、俺が実行すると分かったからだろう。


「久遠。グラエルをお前の中に封印する」


「ああ、頼む」


≪そうはさせるかああぁ!≫


 久遠の中から再びグラエルが顔を出す。

 だがすでに、俺の手からは光が放たれていた。

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