第45話 力が膨れ上がった大悪魔

 ≪クゥ~! こいつの体は強くていいなあ!?≫


「……!」


 グラエルはミシミシと奇怪きかいな音を立てながら、アンブルの人間の体から自分好みの体へと変化させていく。


 以前は三メートルほどだった黒ずんだ体躯たいくは、今は五メートルほどにも見える。

 大きなとげのように尖った真っ黒な関節や爪、髪などは健在で、より悪魔に近づいたような姿でこちらをにらむ。

  

「グラエルッ!」


 存在を現したその悪魔に、久遠くおんが声を上げる。

 当たり前だ、久遠はこいつに親友を寝たきりにさせられ、こいつを追う為にエージェントになったのだから。

 

 でも、


「久遠、一旦落ち着け」


「──ッ! 賢人君……すまない」


 熱くなりすぎるのは危ない。

 今にも一人で飛び出していってしまいそうな久遠を、俺が肩から抑えた。


 若干冷静さを取り戻した久遠が、グラエルに思いをぶつける。


「お前が三年前、寝たきりにさせた少年を覚えているか」


≪あぁ?≫


 これは、久遠がエージェントになるきっかけとなった事件のこと。

 今聞くということは、前に対峙たいじした時は聞けなかったのだろう。


 だが、グラエルの回答は久遠をますます怒らせる。


≪んなもん、この大悪魔様が憶えてられるかっつの≫


「……ッ! やはりお前だけは許しておけない!」


≪ハッ! てめえなんぞには興味ねえよ、てか誰だ? お前≫


「なっ……!」


 グラエルは、その事件どころか久遠の事すら憶えていないようだ。

 半年前に対峙した時は、久遠はサポートをメインに立ち回っていたと言う。

 後衛の者は眼中になかった、あるいはこいつなりの挑発か。


 そうしてグラエルは、大きな目をギョロリと俺に向ける。


≪それよりもてめぇだ、クソガキ。前はよくもやってくれたなぁ?≫


「なんだよ、俺の事も忘れてくれていてよかったのに」


≪そうはいかねぇ。てめぇだけは潰すって決めてたからなぁ!≫


「そうかよ」


 それは光栄だが、嬉しくはないな。

 でもまあ、それならいっそ決意は固まる。


「今度は逃がさないぞ」


≪言ってろやクソガキが!≫


 グラエルが叫んだ瞬間、周囲が殺気で満ちる。

 本格的な戦闘開始だ。


 先制攻撃と言わんばかりに、グラエルは尖った人差し指をクイッと下に向けた。

 もはや懐かしい、“重力の操作”か……!


「二人とも衝撃に備えろ!」


 後方に声を上げつつ、俺は『重力魔法』の展開。

 上からし潰してくるような重力に対して、俺は下から重力を操って対抗する。


 前と同じならこれぐら──


「!?」

「うぐっ!」

「きゃっ!」


 いや、重力の圧が前よりも段違いに強い!?

 前回とは比べものにならない強さの『重力操作』に、体が耐えきれずうつ伏せになってしまう。


 こいつは、乗っ取った人間に応じて強くなるのか!?

 明らかに力が膨れ上がってるぞ!


「ちぃっ!」


 ならば俺も対抗して『重力魔法』の出力を上げなければ。

 ……だけど!

 

「賢人!?」

「賢人君!?」


 俺は出力を上げられない。

 封印されたとかではなく、これは読み合い、一種のトラウマのようなものだ。


 『重力魔法』の出力を上げれば、この場は対抗できる。

 だが前のように、こいつが突然『重力操作』を止めたら……?


 下からの『重力魔法』の出力を上げれば上げる程、こいつが操作を止めた時に強く上に吹き飛ばされることになる。

 ましてや身体を強化できないひかりなんて、その勢いで天井に体をぶつければ、最悪死ぬことだってありえる。


≪ウヒヒッ!≫


「ぐっ……」


 グラエルはニヤニヤした憎たらしい顔で見下してくる。

 くそっ、前回の戦闘経験が仇になるとは!


 俺は賢者の力を持っていても、賢者本人ではない。

 名前の割に全然賢くないし、魔法を使えるとしても扱い方や戦い方に関しては何もわかっちゃいない。


 ただ強大な力を手にした素人なんだ。

 その事実が、今目の前の相手に何も出来ないことが、悔しい……!


「賢人君!」


 久遠……?

 後ろからの声にチラッと視線を向ける。

 久遠が送ってきたのはハンドサインだった。


「──! いや、それは!」

「いいから早く! 賢人君!」


 でも……!


≪まずはてめぇからだぁ!≫


 アンブルの強化した肉体、それを乗っ取ったグラエルが迫る!

 くそっ、やるしかないのか!


「『スモーク』!」


≪あぁ?≫


 俺は、片手間に周りに煙をまき散らす魔法を発動。

 『重力魔法』を操りながらでも、難易度の低い魔法なら扱える。


 その間に!


≪『重力魔法』を強めて動けるようにする、だろ?≫


「!」


 ──ドガアアァッ!

 

 視界が悪い間に『重力魔法』の出力を強めて、俺たちが反撃に出ることを読んでいたグラエル。


 俺が魔法を強めた瞬間に『重力操作』を解除し、体が天井に強く打ち付けられる。

 久遠の体のみが・・・・・・・


 そうして『重力操作』が解除された途端、俺が煙から飛び出す。


「はあああっ!」


≪なっ!? ──ぐはっ!≫


 『身体強化』の恩恵を受けた本気の拳。

 みぞおちを捉えた拳に、グラエルも紫の血を吐き出す。


 まったく、久遠は本当に頭がキレる。


 ハンドサインで咄嗟に指示された作戦はこうだ。

 俺が何らかの方法で視界を悪くする。

 その中で、『重力魔法』の出力を久遠だけ・・・・強める。


 そうして、久遠が天井に体を打ち付けられることで隙が生まれ、『重力操作』を解除された俺が不意打ちを決められる。

 

 これは、久遠が身をていしてくれたおかげで成り立つ作戦だ。


「もう手加減しねえぞ」


≪!?≫


 ズドオオオオ!


≪がっ……!≫


 みぞおちに入れた拳から、さらに『サンダーボルト』を放つ。

 『サンダーボルト』は体を貫通し、遠くの壁に突き刺さった。


≪て、てめぇ……!≫


 だが驚異の生命力で俺にギョロリを目を向けるグラエル。


 上半身が千切れかけてなお、人差し指を下に向けようとする。

 『重力操作』の構えだ。


 だがそれには。


「させない!」


≪──!!≫


 キィィィィン!

 ひかりの氷が周囲を覆っていく。


≪ぐうう……!≫


 それでも全身を凍らせるまで数秒はかかる。

 それに気づいたグラエルがニヤリとした顔を取り戻し、指を下に向けていくが……計画通りだな。


「はあああっ!」


≪──!!≫


 グシャ!

 さっき天井に体を打ち付けられた久遠が、上からグラエルの腕を目掛けて渾身の蹴りを決める。

 

 久遠の囮で出来る隙をつき俺が不意打ち、一瞬の攻防で形成を逆転し、久遠が最後に鎮める。

 久遠の完璧な作戦だ。


≪バカな……ハハッ!≫


「?」 


 してやられたという声と、最後に不気味な笑いを残し、グラエル及びアンブルの体を再び凍結させた。


「ふぅ~」

「はぁ~」


 俺とひかりが同時に息をついた。

 いやあ、あの重力、まじで肩が凝るなー。


「あとはグラエルを封印するだけだな」

「そうね」


 アンブルにグラエル、こいつらまじで面倒かけやがって。

 って、悲願のグラエルを倒したのに久遠がなんだか静かだな。


「おーい、久遠」


「……」


「久遠? どうしたんだよ」


 肩を叩いても無反応な久遠。

 俺は疑問に思って、下から顔を覗き込む。


 しかしその瞬間。


「賢人! 離れて!!」


「──!」


 グシャ。

 久遠から飛び出た禍々しい手が、俺を──。

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