第44話 賢者の圧倒的力の前には関係ない

 「てめえ、まじで許さねえ!」


 鳥かごのようなものに、手足や体を固定されてかくまわれているフェンリル。

 体中に傷が残っていて、『被毛会こいつら』が如何いかにこの子を金としか見ていなかったかが分かる。


「クゥゥン……」


 眉を寄せてこちらを見てくるフェンリル。

 本来凛々りりしく映るであろうその顔は、いたぶられた恐怖に怯えてしまっている。


「待ってろ、今助けてやる」


 正直、エージェントに保護されればどんな扱いになるか分からない。

 だけど俺は助けたい。

 その一心で、とりあえず組織の親玉アンブルをぶん殴った。


 けどまあ……


「いてえじゃねえかよ」


 簡単にはいかないよな。

 予想通りというべきか、めり込んだ壁からはガラガラと音を立てて、アンブルが起き上がる。


「モブだと思ったがつええな。さすがはエージェント。お前も強化系の異能か?」

「教えるわけねーだろ」


 ムカついていた俺は食い気味に答える。


「賢人君、ここからは三人で」

「何を使ってくるか分からないから注意して」


 そうして隣に久遠とひかりが並び立つ。


「うん。あいつだけは許さない」


 久遠の蹴り出しと共に、俺も距離を詰める。

 ひかりは後方から援護の構えだ。


「来いや、エージェントォ!」


 憎き、か。

 こいつも過去に色々とあったのかもしれない。

 

 エージェントも汚いことなんてたくさんやってるだろうしな。

 でも、今はそうも言ってられない!


「久遠、そのままいけ!」

「信頼したよ!」


 途中で久遠を先に進ませ、俺は手を構える。

 

「『アース』!」

「──! なんだ!?」


 突如、アンブルの足を固定する土のかたまりが発生する。 

 ひかりのご家族と初めて拳を交えた時に使った『土魔法』だ。


「うらあああ!」


 場所を固定され、足元に意識が向いたアンブルは防御が一瞬遅れる。

 だが、


「そんなもんか? イケメンのガキ」

「!」


 久遠の全力パンチを顔に直撃させたが、首すらピクリとも動かなかった。

 振り切るつもりで放ったであろう久遠の拳、そうなれば当然隙も生まれる。

 

「がっ!」


 首を掴まれた久遠。

 これは俺の失策だ、まさかここまで頑丈とは!


「久遠を離しやがれええ!」

「おっと」


 ガキィィィン!

 俺が前に出ると、アンブルは久遠をパッと離して両手で防御を構える。


「お前は要注意だからな、モブ

「──!」


 久遠を離させることには成功したので、久遠を回収して一旦距離を取る。

 それにしても、今の金属みたいな音は……。


「そろそろ気づいたか?」

「なんとなくはな」

「はっはっは! そうさ、俺はこの通り……」


 ガギンッ!

 アンブルが自分の両腕を衝突させると、先ほどのような金属音が鳴る。


強化人間だよ」


 さっき戦ってきた連中は、体のが増強された者が多かった。


 フェンリルの毛によって強化されたと言っていたが、こいつは全身。

 『腕増強』や『脚力上昇』など、複数の異能を掛け合わせたレベルの強化をほどこしている。


 体に残るたくさんの手術跡のようなものから、相当改造をしてこの力を手に入れたのが分かる。


「ちなみに、こんなのも出来るぜ?」

「!」


 アンブルが前に構えた右手。

 その先に眩い光の球のようなものが浮かび上がる。

 

 それは『ファイアボール』ようなものではなく、まるでエネルギーそのものを凝縮ぎょうしゅくしたかのような球。


「これは、上にいた奴らとは格がちげえぞ」

「待て! そんなことをすればこの施設は──」

「安心しろ。ここはかなり丈夫に出来てんだよ」

「!」


 アンブルは、そのエネルギー弾を俺たちに向けて放った。


「俺様が暴れらるようになあぁ!」


 ドガアアァァ!

 

「……!」


 俺たちに向けて放たれたエネルギー弾。

 しかしそれは、真っ向から放たれたもう一つの閃光をまき散らす雷の球に一瞬でき消され、アンブルのすぐ隣を一筋の光の道が走る。


「なっ……」

 

 アンブルが、確実にやれるだろうと目論もくろんで放ったエネルギー弾は、俺の『サンダーボルト』によっていとも容易たやすく破壊された。


「本当だ、確かに丈夫だな」


 『サンダーボルト』が直撃した壁を見てつぶやく。

 桜花家のトレーニングルームより損壊が少ないことからも、丈夫さがうかがえる。


「お前が丈夫そうだと言ってくれなかったら、これも撃てなかったよ」

「モブ男……てめえは一体……!」


 俺たちも勘違いしていたが、『被毛会』の連中はフェンリルの毛で強化されただけの人間であり、正確には異能ではない・・・・・・


 それゆえアンブルも、複数の異能を掛け合わせたレベルの全身強化の上、なおかつ魔法まがいな事も出来るのだろう。


 さらに、異能は一人につき一つと言われている。

 だからこそ、アンブルがエネルギー弾を見せた時は優越感に浸っていたはずだ。


 だが、俺には関係ない。

 しかも『サンダーボルト』だって、別に最上級の魔法ではないしな。


 とにかく。


「その程度じゃ俺には勝てないよ」

「ガキが、舐めた口を……!」


 ついに冷静さを失ったか、アンブル自ら突っ込んできた。


「おらあああ!」

「攻撃力は大したこと無いんだな」

「なっ──!?」


 アンブルの本気の拳を真っ正面から受け止める。

 強化の恩恵だけで悪さをしてきたのだろう、特に武術などにもけているわけではなさそうだ。


「久遠、ひかり!」


 アンブルの拳を受け止めたまま、俺は後方に声を上げた。


「了解!」

「任せて!」

 

 後ろには、手を構えたひかりと、彼女の肩に手を付く久遠。

 ひかりの『氷炎操作』を、久遠の『異能強化』で強化する。


「俺に構わず放て!」


 キィィィィン!

  

「んなあっ──!?」


 指示通り、俺もろともアンブルの周囲を氷が囲った。

 アンブルは間抜けな声を出しながら、見事氷で拘束される。


 俺・アンブル共に氷で身動きが取れない状態だ。

 ……うぅっ、さぶっ!


「ぷはぁっ!」


 俺はすぐに『炎魔法』を使って自分の体部分だけをかす。

 解かすけどさあ……


「もっと俺に遠慮とかないわけ?」


 後ろを振り返りながら尋ねてみる。


「だって賢人なら大丈夫かなって」

「あはは、賢人君ならすぐ抜け出せるでしょ」

「大丈夫だけど、寒い思いはするんだよっ!?」


 信頼を置いてくれてるのは良いんだけどね。

 まあとにもかくにも、これでアンブルは身動きが取れない。


「じゃあこいつを拘束して、とやらに引き渡すか」


 俺はアンブルの一部の氷を解かしつつ、順に拘束していく。


「……ふぅ」


 とりあえずこれで『被毛会』も解決か。

 でも、なーんか忘れているような……いや、気のせいか。


 そうして顔の氷を解かした時、アンブルが話しかけてくる。


「ちっ、これで俺も終わりかよ」

「ああ、お前の悪事は全て暴かれて制裁されるだろう」

「はっ! だろうな」


 一瞬全てを諦めた顔をしたアンブルだったが、すぐにニヤリとした顔を見せる。


「それならいっそ、悪魔・・に魂を預けた方がましだぜ」

「──!?」


 そう言い放った瞬間、アンブルの体をドス黒い何かが包む。


「まずい、離れろ!」


 嫌な予感がよぎった瞬間。

 拘束具、氷、アンブルを縛っていた全てが弾け飛ぶ。


 そして、聞き覚えのある禍々しい声が辺りに響き渡った。


≪ガッハッハッハ! よくぞ契約した! やっと手に入れたぞ、この体ァ!≫

 

「お前は……!」


 久遠が目を見開いて声を上げる。

 そうだ、アンブルに夢中で忘れてしまっていた。


≪ここにぃ、大悪魔グラエル様の復活だぁ!≫


 こいつの存在を。

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