第7話 賢者の力様様だぜ!

 タンスから出した服にさっと着替え、俺は音を立てないように自室の窓を開けた。

 

 今しがた、ひかりから電話がかかってくるまで約束したことすら忘れていたのだ。

 当然、こんな深夜に外出することは親にも言っていない。


 陰キャな俺だが、家族関係は至って良好なので、それを崩さないためにも申し訳ないが黙って出ていくことにしよう。


 一度玄関まで静かに靴を取りに行った後、また自室に戻ってくる。

 玄関からだと、一階で寝る親を起こしてしまうかもしれないしな。


「さてと」


 この前は咄嗟とっさに放った『ファイア』。

 自分でも何がなんだか分からないままに放った魔法だったが、今回は意識して魔法を使う。


 なんか多分、こんな感じ!


「んっ!」


 記憶となんとなく体に馴染んでいる感覚を頼りに、下腹部にぐっと力を入れた。

 この感覚……多分


 そうと決まれば!


「ほっ!」


 窓から思いっきり強くりだすと、俺の体は十メートルほど宙を跳び、近所の家の屋根にすたっと降り立った。


「おお、これは」


 完璧だ……!


 俺が使ったのは『身体強化』。

 魔法の基本中の基本とも呼べるもので、前世では魔法専門ではない者も大体使いこなせた。


 だが、威力は絶大。

 今のジャンプ力といい、身体機能が全て強化される。

 デメリットは無し!


「よし、これなら……!」


 ひかりとの集合場所、工場跡に向けてもうスピードで駆けだした。





 ズザー!

 足から大胆にスライディングをして、ひかりとの約束の場所の工場跡、その入口にやってきた。


 時刻は……一時五十八分!

 よし、セーフだ!


 ふう、と一息整え、ここからは『身体強化』を解除。

 あくまでも自分の足だけで走ってきました~、みたいな顔をして姿を見せる。


「遅いわよ」


「ごめん、ごめん。ちょっと道に迷ってさ」


「ったく。じゃあ早速行くわよ」


「お、おう……」


 ッセーフ! バレてない!

 ふっふっふ、賢者の力様様だぜ。


「で、何しに行くんだっけ?」


「……やっぱ話聞いてなかったでしょ」


 そうして任務内容を話してくれる。


 どうやら、この工場跡に最近妙な噂が流れているらしい。

 夜な夜な、青い光のようなものが発見されるとか。


 普段ならば、「はいはいそういう話ね」と聞き流すところだが、この世界がファンタジーと知ってしまったので、これを放っておくことはできない。


 それも、今回はひかりの家、「桜花家」への直々の依頼らしい。

 同じくエージェントである、ひかりのご家族は都合がつかなかったらしく、ひかりが引き受ける形となったのだそうだ。


 ちなみに、裏社会でのひかりの立ち位置を教えてもらった。


 ひかりは去年、高校一年生からこの仕事を始めており、エージェントとしてはまだまだ半人前なのだそうだ。


 ただしエージェントには、特にこれといって資格などは必要ない。

 ファンタジーを知った者は、関わってもいいし関わらなくてもいい。


 それでも、ファンタジー世界から人々を守ることを選んだ「エージェント」には、それなりの道しるべを示す団体等は存在しているのだと。


 ひかりの「桜花家」もその一つで、代々エージェントの家系であった彼女の家には、実際に修行に来る者もいるそうだ。


 だから彼女も、親族に教えてもらう形で、家で研鑽けんさんを積んでいるという。


 そんな話をひかりとしながら、それなりの敷地面積を持つ工場を調査して回った。


 そうして、壁があるところまで来たところ、


「──!」


 前方から何かが向かってくるのを感知し、咄嗟とっさに回避する。

 あぶねえ、危うく魔法を使っちゃうところだった。


 ひかりは俺が火を扱う異能だと思っているので、簡単に他の属性の魔法は使えない。

 バレるとちょっとめんどくさい事になると思う。


「どうやら、姿を現したみたいだな」


「ええ、そうみたいね」


 おそらく違う方向の不安を持ちながら、俺たちの前に現れたのは、


「ぼぉぉぉ……」


 青白い炎のような形が、宙に浮いたもの。


人魂ひとだまだわ!」


 人魂、別名「火の玉」。

 暗い夜道に出ると言われているような、日本では有名な妖怪だった。

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