第26話 お、音葉さん!? 急に何を!?

<賢人視点>


 昼休み。


 今日の朝、中村君にエージェント関連の機密情報はけつつも、昨日の悪魔の事について話した。

 納得してくれたし、信じてもくれているみたいだった。


 それに、少なくとも今日の中村君は、前までの中村君とは違って見えた。

 以前のようにいじわるしてきたり、態度が大きかったりはないように思える。


 けど、


「うーん……」


 問題は音葉さんだ。

 彼女にはなんて説明しようか。


 そんなことを考えていると、集合場所『元文芸部の部室』に着く。

 俺は音葉さんに呼ばれていたので、今日もこうしてこの秘密の場所にやってきた。


「……ふぅ」


 俺と音葉さんの間だけの集合合図。


 三限と四限の間の休憩時間に、音葉さんが俺の机の隣を通り、少し過ぎたところで音葉さんが靴を合わせるようにつま先をコンコンとする。


 対して俺は、シャーペンを落として「いいよ」の返事をするのだ。


 より秘密の関係というものになりつつあって、俺としてはすごくドキドキしている。


 今日は一体、どんな用だろう。

 そんな高揚した気分のまま、部屋の扉を開く。


「あ、如月君」


「音葉さん。そういえば、一・二限の時いなかったみたいだったけど大丈夫? 体調が悪かった?」


「ううん、そうではないんだけど……」


「あ」


 そこまで言って、自分の言葉に気づく。

 女の子には色々あるんだ、ちょっとデリカシーに欠けてたかもしれない。


「あ、如月君が思ってるようなことではないの! ないんだけど……」


「?」


 じゃあなんだろう?

 先程から音葉さんの歯切れが悪い。


 何か言いづらい事でもあるのだろうか。

 いつも用意してある秘密のノートも出てないし。


「私、聞いちゃったの」


「え……な、何を?」


 聞いちゃったという言葉、若干いつもとは違う様子、まさかとは思うが、一応聞き返してみる。


「如月君は、戦ってるんだよね」


「!」


 まじかよ、バレていたのか。

 戦ってるって、確実にエージェントの事だよな。


 けど、どこでそれを……あ。


「もしかして、中村君と屋上で話していたことを?」


「……」


 音葉さんはコクリと頷いた。

 言葉には出さずとも、とんでもない事を知ってしまって困惑している様子が見て取れる。


 そりゃそうだよな。

 そんなの、普通は信じられるもんじゃない。


 あまりにもファンタジーな事が、こんなに身近で行われているなんて。

 

「私、全然知らなかった。如月君がそんな大変な事をしてるんだって。それに桜花さんの事も勘違いしてて……」


「音葉さん……」


 音葉さんはいつもと違って、俺とは目を合わせず、少しうつむきがちに話す。


 気まずい、という感じではなく、音葉さんは自分の中で必死に理解しようとしながら話してくれている感じ。


「私も、力になりたいの」


「!」


 責任感の強い彼女だ。

 なんとなくそう言うのでは、とは思った。


 音葉さんの気持ちは素直に嬉しい。

 けど、俺はそんな音葉さんをなるべく巻き込みたくないんだ。


「音葉さん。それは──」


「分かってる。如月君や桜花さんの事については、私じゃ力になれないってこと。……だから考えてた事があるの」


「……!」


 今まで俯いていた音葉さんが、立ったままの俺にぐっと顔を近づけて目を合わせた。


 少し頬を赤くして、何か決意を持った目。

 周りの長いまつ毛、うるっとした瞳が下から俺のことをじっと覗いて来て、とてもドキドキする。


「如月君、あのね……」


 開けた窓から気持ちの良い風が入って来て、音葉さんの綺麗なセミロングの黒髪がなびく。

 右手で靡く髪を抑え、左手は胸元に当てながら、音葉さんは意を決したように口を開いた。


「私が、けん……如月君の支えになるから!」


「……え?」


 言葉は耳には入ってきているのに、頭にはまるで入ってこない。


 待て待て、今なんだって!?

 音葉さんが、俺の支えになるって?


 それに今、「けん」って言った?

 けん、けん……まさか、賢人か?


 いや、それはないか。

 

「お、音葉さん? さっきから色々と話が……」


「少し、目をつぶって?」


「な、なにを急に……」


 先程の言葉の意味もまだ完全に理解していないのに、次々にすごい事を言ってくる音葉さん。

 俺の心はまるで付いていけていない。


 それでも、


「……」


 俺は何かに期待するようにそっと目を閉じた。

 その瞬間、


「!」


 頭の後ろに、感覚。

 そのまま、音葉さん側に引き寄せられるような力に身を任せて……ぽふっ。


 何か、柔らかいものに顔が当たる。

 なんだ、場所から考えると……ってこれは!?


「お、音葉さん!?」


「ダメ、じっとしてて」


 そんなこと言われても!


 もしかして俺は今、抱き寄せられてる!?

 頭の後ろに手を回されて、そのまま音葉さん側に!


 しかもこの柔らかい感触は……確実に音葉さんの胸だ。


「さっき、一・二限がどうとかって言ってたでしょ?」


「え! あ、うん」


「如月君の事は信じてる。如月君は理由もなしに嘘をつく人には見えないから。だけど、屋上の話は受け止めきれなくて……」


「そうだよね」


「だから、保健室で頑張って受け止めた。その上で、私には何か出来ることがないかなって考えた」


「……」


 心臓の鼓動がうるさい。


 前と後ろ、人の温もりに触れて落ち着くようで、状況を考えるとまったく落ち着かない。

 さらに目を閉じていることが、俺をより一層ドキドキさせる。


「私は如月君を支えたい。あなたが、私を助けてくれたように」


「──!」


 少し言葉を変えて、音葉さんがもう一度言った。

 彼女の「力になりたい」は、支えになりたいってことか!?


 でも……それって!

 ダメだ、このままじゃ心臓が持たない!


「音葉さん!」


 俺は目を開け、音葉さんの肩に両手をついて距離を離した。


「あ」


「……! だから目を閉じててって言ったのに」


 音葉さんの顔は、頬から耳までそれはもう真っ赤っかだった。

 普段は清楚せいそで常に冷静な優等生、そんな教室の彼女からは絶対に見られない顔だ。


「私だって……恥ずかしかったんだから」


 大人のような、お姉さんのような母性を感じていたけど、どうやら音葉さんも必死だったらしい。

 そんな彼女はとても可愛く見えた。


「音葉さん、ありがとう」


「……別にいいけど」


「「……」」


 恥ずかしさから少し沈黙が続く。

 

「じゃ、じゃあ、あのさ──」


 お互いの気まずさから、中村君に謝罪の機会を与えて欲しいという話題に強引に切り替えた。

 このままじゃ、俺も音葉さんも昼休憩中に熱さで蒸発してしまいそうだ。

 

 それでも、音葉さんの言葉、抱き寄せられた時の感覚は、ずっと頭の中に残り続けていた。

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