第25話 中村君事件の行方

<三人称視点>


 中村の一件も一応の収束を迎え、次の日の朝、HRホームルーム前。


「よう」


「お、おはよう、中村君」


 賢人と中村が、また屋上にて相対あいたいする。

 だが、少なくとも中村の方は前のような険悪な様子はない。


 それもそのはず、今回は中村が賢人に連絡していたのだ。

 昨日の一件より、晴れてクラスで三人目の連絡先をゲットした賢人は、昨晩に中村から連絡をもらっていた。


 しかしそれに対する賢人の返信は、


『分かりました。では屋上でよろしくお願いします』


 まさに陰キャが陽キャにかしこまっている様子。

 エージェントではない賢人の表の顔は、まだまだ単なる教室の陰キャだ。


「なんだよ、このLINE。なんで同級生で敬語?」


「いや、それはですねー、じゃなくて、えと……」


 今の賢人から戦闘の時の勢いはまるで感じられなく、あわあわしている。

 陽キャから急に話を振られた陰キャの、典型的なパターンである。


「んだそれ。じゃあ俺から先に良いか」


「? どうぞ」


「まずは……すまなかった」


「!」


 中村は自分の話の番を作り、ほとんど九十度という姿勢で賢人に頭を下げた。


 陽キャでありサッカー部のエースでもある中村、プライドは相当に高い。

 そんな中村がここまでしっかりと頭を下げる様子は、クラスの友達や部活の仲間でも見た事のある者はまずいない。


「中村君……」


 そんな誠意を見せる中村に、賢人も落ち着きを取り戻す。


「気持ちは分かる。けどそれは──」


「ああ。委員長にも、こうしなければいけないのは分かってる」


 中村は賢人の言葉をさえぎり気味に返す。

 返ってきたのは、賢人にとっては意外な言葉だった。


「けど、ちょっと勇気が出なくてよ。それにあんなことをしてしまったんだ。俺が一人で委員長を呼んでも、怖がらせちまうんじゃないかって」


(あの中村君でもそんな事を……)


「何でもする。だから俺に、委員長への謝罪の機会を作ってくれほしい。如月が一緒にいれば、委員長も呼び出しに応じてくれるんじゃないかと思う」


「中村君……わかったよ」


 賢人も、中村が音葉を怖がらせた事については少なからず怒っている。

 たとえそれが、悪魔による心への悪影響からの行動だとしても、音葉さんを巻き込んだことは許していない。


 そんな思いから、賢人は中村のお願いを素直に聞き入れる。


「あと、昨日の事については、教えてくれても、教えてくれなくても良い」


「えっ?」


 昨日の事、それは言わずもがな、悪魔関連の事。

 あれだけの事がありながら、中村は自分の立場を考えて自重しようとした。


「いや、話すよ」


「! 良いのか、如月……」


「うん」


 しかし、賢人は中村に話した。

 

 エージェント関連の機密情報は避けつつも、自分が中村に憑いた悪魔のようなものを裏で退治をしているという事を話す。

 賢者の事も避け、あやふやではあるが、中村が最低限納得できるように。


 これは今後、中村がモンスターに耳を貸さないための警告のつもりでもあった。


「お前、すげえ奴だったんだな」


「たまたま関わる事になった、それだけなんだけどね」


 さらに賢人は、ひかりから聞いた話と自分で調べた上での仮説も話す。


「悪魔は人の心に大きく影響を及ぼす。正直許してはいないけど、中村君の行き過ぎた行動もそれによるものなのかもしれない、とは思ってる」


「……いや、それは関係ねえよ。俺はお前に嫌がらせする為だけに、委員長にひどいことをしようとした。ただ、それだけだ」


「中村君……」


 賢人は一応補足をするが、中村は全てを受け入れる覚悟のよう。


 賢人からすれば、音葉さんを傷付けた中村をすぐに友達とは言いたくない。

 そんな気持ちを妨げない今の中村の態度は、それほど悪い印象はなかった。


「それより。如月がそういう事をやってるって、委員長には言ってないんだよな?」


「言ってないし……言えないよ」


 賢人は、目を逸らしながら中村に答える。


「一応どうしてか聞いて良いか? ま、なんとなく分かるんだけどよ」


「多分中村君が思ってる通りだよ。俺は、裏社会に音葉さんを巻き込みたくない」


「だろうな」


 これは賢人の心からの素直な気持ち。


「昨日の時点で分かってると思うけど、ひかりはこっち側だよ。俺の先輩でもある。けど、一般人の音葉さんはこれ以上巻き込みたくないんだ。だから昨日は、目覚めてくれなくて助かった」


「……そうか。改めて、本当に悪かった。委員長を巻き込んじまって」


 中村は賢人に向き直って土下座をする。


「謝るなら委員長に謝ってほしい。機会は俺が用意するよ」


「……ああ、頼む」


 キンコンカンコン。


「「!」」


 そんな話をしていれば、朝のHRの時間になる。

 開始五分前のチャイムだ。


「行くか、如月」


「うん」


 こうして、歩幅は合わずとも二人は屋上から出ていく。

 友達になったわけではないが、一応の和解は成立した。


 だが幸か不幸か、


「如月君……」


 屋上への入口扉が付いた四角い建物の後ろで、隠れていた者が一人。

 先に屋上にいた音葉は、二人の話を全て聞いてしまっていたのだった。


「私は……」


 そして意を決した音葉は、昼休みに賢人を呼び出した。

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