第18話 音葉さんの裏の顔を知ってしまった

 音葉は、賢人とひかりの会話を聞いて勘違いを極めた。


(この二人オタクなのね!) 


 彼女の裏の顔は、中二病混じりのオタク。

 さらに、密かに語り仲間が欲しいと思っていたからだ。


 世の中のオタクには二種類いる。

 一つは、自らオタクを大っぴらに自称し、それを話題や笑いに昇華させてる『カリスマ的オタク』。

 そしてもう一つは、『隠れオタク』である。


 近年、モデルや人気アイドルグループでもオタクを自称するタレントが増えてきており、オタクは別に恥ずかしいことじゃないとの認識が広まってきた。

 独特のノリや、普段一般には聞きなれない単語がうけ、大っぴらにするオタクも増えてきてはいる。


 だが、未だに圧倒的に多いのは後者。

 かくいう音葉も、ゴリッゴリの後者であった。


 普段は真面目で勉学優秀、クラスの事を第一に考える頼れる学級委員長。

 そんな音葉は「実はオタクでした」なんて今更言えない、と常に考えている。


 しかし、学校にオタク趣味がぎっしり書かれたノートをコソコソ持ってきては、隠れて同人マンガを書いている。

 「それが見つかった日には人生が終わり」とまで考えているにもかかわらずだ。


 そんな彼女は、初めて見つけたオタク仲間になれそうな会話を聞き、混ざりにいくか真剣に迷う。


(まあ、オタクとして彼らに近づくかは検討するとして、とりあえず悪い関係ではなくて良かったわ)


 そうして、学級委員長的には安心感を得た音葉は、そっとその場を離れた。

 だが彼女は下校途中まで気づかなかった。


 今日一日調査に夢中になりすぎたがため、その見られれば人生終わりというノートを、机に忘れてしまっていることを。






 

<賢人視点>


 放課後。

 当番であったひかりとの水やりを終えて、俺は教室に戻って来た。


 ひかりは、すでにかばんを持って水やりに来ていたのでそのまま帰った。

 クラスの人は部活や帰宅をしており、すでに誰も残っていない。


 そんな中で、


「ん、なんだこれ」


 俺の机の近くの床に何か落ちている物を見つける。


 近くの席だと……音葉さん、中村君あたりだろうか。

 中村君はあれから学校に来てないけど。 


「よっと」


 中を覗く気はないけど、一応落とし物を拾う。

 場合によっては届けるべきだと思うし。


「?」


 なんだこれ……ノート?

 でも教材用というよりは、少し小さめのメモ帳のようなものだ。


 表には……


「!?」


 特に見る気もなかったが、そのチラっと目に入った単語が気になりすぎて、ついノートの題名を読んでしまう。

 

『推しのかっこいいシーン、設定集』


 なんだこれ!


 推しって……推しか?

 やばい、めちゃくちゃ中身が気になる!


「……」


 ちらりと教室を見渡す。

 誰もいないよな。


 悪いとは思う、思うけど……ほんのちょっと覗くだけだから!


 俺の良心が痛むが、ええいっ!

 この気持ちは抑えられない!

 

 ガラッ!


「──!」


 しかし俺が悪心に負け、ノートを少しめくった所で教室の扉が開く音がする。


「……はあ、はあ。如月、君?」


「あ、ど、どうも……」


 お、音葉さんんん!!

 しまった、よりによってクラスの風紀を取り締まる委員長に見つかってしまった!

 

「それ……手に持ってるの、何?」


「はっ! こ、これは! たまたま落ちてたから拾ったもので! 中身を見たりはしていないから! 決して!」


「……ふーん。じゃあそれ、返してちょうだい」


「へ? 返してって」


「それ私のなの」


 え、本当に音葉さんのだったの?

 あの……推しがどうとかってやつ!?


 意外だが……そ、そうか、そんなこともあるよな。


「ど、どうぞ」


「中身、見た?」


「……見てません」


「見たのね」


「……ペ、ペラペラっとだけ」


「はあ」


 普段は温厚な音葉さん、今はどこか顔が怖い……。

 やっぱり、人の物を勝手に見るんじゃなかった。


 と思えば、音葉さんはぐっと顔を近づけてくる。

 身長差から、音葉さんが俺の口元辺りから見上げる形だ。


 それにしても……近いっ!


「これ、誰にも言うなよ」


「えっ」


 なんだ、ちょっと雰囲気が。

 それに口調も……。


 これが音葉さんなのか?


「分かったの? 分からないの? はっきりしてちょうだい」


「わ、わかりました!」


「……そう、それなら助かるわ。じゃあね、脅したことは謝るから」


 音葉さんはそれだけ言い残して、きびすを返した。


「……ぐっ」


 でも俺にはあった。

 一つだけ、抑えられない思いが……。


 言いたい。

 中身をちらっと見てしまったがゆえに、俺はどうしても言いたいことがある。


「あ、あの、音葉さん」


「まだ何か? それとも、脅したりなかったかしら?」


「い、いえ、その……」


 うう、怖い。

 音葉さんはカーストで表すと分からないが、クラス内権力なら間違いなくトップ。

 そんな音葉さんに、カースト最下位の俺が……。


 でも、やっぱり言いたい!


「何よ、はっきりしなさい」


 ようやく俺はついに決心した。

 自分の言葉を抑えきれなかったのだ。


「……敵に出てくるゴブリン。彼らの腕はもっと太いと思います」


 俺は、どうしても魔物あるあるを言いたかった!


「なんですって?」


 この時の音葉さんはちょっと怖かった。

 だけど、ここで勇気を出したことが、俺と音葉さんの関係に繋がったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る