第19話 委員長と秘密の関係に……?

 学校からしばらく歩き、ここは人がほとんど通らない小さな公園。

 そこで俺は、音葉さんと並んでベンチに座る。


「たしかにそうだわ!」


「そうでしょ!」


 話しているのは、彼女の秘密のノートの話題。


 俺が抑えきれなくて発してしまった、魔物あるある。

 それがきっかけとなり、音葉さんに「もっと教えて!」とせがまれて今に至る。


 ノートを拾った時、音葉さんの態度が少し怖かったのは、『オタクバレ』してしまって動揺していたかららしい。

 そんな音葉さんの態度も和らぎ、今はこうして仲良く話している。


「ゴブリンの腕はもっと筋骨きんこつ隆々りゅうりゅう、確かにそうね。私はただビジュアル重視でしか書いてなかったけど、棍棒こんぼうの実際の重さを考えるとそうなのかも」


「意外と穴だよね」


「そうね。私は正直、棍棒はゴブリンという種族を表すための記号、ただの特徴のようにしか考えてなかった。今思えば失策だわ」


 ただのやられ役のゴブリン一つにも、音葉さんは真剣に悩む。

 彼女が書いているのは、推しが異世界転生した設定の同人マンガだ。


「あとはね。実はあの棍棒、死んだ仲間の蓋骨がいこつから作るんだ」


「嘘でしょう!?」


「ゴブリンは言わずと知れた弱小種族。財力や資源も乏しい。けれども数はいる。だから昔のゴブリンは、死んだ仲間の骨を使って自分たちの武器にしたんだ。一種のゾンビ戦法だね」


「そんな事が……」


「今ではすっかり遺伝子に染み付いた本能だから、罪悪感はない。けど、それをやり始めた頃は、もしかしたら心苦しかったかもしれない」


「ゴブリン一つとっても、あなたの思い描く世界観は奥が深いのね……」


「ま、まあ。あはは……」


 だってこれ、異世界の事実ですから……。

 

 そう、俺が話しているのは、前世の賢者による異世界の知識。

 それを俺は、自分もオタクであり、普段から頭で考えている事ということにして音葉さんに話していた。


 音葉さんの世界観は想像だけど、俺の世界観は実体験。

 『事実は小説よりも奇なり』とは、よく言ったものだよ。


 そうして話している内に、彼女は思っていたよりずっとオタクだと気づく。


 いずれコミ〇にも同人誌を出したいと言っているほどだ、熱意も相当なもの。

 たしかに、絵もすごく上手だ。


「けど如月君。この事は……」


「分かってるよ。皆には内緒、だよね」


「うん。そうしてくれると助かる」


 音葉さんは、普段のイメージを崩さないためにオタクバレを嫌がるそうだ。


 約束したからには破らないけど、そこまで隠すものなのかな、とは思う。

 だって音葉さんは音葉さんだし。


 それに、


「これが、ここにきてこうなのよ! それでここでズバーン! って!」


 オタク的な話をする音葉さんの顔はとても輝いている。

 普段は清楚で美しいけど、今はとにかく楽しそうな表情だ。


 黒髪のセミロングから覗かせるその表情は、子どもがはしゃぐ様子そのもの。


「ねえちょっと、聞いてる? 如月君!」


「あ、聞いてる聞いてる!」


 普段はクラスメイトとも一歩引いたような感じで接している彼女が、今はグイグイくる。

 ずっと隠してきたことの出口を見つけて、一気に解放している感じだ。


 けどまあ、音葉さんが俺にしか見せない一面を知っている、というのも中々に気持ちがよい状況だ。


 俺は、決して音葉さんのこの一面を話したりしないだろう。

 ……話す相手がいない、などという理由ではない、決して。


「それでね。一つ如月君に相談があるの」


「ん、なに?」


 話も一区切りというところで、音葉さんから正面を向いて持ち掛けられる。

 両手を膝に挟ませて、何やら緊張しているみたいだ。


「良かったらこれからも、たまに私に……付き合って欲しいの!」


「!」


 目を閉じて恥ずかしそうに話す音葉さんが、すごく可愛かった。


「それはマンガ制作に、ってこと?」


「あ、うん。それもあるけど、こうして話を出来るだけでも嬉しいなって」


 彼女は話の中で、実はオタク仲間が欲しかったと言っていた。

 恋愛感情はなくとも、そういうことなのだろう。


「もちろん! 俺で良ければいつでも」


「……! 良かった、ありがとう如月君!」


「!」


 音葉さんは俺の手をぎゅっと握った。


「あ! ご、ごめんなさい! ちょっと、舞い上がっちゃって……」


「いや、うん……良いんだけど……」


 び、びっくりしたあ~!

 あの音葉さんに手を握られるなんて。


 音葉さんの手、少し冷たくてひんやりしてたな……。

 それに柔らかくて、女の子という感じがした。


「じゃ、じゃあ、今日は帰ろっか! また明日、学校でね」


「うん、じゃあね音葉さん」


 帰る雰囲気となり、ベンチからすっと立ち上がる。

 じゃあまた、というタイミングで音葉さんは慌てて振り向いた。


「あ、でも、みんなの前ではっ!」


「あははっ、分かってるよ。内緒だよね」


「うん。でも、普通に話すのは全然問題ないから! むしろ私も、これからはもっと話しかけにいくと思うわ。それじゃあね!」


 歩いて行く方向から、音葉さんは駅に向かうみたい。

 バイバーイと手を振って元気に帰る音葉さんは、いつもの清楚な音葉さんとは全く違って見えた。


 こうして、俺と音葉さんは秘密の関係になったのだった。




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