第20話 怪しげな雰囲気の中村君<別視点>

<三人称視点>


 時は少しさかのぼり、賢人と中村が屋上で一件あった日。

 ひかりにビンタを喰らった中村は、部活には顔を出さずに荒れていた。 


「くそがっ!」


 路地裏で思いっきり壁をる中村。


 賢人がひかりと付き合っているとは到底信じていない。

 それでも、思春期の男子というのはそういう噂に敏感であり、心のどこかに残り続けるもの。


 しまいには、大好きなひかりから平手打ちをもらい、二度と名前を呼ぶなと言われてしまった。

 顔面偏差値の高さゆえに、今までたくさんの女をとりこにしてきたイケメンからすれば屈辱的だ。


 しかし、ひかりの事はまだ大好きな中村。

 自然と憎悪は賢人へと向く。


「あいつ、まじでぶっ○す!」

 

 壁を蹴ろうとも鬱憤うっぷんは晴れない。

 そして、中村君が知らず知らず迷い込んでいたのは、人通りの少ない路地裏。


 そんな場所で何かを抱えてそうな男子高校生。

 そういう者に限って、悪意は向く。


≪悔しいか?≫


「あぁ!? 誰だ、話しかけんな!」


 どこからともなく聞こえる声。

 その現象が不思議に思えない程、中村はイライラしていた。


≪そう言うな。お前にも悪い話ではない。お前、力が欲しいのではないか? 気に入らない奴をぶっとばせるほどの≫


「だったらどうした!」


≪私なら力になれるぞ?≫


「んだと? ……詳しく聞かせろ」


≪ふっ、良いだろう≫


 悪意はニヤリと笑みを浮かべる。







 時は経ち、賢人と音葉が秘密を共有した次の日。


 ガラッ。


「「「!」」」


 久しぶりに、学校を休んでいた中村が教室に姿を現す。

 賢人と中村の一件からは、実に一週間が経っていた。


(中村君……!)


 これには、すでに教室に来ていた賢人も驚く。

 中村がずっと休んでいたのは、明らかにあの屋上呼び出しイベントだとは分かっていたため、気になってはいた。


 それでも、未だにひかりと音葉以外の連絡先を持っていない賢人には、どうすることも出来なかったのだ。


「しゅ、周人! 久しぶりだな! どうしてたんだよ~」

「そうだぜ、部活ぐらい顔出せよ~」


 そんな中村に、早速友達が寄り付く。


 中村は依然としてカースト最上位。

 友達も少なくない。


「ああ、悪いな。部活にもその内顔出すからよ。先輩にはてきとーに言い訳しといてくれや」


「その内って、今日は来ないのか?」


「あー、気分だな」


「わ、わかった……」


 そんな中村の会話には、クラス中が聞き耳を立てている。

 学校的には病気とのことだったが、何かあるのは明白だった。


 そして、その様子を他とは違った目で見つめる二人。


「「……」」


 賢人とひかりだ。

 中村の様子を見て、エージェント的知識が豊富なひかりはすぐに動いた。





 とっくに一限が始まっているが、そんなことは構わず賢人とひかりは屋上で話す。


「賢人も感じ取っていたでしょ、あいつの異様さ」


「うん……」


 普段閉じられているこの場所は、中村との一件以降、エージェントの二人が話すには都合の良い場所となっていた。

 校則違反など、裏社会のことに比べれば今更もいいところだ。


「ひかりは中村君について何か心当たりが?」


「ないわけじゃないけど、確証は持てないわ」


「それでも教えて欲しい」


「そうね。……あれは多分、悪魔系の何かがいているかもしれないわ」


 ひかりが賢人に話し始める。


 悪魔は、モンスターの中でも最も人間に寄り添いやすい種族で、特に人間の悪意が大好物。

 普段は直接関わることのないファンタジー種族の中でも、特に人間と距離が近いモンスターなのだ。


 そんな悪魔は、憎悪など、特にネガティブな感情を持った人間に寄り付き、その悪意を力に変えるという。


「はあ、まずったわ。前のわたしのあれが原因なのだとしたら、とんだ失態よ」


 ひかりは後悔するように額を抑える。

 

「ひかり、そんなことは」


「こんなことなら、憎しみも持てない程にコテンパンにしておくべきだったわ!」


「……元気はありそうで良かったです」


 だが、落ち込んでいるわけではないよう。


「ただ、今回さらにまずいことは……本当に中村に悪魔が憑いているかどうか、確証を持てない事なのよね」

 

「というと?」


「強い悪魔になればなるほど、人間に憑いている事を隠すのが上手いの。ある程度知識を学んだわたしでも、今のあいつに悪魔が憑いているかは分からない。だから」


「憑いているとしたら、強い悪魔ってことか」


「そう。それに、悪魔系は人の心に影響を及ぼす事があるわ。もし憑いていれば、その内に何か大きなことをやらかしかねない」


 話を聞くことで、いつも通り物事を軽く考えていた賢人も少し事態を重く考えた。

 本当に中村に悪魔が憑いているのならば、ただぶちのめせばいいわけではない。


 たとえ中村が嫌な奴でも、一般人には変わりないのだから。


 賢人は、一般人を守りたくて(あと金目当てで)エージェントをやっているわけで、一般人の中村を傷つけることは出来ない。

 というか、やりたくない。

 

 それならば、あの憎たらしい顔で自分を屋上に呼び出してくれた方がまだましだ、と考えている。


「で、どうする?」


「そうね……とりあえず慎重に進めましょう。わたしはこのまま早退して、家から応援を要請するわ。だから賢人は中村を見張っててちょうだい」


「了解」


 賢人は先輩エージェントに従って、今日の行動指針を決めた。


 ただ、彼には心残りが一つ。

 エージェントとしては足りない危機意識と、最近やっと味わい始めた青春の甘酸っぱさが、賢人の甘さを浮き彫りにしてしまう。


(問題は……こっそり一緒にお昼ご飯を食べる約束をしていた音葉さんぐらいか)


 そうして、この約束が事態を招いてしまうのであった。

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