第22話 中村君と姿を現した悪魔

 「よう、早かったじゃねえか」


「中村君、どういうつもりだ!」


 俺が来たのは学校近くの工場跡。

 見覚えのある、ひかりのエージェント一家と一戦やり合った所だ。


「んー! んー!」


「音葉さん!」


 音葉さんは俺を見た瞬間、声を上げた。

 中村君の隣にいる音葉さんは、俺に送られていた写真のまま。

 手足と口元を縛られ、そこに座らされている。


「うるせえよ委員長。黙って見てろつってんだろ」


「んー!」


「中村君、音葉さんをどうするつもりだ……?」


「どうするって、決まってんだろ?」


「──!」


 中村君が俺に伸ばした人差し指をクンッと下に向けた瞬間、俺の体はガクンと膝から崩れ落ちる。


 なんだこれ、体が重い!


「てめえはそこで、黙って見てろや」


「あ、おいっ!」


 中村君が懐から取り出したのは、小さな護身用のナイフ。

 それをそのまま、音葉さんの制服の胸元を切るように突き付ける。


 今にも、服を脱がしてしまいそうだ。


「──! んー!」


「悪いな、委員長さ──」


「やめろ」


 だが、そのナイフは風に吹かれて遥か彼方へ。

 当然、俺の『風魔法』だ。


 ひかりは「悪魔系は人の心に影響を及ぼす」と言っていた。

 たとえ悪魔の影響だとしても、そこまでするなら俺も黙ってられない。


「なっ──!?」


「音葉さん、すまない」


「ん! ……んぅ」


 同時に音葉さんを眠らせる。

 これで彼女に見られることは無いだろう。


「お前、何をした!?」


「この際、もう仕方ないか」


「聞いてんのか!」


 また中村君はさっきの重力を操るかのような仕草を見せる。

 けどそれは、もう見飽きた。


「よっ」


「んなあ!?」


 中村君が重力の圧をかけているのだろうけど、俺はその反対に重力を働かせる事で均衡を保つ。


 『重力魔法』ってやつだな。

 六属性ではない“特殊系”の為、異世界でもほとんど使える者はいなかった。


 俺と同じ魔法ではないにしても、そんな力を使えるとなれば確定だろう。

 中村君の中には、いる。


 確信した瞬間、自ずと姿を現した。

 

「がっ、まて! てめえ、俺の体は乗っ取らねえって話じゃ……ぐっ、があ!」


「中村君!?」


 だが、様子がおかしい。

 中村君は、自分の中のその何かと戦う様に、もがき苦しむ。


「うぐっ、がああぁぁ!」


 そうして、は姿を現した。


「これは……」


 3メートル程の黒ずんだ人型の大きな全身。

 関節や爪の先、髪がとげのように尖っており、それ自体が鋭利な刃物にすらなりそうな所々の部位。

 顔は想像通りの悪魔で、ニヤリとした顔から細長い舌を出してこちらをにらむ。


≪その正体ってのは、の事か?≫


「中村君の体を乗っ取ったのか……」


 見た目同様、一人称が変わった。

 どうやら、ひかりの憶測は当たっていたようだ。


 目の前の化け物は、どう見てもファンタジーな種族。

 俺たちエージェントの駆除対象、“モンスター”だろう。


「お前は悪魔なのか?」


≪よくわかったじゃねえか。俺様は『グラエル』。大悪魔だ。てめえ、俺様みたいな存在を知ってやがるな?≫


「さあ、どうだかな」


 けどここで一つ、俺にとっては良い事が起きた。

 体は中村君といえど、今話しているのは完全にモンスター。


 これなら、俺もおくすることはない。

 俺の中の怖さの基準は、モンスター<陽キャ、だからな。

 

≪だが、てめえはここでおしまいだ≫


「!?」


 そんな会話もつかの間、グラエルは先程の中村君と同じような、人差し指を下方にクイッと向ける動作を見せる。


 あれで重力を操っているのか?


「お、おおっ……!?」


 先ほどの中村君の時とはまるで違う威力。

 こ、これは……!


「うーん、下の上ってところか?」


≪……は?≫


 グラエルのかっこつけたセリフからの重力操作。

 しかし、それにも対応してスッと立ち上がる俺に困惑している様子。


 見る限り、中村君の自我は無い。

 体は回復魔法でなんとかなるとして、後はこの光景を中村君自身が見えてない事を願うばかりだな。


 まあ、バレたらバレたで割り切るしかないか。


 重力の操作にも完全に対応しきった俺は、姿勢を落としてグラエルに向かう。

 なんか微妙に重力の圧を感じるけど、正直蚊が止まった程度だ。


≪なっ、大悪魔である俺様の全力だぞ!?≫


「知らねーよっ!」


≪──ごふっ!≫


 『身体強化』で全身強化された俺の渾身のパンチに、グラエルはよろつく。

 それでも、俺は止めない。


 なぜならこいつは音葉さんを巻き込んだからだ!

 企んだのはどっちか知らないが、こいつも関わってるんだろ!


「まだまだ!」


 グラエルに体を乗っ取られているとしても、体は中村君のもの。


 体の本体がどうなっているかは分からないが、燃やすのはダメだ。

 中村君の体がちりとなってしまう。


 だから俺は殴り続ける!


≪──がっ! かはぁッ!≫


「もう終わりか? 大悪魔って言ってもこんなもんか」


 はっきり言って手応えがない。

 俺が使っているのは、対応のための『重力魔法』と『身体強化』のみ。


 この程度の力じゃ、異世界では笑われるぞ。


≪このっ、こいつがどうなってもいいのか!≫


「!」


 しかし一瞬の隙を付いて、グラエルは眠っている音葉さんを人質にとった。

 鋭い爪を音葉さんの首元に突き立て、今にも刺そうとしている。


≪ほら、どうした≫


「ぐっ」


 これには攻撃の手をゆるめざるを得ない。


 しまった、先に音葉さんを救出すべきだった……!

 賢者の力はあっても、エージェントとしての立ち回りがまだまだだ。


 けど、今はそんな後悔をしてる場合じゃない。

 『風魔法』で音葉さんだけ飛ばすか?


 いや、グラエルは重力を操る力を持ってる。

 飛んでる途中に音葉さんが地面に叩きつけられれば怪我をしてしまう。


「何が大悪魔だよ、卑怯者!」


≪なんとでも言え、俺様は何をしても力を得る≫


 くそっ、完全に俺のミスだ。


 そんな事を思っている時、突然は飛んできた。

 この控えめの火は!


≪──!?≫


 後方からの火に、グラエルは一瞬俺から目を離す。


「賢人!」


「任せろ!」


 同時に、聞き馴染みのある声。

 俺は『身体強化』の全速でさっと音葉さんを奪い返す。

 全速のまま通り抜けた先は、火を放ったの元だ。


「ひかり!」

 

「ごめんなさい、遅くなったわ! 申請が中々降りなくて……」


「大丈夫」


 とりあえず今は、ベストのタイミングで間に合ってくれたのだ。

 ならばあとは、目の前の事を片付けるのみ。


「中村君を解放しよう」


「おっけぃ……!」


 ここまで一般人を巻き込んだ悪魔を、許してはおけない!





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〜お知らせ〜

年末年始ということもあり、12/30〜1/3は、12:10に更新いたします!

どうぞよろしくお願いいたします!

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