第23話 賢者の力を見せる時……!

 「やっぱりあれ、中村なのね」


「うん、そうらしい」


 三メートル程まで大きくなった黒ずんだ体躯たいく、悪魔のような顔をしているが、まだ若干中村君の面影おもかげを残している。


 もしかして中村君は、まだ完全に乗っ取られたわけではないのか……?


 でも、それがどうであれ、俺たちはエージェントとしてグラエルこいつを倒す!

 その上で、一般人の中村君も解放しなければ!


「そういえばひかり、応援を頼むとか言っていたのは?」


「こっちに向かってるとは思うけど……まだよ。あいつら本当に面倒なんだから、まったく」


「了解」


 ひかりにも何か事情がありそうだが、後にしよう。


 それに、俺は応援部隊がいない方が都合が良いからな!

 俺の力を見られなくて済むし!


「じゃあ、ひかりは音葉さんを頼む」


「頼むって、あれを一人で相手にするつもり!?」


「事情は後で話す。だから今は言うことを聞いて欲しい!」


「しょうがないわね……!」


 心配のような目は向けつつも、ひかりは一歩下がり、俺に任せてくれる。

 さっきの『身体強化』のからださばきを見て納得してくれたか?


 まあ、そろそろだとは思っていたしな。

 これが終わったら、ひかりには賢者の事をしっかり話そう。


 だから今は、


「俺が相手だ!」


 なりふり構わず、俺はグラエルへと突っ込む。


≪──ぐぉあッ!≫


 懐に潜り込み、下腹部からの渾身のアッパー。


 メキメキっと音がして、俺の拳がめり込んでいく。

 すまない中村君、後で回復するから!


≪くそがあああ!≫


「──!」


 グラエルは自慢の鋭利な関節や爪を振り回すが、俺はさっと後方にかわす。

 体のデカさが仇となり、動きはそれほど早くない。


≪押し潰されて死ねえぇぇ!≫


 万策尽きたのか、グラエルは最後の抵抗で俺に手を差し向ける。

 だがお前が重力の操作しか出来ないことは分かってる。


 イージーだったな。

 俺は相手の重力に合わせ、下から『重力魔法』を──


「──!?」


 しまった! フェイント!?

 こいつ、俺に重力をかける振りして、……!

 

 となれば、


「──がはっ!」


 俺は自分で放った下からの『重力魔法』で高く打ちあがり、天井に体をぶつける。

 『身体強化』により大きなダメージはないが、頭を打った。


「……ぐっ」


 若干クラクラするも、咄嗟とっさの『回復魔法』でダメージを治療。

 ズダっと着地して、なんとか状況の飲み込む。


 って、まずい!


≪ぐはははは! 俺様はこいつに乗り換えるぜぇ!≫


「きゃあ!」


 グラエルはひかりが放った火はものともせず、真っ直ぐに突進。

 狂気の声と共にその鋭利な爪を突き出す。

 

 くそっ、間に合わない!


「返せよッ……!」


「!?」


 だが、その爪はひかりの前でピタっと止まる。

 今の声は、中村君!?


「てめえ、このクソ悪魔。俺の体でひかりちゃんを傷つけんじゃねえぞ」


「中村! あんた!」


 中村君の意識が残ってた……!


「おい、くそモブ。いや


「!」


 中村君が俺の名前を。


「悪かった、自分でもやりすぎちまったと思ってる。委員長にはよろしく言っておいてくれや」


「中村君……?」


「ひかりちゃんを泣かすなよ?」


「「!」」


 フッとした笑いを見せた瞬間。

 中村君は、その尖った爪で自分の胸を貫いた。


≪ぐぉあっ! 中村、貴様ァ……!≫


「やっぱ悪魔なんかに頼るもんじゃねーわ。──がはっ!」


 中村君はその場で吐血、何もすることなくその場に膝からゆっくりと倒れ込む。

 自身のダメージに比例して、グラエルも動けない様子。


「中村! あんた……!」


 倒れ込んだ中村君のそばにひかりが寄る。


「ひかりちゃん……俺の、こと、心配して……くれんの?」


「バカッ! しゃべるな!」


 口からは血をき出し、ゆっくりと目を閉じる中村君。

 ひかりは中村の体を必死に抑えるも、何も出来ない自分に悔しがる。


「最後に、ひかりちゃんに、傍にいて、もらえて……幸せだぜ、俺は」


「くっ!」


 中村君は、ゆっくりと目を閉じ始めた。


 だがそれを、


「……」


 それを俺はぼーっと眺める。

 ふむ、この場合どうするべきか。


 いや、やる事は決まってるんだけども。

 でも雰囲気がなあ……。


 けど、


「そんな事、言ってられないか」


「賢。人……?」


 手遅れになってしまう前に、俺は中村君にそっと手をかざす。


「『完全回復パーフェクトヒール』」


 見る者の目をいやすような黄緑色の優しい光。

 その光に包まれ、中村君の傷がえていく。


「こんなもんか」


 そうして、全てが元通りになった中村君の体には、すっかり悪魔は住み着いていなかった。

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