第48話 久遠の悲願

 俺は月影さん、そしてその後ろにエージェントの人たちに堂々と宣言した。


「俺、こいつを飼いたいんです!」

「「「はああああっ!?」」」


 一斉に声を上げられた後、口を開いたのは月影さん。


「えっと、賢人君」

「なんでしょう」

「この子がモンスターだってことは、分かってるよね?」


 月影さんが、俺の隣にいる大きなフェンリルを見上げながら尋ねてくる。


「もちろんです」

「……じゃあ、僕たちエージェントの目的とは?」

「人類の脅威を排除することです」

「そうだね」


 ここまで丁寧に言ってくれれば、さすがに俺だって何を言いたいか分かる。

 でも、


「じゃあこいつは殺されるんですか?」

「……それは研究側の判断だ」


 月影さんはメガネをクイッと上げながら、ぼそっと・・・・答える。

 それじゃあ答えは出ているようなものだ。


「こいつは絶対良い奴なんです! 離しません!」

「クゥン」

「ふむ……」


 俺がガバッとフェンリルに抱き着きながら訴えると、月影さんは頭を悩ませた。


 フェンリルを守るのは、もちろん可愛いから。

 だけど、理由はもう一つあった。


「フェンリル。君がその毛を散々利用されてひどい目に遭ったのは、なんとなく想像できる」

「クゥン」

「でも、もう一度だけ。もう一度だけ力を貸してくれないか?」

「クン?」


 俺はフェンリルのあごの下をでながら真剣な目で問う。


「久遠の寝たきりになっているという親友。そいつを治してやってくれないか?」

「賢人君!」


 尋ねた瞬間、後ろの久遠が反応を示した。

 俺が今すぐにフェンリルを手放したくないもう一つの理由は、これだった。


 久遠がエージェントになるきっかけの親友。

 親友の彼は、グラエルによって寝たきりにさせられたという。


 グラエルは人の心に干渉する悪魔だ。

 つまり、精神に干渉されたことでそうなった、と俺は考えている。

 俺の『完全回復パーフェクトヒール』はあくまで肉体を治すもので、もしかしたら久遠の親友は救ってやれないかもしれない。


 つくづく、賢者の力を全て使うことが出来ない自分の弱さに腹が立つ。

 それでも、幻獣フェンリルの力ならばと思ったのだった。


「フェンリル、お前にそんな力はあるか?」

「……クンッ!」

「本当か? 勝手に言っておいて悪いが、協力してくれるのか?」

「クゥ~ン!」


 フェンリルは元気よく返事をして大きな顔を寄せてきた。


「ははっ、この可愛い奴め」

「クゥ~ン」


 俺も思いっきり撫ででやる。

 白い毛並みがとてもモフモフで俺も気持ちいい。


「なるほど、そういう考えだったのか」

「月影さん」

「……わかった」

「えっ?」


 溜息をつきながら、どこか決心したような顔で月影さんは頷いた。


「今回は僕から上の方に報告しておくよ」

「本当ですか!」

「ああ。だけどやはり、一度は預からせてもらうことになると思う。久遠君の親友、彼を治した後でまた報告してほしい」

「ありがとうございます!」


 俺は勢いよく頭を下げた。


「言っておくけど、まだ飼えるとは決まってないから。あくまでも掛け合ってみるだけだよ」

「それでも嬉しいです」

「まあ、君には借りがあるからね。君がエージェントなりたての時、いきなり襲ってしまった事をこれで少しでも返せたらと思うよ」


 いきなり襲ってしまった事……ひかりとの初任務の名目で、桜花家から疑いをかけられてた時のことだ。


 あれもエージェントとしては当然だろうし、別に良いのに。

 そんな風に思ってくれていたとは。


「じゃあそういうことだから」

「助かります」

「それはいいとしてさ……」

「はい」


 月影さんは再びフェンリルを見上げる。


「このサイズ、どうすんの?」

「あ」


 やっべ、考えてなかった。

 えーと……よし。


「え! お前サイズ変更できるの! すごいな!」

「クゥン?」


 何を言ってるんだ、という顔をするフェンリルを差し置いて、俺はフェンリルに体に魔法を当てる。

 すると、


「クゥ~ン」

 

 みるみるうちにフェンリルは小さくなっていき……あら不思議。

 気が付けば、一般的な犬と同じようなサイズになってるではありませんか。


「可愛い!」

「クゥン?」


 まあ要するに、俺がグラエルを小さく押しとどめた時の魔法だ。

 それを、あたかもフェンリル自身の能力ということにしてみただけ。


「そんなことも出来るのか、フェンリルは。これはやはり、相当研究のしがいがありそうだね」

「あんまり乱暴には扱わないでくださいよ」

「それは強く言っておくよ」


 月影さんはなんとか誤魔化せた。

 が、


「「……」」


 ひかりと久遠、後ろの二人は「どう見てもお前の仕業じゃん」という目を向けてきていた。

 あははー、力の正体を知っていたらさすがにバレるか。


「じゃあ君達は、あの人に保護してもらって。組織の連中や後処理は僕たちに任せて、君達はゆっくり休んでくれ」

「ありがとうございます」

「それと」

「え」


 月影さんは、久遠の肩をポンと叩いた。


「君が今回やったこと。忘れてないよね?」

「それはなんと言いますか……」

「帰ったら覚悟してなよ」

「はい……」


 あのクールビューティー久遠がしょんぼりする。

 今回はこいつのおかげでもあるけど、俺とひかりが一歩でも遅れていれば危なかったわけだしな。

 久遠の行動を全肯定というわけにもいかないのだろう。


 俺もその点は多少怒っているし、しっかりと反省してほしい。

 けど、とにもかくにも、これで万事解決かな。


「帰ろうか」

「そうだね」

「ああ」

「クゥン!」


 ひかり、久遠、そして解放した(小さくなった)フェンリル。

 みんなに笑顔が戻って、俺たちの任務は完了となった。







 後日、とある病院にて。


「彼が……」

「そうだよ。僕の親友、あきらさ」


 久遠に案内された病室。

 『松原明』と書かれた病室には、同い年ぐらいに見える男の子が眠っていた。


 脈や呼吸も安定しているのに、全く目を覚ます様子はない。

 エージェントの息がかかった病院のため、表向きは別の病名ということになっているが、やはりグラエルの精神的な干渉を受けているようだ。


「精神関連は、今の俺じゃ治せない」

「そうか」


 久遠に事情を伝え、俺は胸の前で抱えた小さなフェンリルに目を向ける。


「お前なら治せるか?」

「クゥン……」


 フェンリルを抱きかかえたまま、明君の上までそーっと持っていく。

 すると、フェンリルの全身、いや毛並みがまばゆい光を灯す。


「うお……」

「ふわああ……」

「これは……」


 俺、ひかり、久遠、三人とも目の前の景色に釘付けだ。

 所々虹の七色を帯びて、陽の光のように眩しくフェンリルの体が光る中、そっと毛玉・・がほろりと明君の胸の前に落ちた。


「「「!」」」


 その毛玉は明君に吸収されるように溶け込んでいき、明君が胸を中心に光を帯びる。


「何が起こっているんだ……?」


 そう呟いたのもつかの間、光はふっと消える。

 代わりに、明君の目が開いた。


「──! 明!」

「……え?」


 それを見た途端、久遠が明君に抱き着く。

 当の明君は、何が何だか分からないままに、ただ久遠にいいようにされている。


「一体、何が……?」

「明。おかえり」

皇輝こうき……そうか、君が。ああ、ただいま」


 明君は全てを理解したわけではないだろう。

 だけど、目の前に久遠がいることで、彼が助けてくれたことだけは理解したのだと思う。 


「明。お前を救ってくれた仲間、賢人君にひかりだ」

「どうも。治って良かったよ」

「わたし……こういうの涙もろくて……」


 久遠が俺、ひかりの順で手で示しながら紹介してくれる。

 ていうか、


「ひかり、何泣いてるんだよ」

「だって~……」


 俺の後ろでずっとしゃべらないと思っていたひかりは、涙をこらえていたらしい。

 それがあふれてしまったひかりは、俺に寄り添いながら泣いている。


「みんな……。僕を、そしてこの皇輝を支えてくれてありがとう。こいつ、結構好き勝手やるでしょ」


 明君が笑顔で感謝をしながら、久遠を少しいじる。

 それには俺も冗談交じりに返した。


「ははっ、本当だよ。すげえ大変でさ」

「ひどいな、賢人君」

「お前が悪いんだよ」

「うえぇ~ん」


 こうして久遠の親友、明君も無事に目を覚ましたことで、久遠のエージェント人生をけた悲願も達成したのだった。

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