第38話 青春のはじまりを感じる!

<三人称視点>


 「ぷっ、あはは! 賢人、それふざけてる?」

「うるさいぞ! 俺の方が上手いだろ!」

「あははっ! それは絶対ない」


 賢人が書いた下手なイラストを笑うひかり。


 部活動初日はゆるーい雑談から始まり、いつの間にやらイラスト大会が開催されていたのだ。


 『文芸部』とはいっても、何年か前にあったこの部室から名前を取っただけ。

 何か小説を書いて評論し合ったりなど、お堅いことをしなければならないというわけでもない。


 実際、外面は「文芸」と言っているが、音葉もゴリゴリにオタク趣味を堪能たんのうするつもりであった。


 しかし、ひかりには『オタクバレ』させていない音葉。

 自分の書いたイラストは隠しつつ、その光景をぼーっと眺める。


(仲良いなあ……)


 中村の一件で助けてもらい、「賢人を支える」と決心した音葉。


 その決意や行動にも表れているように、彼女はある想いを抱える。

 音葉は、賢人の事がになっていた。


 きっかけは、オタクノートを見られたこと。

 それが中村の一件に繋がり、まさか彼が大変な仕事をしているとは思いもしなかったが、今の気持ちに比べればそれは些細ささいな問題であった。


 この文芸部新設もやりたかったことではあるが、賢人により近づく為でもあるのは間違いない。


 ひかりがいる中で前のように堂々と甘えさせる事はしないが、音葉には一つがあった。


 それは、


「じゃあのも見せてみろよ」

「ほら、のよりは上手いでしょ!」


 『呼び名問題』である……!


 呼び方問題。

 それは、互いの関係を表す上で重要な指標となる大切な要素の一つ。


 本人同士の仲の良さを表すものであると同時に、周りがそれを聞いた時に距離感を読み取ることができる聴覚的情報だ。


 特に、学校カーストというものが存在する青春時代にとっては、決して無視できない要素である。


 そんな呼び名問題は、音葉も重要事項として捉えていた。


(私も「賢人君」って呼びたい……!)


 実際、賢人に甘えさせた時、彼女は「賢人君」と呼ぼうとした。

 それから何度か意識しているものの、人の事を下の名前で呼んだことのない音葉は、中々踏み出せないでいる。


 だが偶然にも、この問題を頭に思い浮かべる者がもう一人。

 

(そういえば「委員長」って、名前でもなんでもないわよね……)


 ひかりだ。


 クラスの一軍・二軍女子は、大体下の名前で呼ぶひかり。

 三軍以下の下層をさげすんでいるわけではないが、特に仲良くないため「名字」+さん付けで呼ぶ。


 その中で、音葉とは比較的話す部類なのに呼び名は「委員長」。

 ひかりは、ここにきて初めてその呼び名が気になっていた。


 ひかりと音葉。


(どうやって……)

(きっかけを作ろう)


 同じ問題を持っている中、やはりきっかけとすべくターゲットは一人に向く。

 そんなことはいざ知らず、ただお絵描きに夢中になっているだけの賢人だ。


 仕掛けたのは、ひかり。


!」

「どうしたの。急に大きな声で」

「その……賢人は、委員長の事なんて呼ぶっけ?」

「え、“音葉さん”だけど」

「そうよね」


 あまり自然ではないが、話題の提示には成功。

 しかし音葉は、ひかりへの恋のライバル意識から別の意味に捉えてしまう。


(呼び名マウント!?)


 “賢人”、“ひかり”、“音葉”、この中で一人だけ名字なことに劣等感を抱く音葉。

 今から賢人への距離を縮めようとしている彼女にとって、これは特に効く。


 もちろんひかりは、全く悪気がないのだが。


(これで委員長が話題にノッてくれば……)


 普段なら「じゃあ~ちゃんと呼ぶわね」と気軽に呼び掛けるひかり。

 だが、「委員長」の名が固まりすぎている音葉に、今回は中々切り出せない。


 流れを作ったと思っている中で、ひかりは音葉本命に目を向ける。


「そういえば委員長って、音葉雅乃みやのちゃ──」


桜花おうかさん!」


「え」


 話をさえぎられ、ぽかんとしてしまうひかり。


 さらに、異能は使えないはずの音葉が、何故かメラメラと燃えるオーラをまとっているように映る。


「そういうことなら、わかったわ」


「い、委員長……?」


「──!」


 だきっ。


「え」

「は」


 音葉の行動に、賢人とひかりは完全に固まってしまった。

 突然、音葉が賢人の腕に絡みついたのである。


「はあああ!?」

「ちょ、音葉さんっ!?」


 一瞬間を置いて、二人は声を上げた。

 そして、音葉の堂々たる宣言。


「私の方が仲良いもん!」


 清楚で真面目、頼れる学級委員長の音葉さん。

 ここにきてついに、語尾「もん」を発動させてしまう。


 久しぶりの発揮だが、彼女の性格は合理主義。

 ゆえに、行動には結果を求めがちなのだ。

 

 ひかりによってマウントを取られたのなら、それ以上のことをする。

 「勝負」という括りでは負けたくない音葉なのであった。


「そうだよね。……如月君!」


「!」


 そうして言葉にしかけた、明らかな「賢人君」。

 ひかりがそれを聞き逃すはずもなく。


(なるほど。委員長は賢人を下の名で呼びたいのね……って、あれ)


 そこでようやく、事に気づいたひかり。

 

(それって、わたしと同じ事考えてた?)


 前に音葉から宣戦布告を受けていた事、今回の事、ひかりの中で全てが繋がった。


「あははっ! なーんだ、そういうことか」


「桜花さん?」


「ううん、これからは“ひかり”って呼んで。ちゃん」


「え?」


 何か一歩きっかけがあれば、ひかりは普段通りの対応が出来る。

 それが今回は、“音葉の勘違い”だった。


「雅乃ちゃん、わたしが思ってたよりずっと面白い人だったのね。その勘違いに助けられたわ」


「私が勘違い? ……あ」


 音葉も賢い人間だ。

 実はひかりが、ずっと自分を名前を呼びたがっていた事を理解する。

 

 恋のライバルとはいえ、敵対したいわけではないのだ。

 音葉はすっと賢人の腕から離れた。


「そういうことだから。よろしくね、雅乃ちゃん」

「こちらこそ、ひかりちゃん」


 突如始まりかけた正妻戦争も、大事おおごとにならず終結。


 残るは音葉の呼び名問題。

 音葉は、流れに乗じて勇気を振りしぼった。


「け、賢人君!」


「!」


 制服のすそを掴みながら、家以外では初めて声に出す「賢人君」。


「……って呼んでもいいかな」


「も、もちろん」


 これは賢人も嬉しかった。


「じゃあ俺も雅乃……いやでも、音葉さんは音葉さんって感じがするなあ」


「……!」


 しかし賢人は、何気なく違和感を口にする。


「ちょっと賢人、それはひどいんじゃ──」


「良いの、ひかりちゃん」


 賢人をいさめようとするひかりだったが、それを音葉が止める。

 賢人が「音葉さん」という呼び名に、価値を見出してくれていることが嬉しかったのだ。


(だから私の方は「音葉さん」って呼ばれたいかな)


 そんな気持ちをそっとしまう音葉。


 そうして、音葉は流れで自分のイラストをひかりの前に出す。

 ひかりにも自分をさらけ出してみようと思ったのだ。


「音葉さん、それ……!」


 出てきたのはゴリッゴリのオタク絵。

 ついでに秘蔵の『オタクノート』も添える。


「私、こういう趣味を持ってるの」


 流れで自分からさらけ出したオタク趣味だが、やはり恥ずかしい。

 勢いで出してしまったものの、音葉は少しもじもじする。


 だが、


「すっご! これ雅乃ちゃんが!?」


 ひかりは目を輝かせて褒めた。


「あれ、引かないの? 私がこんな趣味で……」


「いやいや! これ見せられてそんな反応できないよ! へー、まじすっごい!」


 ひかりは紙を掲げてキラキラした目で眺める。

 そんな光景には、賢人と音葉もほっと一息だ。


「良かったね、音葉さん」


「賢人君。うん……!」


 こうして部活初日から距離が縮まった三人。


(うんうん。とても素敵な部活になりそうだね)


 初日から青春のはじまりを感じ、心をおどらせる賢人であった。







 賢人たちが部活初日を送っている頃。

 別のとある場所にて。


「……ッ!」


 久遠くおんは目の前の光景に息を呑み、つぶやく。


「これ、思ったよりまずいんじゃないかな」


 どうやら彼の想定外の事態が起きたようだ。

 そんな中、


「一刻も早くに伝えないと。──!?」


(なんだ!?)


 振り返る直前、突然背後から掴まれた久遠。

 周りは暗闇で、何が起きているかまるで分からない。


(しまった、やらかした……!)


 口元を抑えられた久遠は、闇に引きずりこまれた──。

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