第35話 あの笑顔、まず間違いなく作り笑いだぞ?

 オレたち四人は、憲兵隊詰所の近所にある食堂に来ていた。


 フィオグが昼休みだったこともあり、昼食をとりながら相談することにしたのだ。


 そして注文を終えてから、オレが話を切り出した。


「フィオグに聞きたいのは、最近、魔法大学院で窃盗事件がなかったか、ということだ」


 オレのその話に、フィオグが目を丸くする。


「お前、その話をどこで聞いた? 大した被害もなかったから、公表もされていないはずだが……」


「その反応は、やはり窃盗事件があったんだな? ということは、盗まれたのは学生の名簿か?」


「ご名答ではあるが……話が全然見えないぞ? まずは詳しく説明してくれ」


 オレは、クラスナの実家で話したことと同じ内容をフィオグに聞かせた。


 一通りの話を聞き終わると、フィオグは気の毒そうにクラスナを見ながら言った。


「おいおい……そんな話、憲兵隊のオレに聞かせてよかったのか?」


「実行犯グループに打診しようにも、早馬だって数日はかかる。尾行にも十分気をつけている」


 憲兵隊であるフィオグと接触を図っている時点で、クラスナの父親が危険にさらされてしまうが、ここは王都だ。今はこの距離こそがオレたちにとって唯一の武器と言えるだろう。


 しかしだからと言って、のんびりしてはいられないのも事実だが。


 だからオレは犯人の名前も告げた。


「主犯は、おそらく冒険者のオッフェンだ。知っているか?」


「オッフェン……どこかで聞いたような……」


「たぶん、恐喝なんかをしょっちゅうやってるヤツだ」


「ああ……あいつか。捜査線上にちょいちょい名前は挙がってくるんだが、シッポを掴ませないヤツでな。しかし……もしヤツだとしたら、今回はずいぶんと大それた犯罪に手を染めたものだな。動機は分かっているのか?」


「クラスナが逆恨みされてるんだよ」


「へぇ……クラスナちゃん、いったいヤツに何をしたの?」


 そう問われて、クラスナは決まり悪そうに答えた。


「模擬戦で彼に勝ってしまって……」


「は?」


 フィオグが唖然とした顔になる。


「模擬戦って……クラスナちゃんは魔法士なんだよね?」


「あ、はい……そうなんですけど……」


 それ以上は答えず、なぜかモジモジしているクラスナに、オレが代わりに答えた。


「クラスナはめちゃくちゃ強いんだよ。前衛職もできる魔法士……まぁ魔法剣士だと思ってくれて差し支えない」


「いや、意味分からん。オッフェンって、確かランクAの冒険者なんだよな?」


「ああ。しかしクラスナはランクSSだ」


「はぁ!? SS!?」


 フィオグが素っ頓狂な声を上げる。


 周囲の客がちらほらと視線を向けてきたので、オレはフィオグをなだめた。


「おい、声が大きい。あまり注目を集めるな」


「わ、悪い……けどランクSSって……始めて見たぞ……クラスナちゃん、いったいどんな功績を挙げたの?」


「いえその……いろいろと……」


 今日のクラスナは、なんだかずいぶんしおらしいな。けどまぁ父親が攫われているなどという状況で、明るく振る舞うのも無理があるか。


 オレは話を本筋に戻すことにした。


「フィオグ、クラスナについては後回しだ。今の段階でオッフェンを逮捕できるか?」


 オレのその台詞に、フィオグは肩をすくめる。


「無茶言うな。そもそも、魔法大学院での窃盗事件と、クラスナちゃんの父親誘拐事件は、今のところなんの関連性もない」


「盗まれたのはクラスナの情報だぞ? 調べれば分かるはずだ」


「だとしてもだよ。100名ほどの名簿が盗まれているんだ。しかも現場も遠い。別々の事件だと判断するのが普通だ」


「まぁ……そうなるよな」


 もちろん分かっていたことではあるが、オレはため息をついた。


 少し思案していると、セルフィーが口を開く。


「あの、フィオグさん。オッフェンを別件逮捕などはできないのでしょうか?」


 後日に口説こうとしている相手に、真剣な眼差しでそう問われたフィオグだったが……しかしフィオグは唸るだけだ。


「うーん……無茶をすれば公務執行妨害なんかでしょっぴくコトはできるが……証拠がなければ翌日には釈放せざるを得ないな……」


「そうですか……」


「オレも、できれば力になりたいところなんだが……」


「いえそんな。見ず知らずのお方が相談に乗ってくれるだけでも感謝に堪えません」


「見ず知らずだなんてそんな。オレたち、もう友達だろ? 協力は惜しまないさ!」


 などといって、フィオグは軽薄なウインクをセルフィーに送る。


 クラスナならあたふたしそうだが、しかしセルフィーはまったく隙がないほどに美しい笑顔を作った、、、


「ふふ……フィオグさんって、頼もしいですね」


「い、いやいやそんな! オレの本領発揮はこれからだぜ!?」


 笑顔一つで有頂天になるフィオグには悪いが……あの笑顔、まず間違いなく作り笑いだぞ?


 そんなセルフィーの内心には微塵も気づかず、フィオグが息を捲き始める。


「今すぐオッフェンをどうにかすることは出来ないにしても、だ! カルジたちの情報提供を元に、捜査範囲を拡大することはできる! だからぜひオレに期待して──」


「いやフィオグ、それは待ってくれ」


 出鼻をくじかれたフィオグは「はぁ?」とマヌケな声を出した。


「おいカルジ、お前はいったい何を言ってる? 急いでるんだろ?」


「急いではいるが、憲兵隊が大々的に動くのはまずい。クラスナの親父さんが人質に取られているのを忘れるなよ?」


「ぐ……まぁそうだが……」


 憲兵隊に動いてもらったとしても、例えば捜査の進展に一週間もかかるようではまずいのだ。早馬が実行犯グループの元に到着してしまう。


 するとフィオグは、眉をひそめて聞いてきた。


「なら、なんでお前はオレに接触してきたんだよ?」


「一つは推理の確度をあげるためだ」


 魔法大学院から学生名簿が盗まれていたことが分かるだけでも、推理の確度は大幅に上がる。つまりそれだけ、オッフェンが主犯である可能性が高まるということだ。


「そして、お前に接触したもう一つの理由は、渡しておきたいものがあったからだ。クラスナ、小型通信機の予備を出してもらえないか?」


 憲兵隊詰所に来る前に、小型通信機の予備を用意しておくようにと予め頼んでおいたのだが、急に話を振られたせいか、クラスナが一瞬きょとんとする。


 この会話中もちょっと上の空のようだし、父親誘拐がずいぶんと堪えているらしい。早くなんとかしてやりたいな……


 そんなクラスナは、いつもの覇気はまったく感じられない声音で答えてきた。


「うん……持ってきてる。これだよ」


 テーブルに、人の手のひらサイズの板を載せた。


 それを見たフィオグが首を傾げる。


「なんだこれ?」


「通信機だよ、小型のな」


「……は?」


 通信の魔法具は、通常、家の柱ほどにデカい。なので据置型だ。それに、調理器具のボウルのような受話器が付いている。


 だからサイズのプレートが通信機だなんて、誰にも分からないだろう。


 フィオグが、眉間にしわを寄せながら言ってくる。


「ちょ、ちょっと待て……これが通信機だというのか? 魔法具だと?」


 フィオグとて、魔法大学院を卒業しているのだ。……まぁコイツの場合、遊んでばかりで毎年落第寸前だったが、しかしこの魔法具がどれほどの価値なのか、一目で分かる程度には魔法士なのだ。


 だから呆然としているフィオグに、オレは頷いて見せた。


「ああ、これが通信機なんだよ。まぁ体験した方が早いだろ。クラスナ、使い方を説明して──」


「わたしが説明しますよ」


 オレがクラスナに言いかけたとき、セルフィーが立ち上がるとフィオグの横に移動する。


 今のクラスナは気落ちしているようだから、セルフィーのほうが適任か。


 そうしてセルフィーが前屈みになって、フィオグに説明を始めたが……をい。


 フィオグのヤツ……セルフィーの胸元ばかり見てやがる……!


 今後、セルフィーには、あまり胸がはだけないような服装にしてもらわないと……


「おいフィオグ、聞いてるのか?」


 オレがフィオグに問いかけると、フィオグがヘラヘラ笑いながら頷いた。


「もちろんだ。使い方は簡単のようだしな」


 一通り説明を終えたセルフィーがフィオグに言った。


「それでは実演してみましょう。わたしが店の外で発信しますので、フィオグさんは受信してください」


 その後、フィオグはちゃんと通信機を使いこなせるようになり、セルフィーも席に戻った。


 それからオレは言った。


「今後、何か情報が入ったら、その通信機でオレたちまで伝えてくれないか。逆に、オレたちも分かったことは随時お前に知らせる」


「情報共有ってわけか。だが……こんなご大層な魔法具を借りておいてなんだが、窃盗の件は小規模な捜査しか行われていないぞ……?」


「ああ、それで構わないさ」


 オレが頷いたところで料理が運ばれてきたので、話はそこで終了になった。




(つづくっす)

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