第21話 カルジは、最強のアタッカーにだってなれるんだよ?

 心地よい冷気に、オレはふと目が覚める。


「あ、気づいた?」


 夕焼けに照らされたクラスナの顔が真上にあって、オレは今どういう状況なのかさっぱり分からず、混乱で声も出せずにいた。


「カルジ、トレーニング中に倒れちゃったんだよ。びっくりしたんだから」


「えっと……あ、そういえば……」


 オレたちは、午前中は波打ち際を走っては小休止するを繰り返していた。お昼を食べてからは二時間ほど十分な休息を取って、午後からは木陰で筋トレをしていたのだ。


 ちなみにセルフィーは、夕食の準備をするということで午後の筋トレには参加していない。


 そして自重トレーニングをしている最中に、オレの意識はふっと白くなったかと思うと……現在に至る。


 で、現在といえば……えっと……クラスナに膝枕をされている!?


「わ、悪い……迷惑ばかりかけて……ぐっ!?」


 オレは慌てて起きようとしたが、しかし腹筋を始め全身に鈍痛が走って、ごろんと転げてしまった。


 ま、まぢか……わずか一日のトレーニングで、手も足も動かなくなるとは……


「ほーら。まだ本調子じゃないんだから安静にしてなさい」


 クラスナがそう言って、オレの転がった頭を太ももに乗せる。


 なんともいえない絶妙な柔らかさと、クラスナの温かい体温を間近で感じながら、オレは顔が火照るのを隠せなかった。


「す、すまん……足、痺れてないか?」


「だいじょーぶだよ。カルジとは鍛え方が違うからね」


「はは……確かにな……」


 クラスナは軽口を叩きながらオレのおでこに手のひらを乗せる。ひんやりとした感覚が心地よかった。


 そう言えば、ビーチの熱気もずいぶん和らいでいるな。涼しいくらいだが……これは……


「クラスナ、何か魔法を使ってるのか?」


「あ、うん。周囲を冷気魔法で覆ってるよ。わたしの手のひらからもちょっと冷気を出してるの。もしかして冷たすぎる?」


「いや、ちょうどいいよ。ありがとう」


「そう、よかった。あ、そうそう……お水も冷えてるけど、飲む?」


「ああ、少しもらうよ」


 手渡された水筒って、クラスナのではなかろうか?


 しかしここで躊躇えば、また妙な空気になりかねないので、オレは迷うことなく水筒に口を付けた。


「ふぅ……生き返った。助かったよ」


 美少女の膝枕に飲料に空調にと……至れり尽くせりで、もはやこれは地獄のトレーニングではなく、楽園のバカンスではなかろうか?


 そもそもクラスナはオレより一回りも下だというのに、弟子入りしてから迷惑ばっかりかけてるな。小っ恥ずかしい姿ばかり見せているし。


 そう思うと、なんだかだいぶ居たたまれなくなってきた。


「クラスナ……ほんとすまない。情けないことばかりで……」


「そんなことないよ」


 クラスナが慌てて首を横に振ってくる。


 この子は自分の考えがストレートに顔へと出るから、「そんなことない」と言っているのは本心なのだろう。


 だからと言って、クラスナのその優しさに甘えまくるのも筋違いだろうとオレは思う。


「オレ、出来る限り早く、クラスナの期待に応えられるようになるから」


「そんなに焦らなくていいよ? それに今日は、カルジのパラメータをよく把握しないで無理させ過ぎちゃったわたしのせいだし」


「いや、そんなことはないさ。十分ラクなトレーニングにしたつもりだったんだろ?」


「ま、まぁ……最初はそう考えてたんだけど……」


「なら完全にオレがダメってことじゃん。それにほら、魔法での回復もあるしさ。多少無茶をしたって構わないから、今後もビシバシ指導してくれ」


 魔力を宿した人間は、身体強化魔法を発現しなくても、通常の人間より強靱な体になれるはずなのだ。しかも、鍛えれば鍛えるほど、魔力と体力が融合していき、超人的な運動能力を手に入れられるという。


 つまり魔法士とは、潜在的にはタンカーやアタッカーにもなれるはずなのだが……そんな魔法士は聞いたことがない。


 魔法剣士などの職種はあって、そういう人間がまさに超人的な剣さばきを見せるから、内在する魔力を運動能力に転換させているのだろう。意識的なのか、無意識なのかは分からないが。


 だがこの国では、魔力を宿して生まれたら魔法大学院に通わせるのが慣例だから、そうなると座学や魔法演習が中心となり、体を鍛えることはおざなりになりがちだ。オレ自身、魔法剣士なんて職種は見たことがない。


 いや……見たことがなかった、というべきか。


「クラスナは、もしかすると魔法剣士もやってたのか?」


 オレのその問いかけに、クラスナは「んー……」といっとき考えてから答えてきた。


「職種はずっと魔法士のままだけど、魔法剣士に転職はできるかもね。あえて前衛職になる必要もなかったから考えもしなかったけど」


「まぁ……レベルとランクは元より、パラメータもほとんどカンストしてたもんな」


 ギルドの無法者だったオッフェンを一突きで吹き飛ばしたのは、身体強化魔法だけの力ではないのだろう。


 見るからに細腕だというのに、その筋力には魔力が混じっているから、身体強化魔法が常時発現しているようなものなのだ。


 まず間違いなく、クラスナと腕相撲しても今のオレでは勝てる見込みはない。


「クラスナを見てて思い知ったが、魔力が運動系にも作用するのは本当だったようだな」


「あ、そうそう。言い忘れてたけど本当なんだよ。魔法士たちは、体を鍛えたがらないから実例がないだけで」


「まぁ……魔法を使いこなすだけでも大変だもんなぁ……」


 魔法士が座学中心になるのはそれだけの理由があるのだ。魔法士が覚えたり理解しなければならない知識や理論は、医学のそれよりも上回るのだから。


 あとブラックボックスになっている現象も数多いので、一生掛かっても研究のしがいがあるのだ。となれば必然的に、若者から老人まで、研究室に籠もりがちとなってしまう。


 そんな学生時代を振り返っていると、クラスナがオレの頭を撫でながら言ってくる。


 というか……頭を撫でているのは無意識なのだろうが……年下の女の子に撫でられるのはなんともこそばゆい……


「カルジは、最強のアタッカーにだってなれるんだよ?」


「何を藪から棒に。オレの貧弱体質を今日散々見ただろ?」


「それは、今までトレーニングをしてこなかったってだけの話でしょ? でもカルジには魔力があるし、攻勢魔法はすでにマスターしてるんでしょ?」


 そう言われてオレはハッとする。


 クラスナほどではないにしろ、オレは、少なくとも戦闘系の魔法や、その戦い方は一通り習得できている。もともと宮廷魔法士希望だったから、その辺の勉強には余念がなかったのだ。


 この歳で、戦闘系魔法を一通り習得できているのは早いと言えるだろう。


 将来の目標が魔法の研究者だというのであれば話はまた違うが、オレ自身は、カネが掛かるばかりの研究者を目指したいわけでもない。クラスナのように研究開発で大成功するなんて例は、それこそ例外中の例外なのだ。


 だということは、クラスナの言うとおり、今後は運動系パラメータを向上させる訓練をしつつも、無詠唱と並列発現のスキルを覚えることが出来れば……


「……なるほど。確かに、魔法剣士のようなアタッカーになるのも夢じゃないかもな」


 オレのその答えに満足したのか、クラスナは満面の笑顔になる。


「そーゆーこと! なんだったら剣術も教えようか?」


「クラスナは気が早いな……」


 オレの事なのに、まるで自分事のように喜ぶクラスナに、オレは苦笑を返す。


「ってかクラスナは、剣術なんてどこで習ったんだよ?」


「お母さんだよ」


「は? パン屋じゃなかったのか?」


「お母さん、結婚する前は冒険者で職種は剣士だったんだよ。元々パン屋さんはお父さんがやってて、なんでもお母さんが一目惚れしてパン屋に通い詰めて、最終的にゴールインしたんだって」


「剣士に惚れられるパン屋って……どんなパン焼いてたんだ……?」


「ふふっ。ふつーに美味しいパンだよ?」


 そう言って笑うクラスナに、オレは見とれてしまいそうだった。


 魔法具登場以降、大学部にいた頃から何かと白い目で見られてきて、今や蔑みと哀れみしか向けられなくなっていたオレにとって、クラスナの笑顔は、心に染み入るほどありがたくて……ほんと泣けてきそうだ。


 これ以上話していると本当に涙が出そうだったから、オレは体中の鈍痛に歯を食いしばって起き上がる。


「いずれは、クラスナに剣術指南もしてもらいたいところだが、今は、この鈍すぎる体をなんとかしないとな……」


「まぁそうだね。けど、たぶん明日は痛烈な筋肉痛だからお休みだよ?」


「ま、まぢかよ……魔法で回復したらいいじゃん」


「こういうのは自然治癒に任せないと筋肉つかないんだよ。まぁ痛み止めくらいは使ってあげる」


 そう言って、クラスナが無詠唱で沈痛魔法を発現する。体の鈍痛が軽くなって、オレはほっとひと息つく。


 それからクラスナは、にっこりと言ってきた。


「それじゃ、そろそろ夕食ができあがった頃だし、コテージに戻ろうか」

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