第26話 ナース服のままレクチャーを始めるのだろうか?
痛みが和らいだとはいえ、オレの動きはぎこちなかった。
沈痛魔法は、基本的に体を麻痺状態にするだけで、筋肉が回復したわけではないからな。筋肉痛で力が入らないというのに、麻痺をさせてさらに動きづらくしているようなものだ。
なもので朝食はリビングまで出向いたものの、あまりにギクシャクと歩くオレに見かねてかクラスナが言ってくる。
「昼食以降は部屋に運ぶから、今日は一日安静にしてなよ?」
オレも、まるで老人のような体の動きに自覚はあったから、素直に頷くしかなかった。
そうして朝食を手早く済ませると、再びベッドに横たわり──疲れが抜けきっていなかったのか、次に目を覚ましたときには午後になっていて、日が少し傾いたかという時分だった。
部屋の窓は天井から床まで全面ガラス張りで、テラスにも出られるようになっている。その向こうに鮮やかな海が一望できて、いくら眺めていても飽きない風景だった。
だからオレはしばらく、窓越しに海をぽけーっと眺めていたのだが、不意に扉がノックされて視線を移す。
扉の向こうからは、クラスナの声が聞こえてきた。
「カルジ? 起きてる?」
「ああ……ちょっと前に目が覚めたところだ」
「入ってもいいかな?」
オレが「大丈夫だ」と答えるとクラスナが入ってきて……
「……は?」
オレは思わず目を丸くする。
なんというか……その……クラスナは、なぜかナースの姿をしていた。頭にはご丁寧にナースキャップまで被っている。
「クラスナ……なに、その格好?」
「い、いやだって……!?」
クラスナは、例によって顔を真っ赤にして、もじもじしながら言ってきた。
「誰かを看病するには、この格好が最適だってセルフィーが……!」
っていうか……このナース服、スカート丈が短すぎるだろ。ミニスカート並みのナース服は、夜の世界にしか存在しないんだぞ?
などとクラスナに教えたら逃げ出しそうだったので、オレは黙っておくことにした。
そもそもクラスナは何を着ても似合うし、目の保養にもなるし。
オレがそんなことを考えていたら、クラスナは目を逸らしながら言った。
「や、やっぱり着替えてくる……!」
「いや別に大丈夫だって。よく似合ってるし、可愛いと思うぞ?」
「ほ、本当……?」
この子は、自分の見た目がどれほど強力なのかを少しは自覚したほうがいいのではなかろうか……などという考えも脳裏をかすめたが、オレはスルーすることにした。
クラスナには、今のまま無邪気でちょっと抜けてて欲しい。ただでさえ、魔法でも戦闘でもオレは勝てないのだから。
オレが再度「本当によく似合ってるから」と力を込めて言うと、それで少しは安心したのか、クラスナはおずおずとベッド脇に座った。
「カルジが喜ぶってセルフィーが言ってたんだけど、それは本当みたいだね」
「喜ぶというか……まぁそうなんだけど……」
セルフィーに一言文句を言いたいところだが、今は夕食の準備に入ったのだろうからこの場には来ていない。
どこか釈然としない気持ちになりながらもオレは聞いた。
「そもそもナース服なんて、どうしたんだ?」
「さっき、買い出しのついでにセルフィーが王都で買ってきたの」
「ああ……転移装置を使えば、簡単に王都と行き来できるんだっけ」
超高難度魔法を、あまりくだらないことに使わないで欲しいなぁ……
オレががっくり肩を落としていると、今度はクラスナが聞いてきた。
「それで体の調子はどう?」
「そうだな……沈痛魔法が聞いているおかげで痛みはほぼないが……その分、麻痺してるからよく分からないな……」
「そっか。じゃあ診断魔法を使ってみるからじっとしててね」
診断魔法は、体に怪我がないかどうかを確認するための魔法だ。病気なんかは検出できない。どの程度の精度かは使い手によって異なるが、クラスナが使えば下手な医者より信頼できそうだ。
魔法が終わると、クラスナが言ってくる。
「まだあまり回復してないね。この分だと、2〜3日は安静にしてる必要あるかもね」
「う……初っぱなから
出来る限り早くスキルを覚えて、クラスナの助けになりたかったのだが、体がついてこないのではやむを得ない。
オレはため息をついていると、クラスナが言ってきた。
「そうしたら、怠さがそこまで酷くないなら、スキルの座学でもやろうか?」
怠いと言えば怠いが、昼寝したのもあるし、起きていられないほどではない。むしろこのまま横になっているほうが苦痛かもな。
だからオレは頷いた。
「ぜひお願いするよ」
「じゃあそうしよっか」
そう言いながらクラスナがにっこり笑う。
……っていうか、ナース服のままレクチャーを始めるのだろうか? 違和感が半端ないが……いや、可愛いけども。
オレはちょっと戸惑うも、クラスナはオレの褒め言葉で気を良くしてくれたようで、そのままレクチャーを開始した。
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