第25話 筋肉痛で動けなくなる人なんて、初めてみたよ?

 翌日、オレは朝から痛みで目が覚めた。


「ぐ……はっ……!!」


 体を少しでもよじろうものなら、全身に電撃のような激痛が走る……! 息をするのにも腹筋が動くだけで痛い……!


 室内の空調は完璧なのだが、痛みのあまりオレは全身から汗を吹き出していた。


 こ、これが筋肉痛だと!?


 オレだって、若い頃はたまに筋肉痛になったりしたものだが、しかし身動き取れないほどの痛みなんてなかったぞ!?


 筋肉痛とはいえ怪我に違いはないから魔法で回復させたいところだが、しかしクラスナによれば、この手の怪我は自然回復に任せた方がいいんだよな……


 オレはやむを得ず、鎮痛魔法を唱えようとするが……ダ、ダメだ……腹筋を少しでも動かそうものなら、痛みでどうにかなってしまいそうだ……!


 魔法発現にはいくつかの発現媒介があるが、通常は音声を使う。だから正確な発声が出来なければ魔法は発現しない。


 例えば魔法士が風邪など引いて喉をやられると、魔法発現できなくなってしまうのだ。風邪は万病の元ではあるが、魔法士にとっては致命傷と言える。


 というわけで、オレはしばらく痛みにのたうち回る……こともできず、ただただベッドの上で仰向けになり、みじろき一つ出来ずに唸っていた。


 唸っていたのは魔法を発現させようとしたからなのだが……ダメだ、やっぱり発現できない。


 そんなことをしていたら、部屋がコンコンとノックされた。


 扉の向こうからクラスナの声が聞こえてくる。


「カルジー? まだ寝てるの? 朝食が出来たってよー」


「く……くらすなぁ……」


 オレは擦れた声を上げるが、扉の向こうまで届いていないらしい。


「カルジー? ……おっかしいな、まだ寝てるのかな?」


 まずい、寝てると思われて戻られては、たぶんあと数時間は動けないままだ。


 だからオレは覚悟を決めて、渾身の力でもって声を上げた。


「くらすなあぁぁぁ、ぐほっ!」


 腹筋に強烈な痛みが走ったかと思うと咳き込んでしまい、またもや全身に激痛が突き抜ける……!


「ちょ、ちょっとカルジ!? どうしたの! 開けるよ!?」


 オレの咳が届いたのか、クラスナが扉を開けて入ってきた。


「カルジ大丈夫!? どうしたの!?」


「か……からだが……いたくて……」


 オレは涙目になってクラスナを見る。


 筋肉痛で涙目になるだなんて……極めて小っ恥ずかしい話だが、しかしまぢで痛くて話にならない。


 オレの状況を一目見て理解すると、クラスナは魔法を発現した。


沈痛アナジージア!」


 無詠唱の魔法名だけが室内に響くや否や、オレの体が淡い光に包まれる。


 すると少しして、痛みがスゥーっと引いていくのが分かった。


 オレは、長い長い吐息を吐いてから、ゆっくりと腕を動かしてみる。


 なんだか腕が半分麻痺しているような感じではあったが、ぎこちなくでも動かすことが出来た。


「た……助かったよクラスナ。目が覚めたら、全身筋肉痛で身動き一つできなくなってた……」


「ほ、ほんとに筋肉痛なの? そんなに痛いなんて、何か昨日、怪我でもしてたんじゃ……」


「いや、そんなことはないと思うが」


 そもそも昨日は、走ったあとに自重トレーニングをしただけだ。怪我をするような運動は何もしていない。


 しかしクラスナは言ってくる。


「でも念のため、診断魔法も掛けてみるよ?」


 オレが頷くと、クラスナは診断魔法も発現させる。


 改めて見ると、無詠唱って本当に便利そうだなぁ……などと考えていたら、クラスナが、ちょっとあっけにとられながら言ってきた。


「……確かに、ほんとのほんとにただの筋肉痛だね?」


「だよな……オレもそう思ってた」


「っていうか──」


 オレがゆっくり起き上がると、クラスナは目を丸くしていた。


「──筋肉痛で動けなくなる人なんて、初めてみたよ?」


「……だよな? オレも心底思ってた」


 オレはうなだれるしかなかった。




(ふぅ……書いた書いたのでつづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る