第24話 わたしは今年で25歳。お互いに、結婚適齢期ですね?

 痴漢の嫌疑はなんとか晴れて……オレたちはようやく夕食をすることになった。


 クラスナの顔はまだ赤いし、セルフィーは何考えてんのか分からんし……なんとなく気まずい空気のままだったが、それも、食卓にならぶ豪華な食事を見ると吹き飛んだ。少なくともオレの中では。


「すごい豪勢だな……これも、ぜんぶセルフィーが作ったのか?」


「ええ、そうですよ」


 ダイニングテーブル中央にはパエリアが置かれている。確かパエリアって、作るのに凄く手間が掛かるんだよな?


 そのパエリアには魚介類がふんだんに乗っていて、プライベートビーチならではと言ったところだ。まぁこの辺で取れた魚介類なのかは分からないが。


 それ以外にも、サラダにお肉にスープにと、食べきれないほどの料理が並んでいた。


 それらを見て感嘆の声を上げたオレに、セルフィーは事もなげに言ってくる。


「今日の午後はすべて料理に使えましたし、下ごしらえも先日のうちにやっておきましたから」


「そうだったのか……いや、オレの修行のためにここまでしてくれるなんて、本当に感謝しかないよ」


「別に構いませんよ。元々これがわたしの仕事ですし」


 オレが料理を絶賛していると、クラスナが面白くなさそうにつぶやく。


「仕事だっていうなら、妙な勘ぐりはやめてよね……」


あるじのためとあらば諫言かんげんするのが忠信というものです」


「主とか……そんなこと微塵も思ってないくせに」


「ふふ……主は冗談ですが、可愛い妹だとは思っていますよ」


「……フンだ」


 そう言えば、この二人っていつも遠慮なく言い合っているし、主従関係ではなさそうなんだよな。


 だからオレは、食事が始まってパエリアに舌鼓を打ちながら聞いた。


「ところで二人ってどのくらいの付き合いなんだ? 妹というくらいだから付き合いは長いのか?」


 オレのその質問にはクラスナが答えてきた。


「どのくらいと言われると……わたしから見たら17年間ずっと、ということになるかな」


「へ? もしかして本当の姉妹なのか?」


「違う違う。セルフィーは、うちの近所のお姉さんなのよ」


「うちの近所って、故郷の?」


「うん。そしてわたしの家がパン屋さんで、セルフィーの実家は定食屋さん。小さな商店街で今でもお店をやってるよ」


「へぇ……そうだったのか。なんだか意外だな」


「そうかな?」


「ああ……クラスナたちは、なんていうか親しみやすいお嬢様に見えるからな」


 クラスナたちは豪邸に住んでいたり、こんなプライベートビーチまで持っていたりと、貴族顔負けの暮らしをする姿しかオレは知らないから、どう見てもどこぞのお嬢様としか見えないのだ。


 でも言われてみれば、貴族とは言わないまでも、どこか豪商のお嬢様だったとしても、オレなどと話が合うはずもないか。


 クラスナが親しみやすいのも、その性格はもちろんだが、オレと同じく庶民出身だからでもあるのだろう。


 オレがそんなことを考えていたら、クラスナがクスリと笑う。


「親しみやすいお嬢様だなんて、わたしは会ったことないけど」


「まぁ確かにな」


 とはいえこの料理はお嬢様が食べてても遜色ないよなぁ。まぁ、お嬢様の食生活なんて知らんけど。


「それにしても、セルフィーの料理がこんなに美味しいのは実家仕込みだったというわけか」


 オレのその台詞に、セルフィーが言ってくる。


「確かに子供の頃から家の手伝いはしてましたが、うちはごく普通の定食屋でしたからね。魚の煮付けとか唐揚げとか、庶民の食事を出してましたよ。いろいろ凝った料理をし始めたのは、クラスナのメイドになってからです」


「へぇ……ならセルフィー個人の努力ってわけだな。っていうか、幼なじみなのになんでメイドになったんだ? クラスナの元で働くとしても、料理長とかがよかったんじゃ?」


「この子も最初は、今ほどにお金持ちではありませんでしたからね。クラスナの世話全般をわたしが一人でしてましたから、その流れでメイドになったのです」


「なるほど。そうだったのか」


「ちょ、ちょっとセルフィー?」


 セルフィーの説明に、クラスナが口を尖らせて割り込んできた。


「その言い方じゃ、まるでわたしが何もできない子供みたいじゃない」


「実際にそうだったでしょう? 小さい頃は、靴下すら満足にはけない子供だったじゃないですか」


「う……それは赤ちゃんみたいな頃の話でしょ」


「初等部に上がる時期になっても、洋服のボタンをいつも掛け違えているような子供でしたが?」


「た、たまたまだよ、たまたま!」


 昔を思い返したのか、セルフィーは小さくため息をついてからオレに言った。


「この子は何かを考え始めると、自分の身の回りのことがぜんぜん手つかずになってしまったのですよ」


「なるほどな。そういう話は、天才の逸話としてよく聞くよ」


「わたし、別に天才じゃないし……だからちゃんとした子供だったし……」


 クラスナは不服そうにしていたが、セルフィーは話を続ける。


「そんなわけで、クラスナとわたしの両親たち──そしてもちろんわたしも、この子が非常に心配だったのですが……魔法大学院初等部に入学することになり、一人で王都の寮暮らしなんてとてもさせられないと思い、わたしが付き添いとして一緒に来たのです。だから肩書きはメイドが一番都合よかったのですよ」


「ね、ねぇ! その言い方だと、なんだかわたし、まるっきりダメな子じゃない!?」


 クラスナが慌てて否定するが、セルフィーは小首を傾げるばかりだ。


「事実、魔法以外はまったくダメな子だったでしょう?」


「そこまで酷くなかったよ!?」


 クラスナはワタワタと慌ててオレに言ってくる。


「セルフィーたちは心配しすぎなの! だから大袈裟に言ってるけど、わたしはそこまで抜けた子供じゃなかったからね!?」


 そんなクラスナに、オレは和やかな気持ちで笑いかけた。


「まぁそうかもしれないが、どのみち、心配されるのは悪いことじゃないし、いいじゃないか。むしろ子供の頃、不思議ちゃんだったのは天才として箔が付くくらいだ」


「だから、天才でも不思議ちゃんでもないってば……!」


「不思議ちゃんなのは今もでは?」


「それはむしろセルフィーのほうでしょう!?」


 そんなことを言い合いながらも、和気藹々と食事が進む。


 オレは二人の過去に思いを馳せながら言った。


「もしセルフィーがメイドにならなかったなら……定食屋を継いだのか?」


 それにセルフィーは美人だ。美人店主が手ずから作る多種多様な美味しい料理とあっては、行列ができないほうが不思議だろう。


 しかしセルフィーは、さほど感心を示した様子もなく言ってくる。


「料理を喜んでもらえるのは嬉しいですが、お店とかそういうのには興味ありませんね」


「そうなのか?」


「ええ。料理店経営は、美味しいだけでは成り立たないのですよ」


「そんなものか……やはりクラスナのメイドが天職だったのかもな」


「いえ、そういうわけでもないですが」


「えっ……!?」


 セルフィーの意外な一言に、クラスナが食べる手を止めた。


「ずっと一緒にいてくれるんじゃないの!?」


「わたしは一言も、そんなこと言ってませんよ?」


「そ、そんな……!?」


 クラスナは半ば呆然とするが、セルフィーは落ち着いた素振そぶりで言葉を続ける。


「でも安心してください。クラスナに手が掛からなくなったら考えてみようかな……という程度の話ですから、まだしばらくは一緒にいますよ」


「手が掛かるって、わたしはもうそんな歳じゃないでしょ!? いや……セルフィーがいなくなるのはちょっと……というかけっこう困るんだけど……」


 困るというより寂しいんだろうな。話を聞く限り、二人はまさに姉妹のように暮らしてきたようだし。


 オレが失笑していると、セルフィーはため息交じりに言った。


「まったくクラスナは……一体どの口がいいますか? 私室の整理整頓も満足にできないというのに」


「う……そ、それは……」


 歓迎会のとき、クラスナの部屋にお邪魔したわけだが、あのとき掃除は行き届いていた。でもそれらはすべてセルフィーがやっていたらしい。


「ほら、わたしって学校やら研究やらで忙しいから……」


「まぁいいですけどね。人には得手不得手がありますから」


「苦手ってわけじゃないんだよ!? ただ時間がないだけで!」


 クラスナは、なぜかオレに向かって言ってくるので、オレは首を傾げながらも「ああ、分かってるさ」と答える。


 そもそもメイドを雇ったり豪邸に住めたりするほどの稼ぎなのだから、クラスナはクラスナの仕事に集中したほうが効率いいだろう。


「ってか、クラスナにそんな手が掛かるなら──」


「手は掛からないってば!」


「悪い悪い、例え話だよ。つまりいろんな仕事を、他のメイドさんたちと分担すればいいんじゃないか?」


「それも考えたのですけどね……」


 セルフィーはぼやくように言葉を続ける。


「わたし以外に世話されるのは、クラスナが嫌がるので」


「べ、別に嫌がってないし!?」


 オレは少し呆れてクラスナを見た。


「クラスナ……おまいってどんだけお姉ちゃん子なんだよ……」


「ち、違うよ!? 他のメイドさんだと、ちょっと気を使うから、少し気づかれするだけだし!?」


「カルジさん、この子は元々引っ込み思案なんですよ?」


「へぇ……そうには見えないが……」


「あなたに関しては特別なのです」


「ちょっとセルフィー!?」


 クラスナが慌てて話を遮ってくる。


 オレは頬を掻きながら、照れ隠しで言った。


「魔法の天才に、特別扱いしてもらえるなんて光栄だな」


 オレのその台詞に、セルフィーはなぜかため息をついた。


「はぁ……まぁそういうことにしておきましょう……クラスナに睨まれてますし」


「……?」


 オレは首を傾げるが、クラスナはこの話題を続けたくないのか話を元に戻す。


「それでセルフィーは、もしわたしのメイドを辞めちゃったら……いったい何をしたいの?」


「そうですね……」


 セルフィーはいっとき考えてから、しかしハッキリと言った。


「お嫁さん、でしょうか」


『……は?』


 オレとクラスナ、二人の疑問系が重なった。


 そんなオレたちに、セルフィーはなんとなく不服そうに言ってくる。


「何か問題でも?」


 オレは慌てて頭を振った。


「いやいや……別に問題はないけど……なんというか……」


 クラスナもオレの後に言葉を続ける。


「セルフィーの口から、まさか『お嫁さん』なんて単語が出てくるとは思わなかったよ……」


 そんなオレたちに、納得いかなさそうな感じでセルフィーが言ってくる。


「はぁ……あなたたちは何か大変な勘違いをしていませんか? わたしだってもう25歳になるのです。いつ結婚してもおかしくはない年頃なのですよ?」


 まぁ確かにセルフィーの言う通りだ。というより王都ではちょうど適齢期だが、地方ではやや遅いくらいかもしれない。


 セルフィーは、ちょっとムキになっているのか怒ったように続けた。


「それにわたしは、大変優良な人材だと思いますが。料理も掃除も洗濯も出来て容姿も端麗。スタイルも抜群で気立てもいい。こんなパーフェクトなお嫁さんはなかなかいないと思いますが」


「自分のことを、よくそこまで言えるな……まぁ否定はしないけどさ……」


「おや? そういうカルジさんとわたしって、よくよく考えてみたら年齢も近いですよね?」


「え……?」


 オレの理解が追いつく前に、セルフィーはクラスナに顔を向けた。


「あ、そうそう。クラスナにはいい言葉を教えてあげましょう」


 そうして咳払いをしてから言葉を続ける。


「意中の相手ができた場合、『胃袋を掴む』ことが一番のアピールポイントなのですよ? 下手に仕事や勉強をアピったり、いわんや男性より稼ぎがいいなんてバレたりしたら……だいたいは敬遠されますので気をつけてくださいね?」


「……!?」


 それを聞いたクラスナが絶句する。っていうか……


 ……まんまクラスナのことじゃんか。


 クラスナより優秀で稼ぎのいい男なんて、世界中捜してもたぶんいない。


 そんなクラスナに、セルフィーはさらなる追い打ちを掛ける。


「もっと言うと家事全般が出来るのは、お嫁さんとしての加点が高いようです。無論、先ほど言ったようにわたしはすべてを完璧にこなせます」


「くうぅぅぅ……!」


 クラスナが呻き声を上げるものだから、オレは苦笑しながら言った。


「いやいや……そんな裁量の狭い男ばかりじゃないって。最近だと、むしろ男のほうが料理とか出来た方がいいくらいだって聞いたことあるし」


「うう……でも……」


 クラスナが何かを言いかけたのを遮って、セルフィーがオレに言ってくる。しかも小さく微笑みながら。


「それでカルジさんは、確か29歳でしたよね?」


 セルフィーの笑顔なんて初めて見た気がするぞ?


「あ、ああ……そうだが……」


 オレは鼓動を早めながら頷いた。


 するとセルフィーは……流し目を作ってきた!?


「わたしは今年で25歳。お互いに、結婚適齢期ですね?」


「お、おう……そうかもな?」


 微笑みながら、なぜかそう言ってくるセルフィーに、オレの動悸は激しくなる。


 た、確かに言われてみれば……歳は若干離れてはいるものの、違和感あるほどの年の差じゃないし、セルフィーは美人だし、料理が美味しくて家事全般も得意で……


「ちょ、ちょっとセルフィー!? 何が言いたいわけ!?」


 オレの頭脳が高速回転し始めた直後、クラスナが悲鳴じみた声を上げた。


 そんな彼女に、セルフィーはどこか勝ち誇った顔で宣った。


「ほらこの通り、殿方という生き物は、結局、美人で料理が出来る女性を好むのですよ」


 そんなことを言われてしまい……


 オレは二の句が継げなくなる。


 さらには、クラスナのジト〜〜〜っという視線にも追い打ちを掛けられた。


「ち、違うぞ!?」


 オレはなんとか言い分けを捻り出そうとした。


「美人だからとか料理できるからとか、そんな条件で人を選ぶんじゃなくて、きっとセルフィーなら、ありのままでもモテるだろうってオレは思っただけで……!」


 捲し立てるオレに、クラスナがむくれて言ってくる。


「セルフィーから、美人と料理を除いたら何が残るのよ」


「………………」


「カルジさん、なぜそこで黙るのです?」


 クラスナとセルフィーからジト目で睨まれ、オレは閉口するしかなかった。


「か……勘弁してくれ……」


 そうしてオレは、顔を引きつらせて謝罪する。


「どのみち二人とも、言葉では言い表せないほどに魅力的なんだから……」


「まぁ、いいでしょう」


 オレの言葉に、セルフィーはしれっと言った。


「いずれにしろ、わたしは稼ぎの多い男性が好みですから。ご安心ください」


「からかわれてるとは思ってたけどな!?」


 オレの心からの叫びに、セルフィーは楽しそうに小さく笑う。


 その珍しい笑顔が魅力的すぎて、オレは、からかわれたというのに見とれそうになった。


 ちなみにクラスナは、安堵の表情を浮かべている。


 向こうしばらくは、セルフィーのお相手がいないことに安心したのだろう。この子はほんと、お姉ちゃん子なんだなぁ……

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