第23話 てへぺろ

 夕食前、オレはリビングで正座していた。


「さて……どういうことなのか、きっちり聞かせてもらいましょうか?」


 そのオレの眼前で、クラスナが仁王立ちになって腕を組み、笑みを浮かべているが口元は引きつっている。


「オ、オレはハメられたんだ!?」


 無駄だと知りつつも……オレは見苦しくも言い分けを試みる。


「セルフィーが、男性シャワールームは右だって言うから!」


 オレのその台詞に、セルフィーはわざとらしく小首を傾げた。


「ええ、確かにわたしは右だと言いましたよね?」


「そうだ! だからオレは左のシャワールーム……に……」


 ……をや?


 オレの理論には、何かとっても矛盾があるのではなかろうか?


 オレは一瞬、ちょっと違う世界線を垣間見ていると……セルフィーが言ってくる。


「わたしは確かに『男性用シャワールームは、廊下を出て突き当たりを右です』と言いました。にもかかわらず、カルジさんは左のシャワールームに入りました。これはいったい、どういうことなのでしょうね?」


「…………!!」


 そう指摘され、オレが言葉に詰まっていると、クラスナが「へえぇぇ……」と鬼の形相で言ってくる。


「つまりカルジは、わたしが左のシャワールームを使っていることが分かってて、それで入ってきたというわけね?」


「ち、違う!? そうじゃない!!」


 オレは慌てて、手と首を大きく振る。


 だが言い分けすら出てこない……!?


 な、なんだ……何かがおかしい……!


 オレは覗きなんて行為、微塵も考えちゃいなかった!


 むしろそれを回避すべく行動したはずだ!


 だというのになぜオレはクラスナの裸体を拝む羽目になった!?


 しかしアレはアレで大変に神々しい光景だったわけで……って違う!


 世話になりっぱなしのクラスナを辱めるような行為なんて、するつもりなかったんだ! 本当だ!?


 だが心の叫びは上手く声にならず、心臓がバクバクと叫ぶだけだった。


「あ、そ、そうだ!」


 そうしてふいに、オレの中の記憶が呼び覚まされる。


「音だ! 音が聞こえたんだよ、右側のシャワールームから! だからてっきり、クラスナが入っているものだとばかり思って……!」


 まったくの真実を訴えたが、しかしセルフィーは動じない。


「だとしても、普通、ノックくらいしませんか? いきなり扉を開けるだなんて、もはや勢いに身を任せていたとしか思えません」


「いやいやいや!? 片方からシャワーが聞こえて、ここには三人しかいなくて、セルフィーは夕食の準備をしてたんだから、無人だって思うだろ!?」


「はぁ……まったく、見苦しいですよカルジさん?」


 セルフィーは、わざとらしいほど大袈裟にため息をついてみせる。


「素直に『クラスナが魅力的すぎて覗きました』と言えばいいじゃないですか」


「な!?」「は!?」


 オレとクラスナ、驚愕が重なっていた。


 そんな二人にはお構いなしにセルフィーが話を続ける。


「あ、ちなみに。シャワーを出しっぱなしにしてたのはわたしです。自分が使った後、うっかり、蛇口を閉め忘れました。てへぺろ」


「無表情で舌を出すな!?」


 セルフィーのその仕草に、オレはもはや確信する。


「お前、やっぱりハメただろ!?」


「例えハメたとしても、カルジさんがクラスナの裸を見たのは事実なのです」


 改めて指摘され、クラスナの顔がボンッとさらに赤くなる。頭頂部から湯気まで出ているかのようだ。


「見たからには、ここは男らしく責任を取ってもらわないと」


「せ、責任って……?」


「言わなくても分かるでしょう?」


「まさか……腹を切れと?」


 どこかの国の風習を思い出してオレは聞き返すが、セルフィーは呆れた様子で言ってくる。


「何を言っているのですかあなたは。少女を恥ずかしがらせた責任と言えば──」


「も、もういいよ!」


 セルフィーの話を遮って、クラスナは大声を上げた。


「カルジがハメられたのは事実のようだし! 今回のことは不問とします!」


「裸を見られたのに?」


「セルフィーは黙って!?」


 クラスナは、涙目でセルフィーを睨み付けた。


「っていうか元凶はあなたよね!?」


「さぁ? なんのことでせう」


「セルフィーには後で話があるから! きっちりとね!」


「をや? なぜわたしに矛先が?」


「分かってないから話をするのよ!!」


 一通りの怒号を放ったあと、クラスナがこちらをキッと睨む。


「とはいえカルジもカルジなんだからね!? これからしばらく、女の子と一緒に暮らすんだからノックの一つくらい覚えなさい!」


「キ、キモに命じておきます……」


 年頃の娘を持ったような気分で、オレは深々と頭を下げるのだった……

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