第22話 も、もしかして……このシャツの下は裸だと思ってたの!?

 小高い丘の上にあるロッジに帰ってくると、リビングのほうからとてもいい匂いがした。


 オレが気絶していたのは小一時間ほどにもなったらしく、そうなると胃の中も落ち着いたのだろう──夕食の匂いをかいだ途端、お腹がぐぅっと鳴った。


 空腹を感じながらリビングに入ると、オレは思わず「ぶっ!?」と吹き出して目を剥いた。


「カルジさんにクラスナ、戻りましたか」


 ミトンをはめて鍋を持つセルフィーは、なんと裸エプロンを……!?


 あ、いや、水着の上にエプロンをしていたのか……ってか、だとしてもその格好は……


 オレは激しい脱力感に肩を落とす。


「セルフィー、あのな……なんつー格好をしているんだ」


「なんのことでしょう?」


 たぶんスッとぼけているセルフィーに、とはいえオレがそれを指摘するのはセクハラにはならないだろうか?


 オレが躊躇っているとセルフィーが言ってくる。


「ああ、もしかして裸エプロンと勘違いしたのですか?」


「は、裸!?」


 セルフィーが言ってしまった単語に、クラスナが飛び跳ねんばかりに驚いている。


「ちょ、ちょっとカルジ!? セルフィーをそんないやらしい目で見ていたの!?」


「見てない見てない! 見てたとしても誤解されるような格好をしているセルフィーが悪い!!」


「はぁ? わたしが悪いと? 海で水着は普通のことですし、海の家でも水着エプロンは多いですよ?」


「そ、そうなのか? オレは海で遊んだことなんてほとんどないから知らんけど……」


「そうなのですよ。それに、水着の上に布を羽織っているのは、クラスナとさして変わらないではないですか」


「え……!?」


 そう指摘されて、クラスナは改めて自分の体を見下ろして……


 すぐに両手で胸元を隠すと、オレをキッと睨んできた。


「も、もしかして……このシャツの下は裸だと思ってたの!?」


「思ってるわけないだろ!?」


 水着よりよっぽどエロいとは思っていたが、裸だとは思っていない。


 心の中で付け足した台詞がなんとなく表情に出てしまったのか、クラスナは頬を赤らめ警戒心を露わにして、すすっと2〜3歩後ずさった。


「こ……これだから男の人って……」


「まぁまぁクラスナ。男性がエッチなのは仕方がないのですよ」


「で、でも……」


「ですがこれ以上、エロい姿を晒したくなければ──」


「……!?」


 セルフィーの物言いように、クラスナはさらに赤くなる。


「──さっさとシャワーを浴びてください。夕食の支度が終わるまで、あと20分ほど掛かりますから」


「わ、分かったよ、もう……!」


 そしてクラスナは、逃げるように退散する。


「カルジさんも汗を流してきてください。男性用シャワールームは、廊下を出て突き当たりを右ですので」


「……本当に、突き当たりを右なんだな?」


「ええ、本当に右ですよ?」


 夕食の支度をしながら、セルフィーは抑揚のない顔で言ってくる。


「分かった……じゃあそうするよ」


 オレは、あてがわれた自室から着替えを取ってくると、セルフィーが言った通り、廊下突き当たり右のシャワールームの前で止まる。


 そしてそっと、扉に耳を押し当てた。


 ………………中から、シャワーの音が聞こえるな。


 セルフィーめ……やっぱり嘘を教えたな……!


 これでクラスナと鉢合わせようものなら、もはや目も当てられない。嘘を教えられたとか冤罪だとかと喚いたって、聞く耳もってくれないだろう。


 下手すりゃ、ティーンの高等部生に痴漢を働いた犯罪者だぞ?


「はぁ……セルフィーはいったい、何を考えてるんだか……」


 オレを犯罪者にでも仕立てて、パーティから追放したいのだろうか? でもそんな感じは微塵もないし、むしろ好意的にすら思える。とはいえ、いつも表情が乏しいからいまいち分からないが、甲斐甲斐しく世話してくれるしなぁ……?


 オレは首を傾げながら、突き当たり左のシャワールームを開けた。


「え……?」「……は?」


 すると目の前に、クラスナの裸体があった。


 ちょうど、シャツと水着を脱いだタイミングだったらしい。


 そして、しばし硬直する二人。


 …………。


 ……………………。


 …………………………………………。


 ああ……そういえば。


 クラスナは、遅延視覚なんて魔法が使えてたよな。相手の動きが緩慢に見える魔法だったか。


 まさかオレが、教わってもいないのにその魔法を使えるようになるなんてなぁ……


 クラスナの平手が飛んでくる様を眺めながら、オレはそんなことを考えていた。

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