第27話 人間って、常日頃からああでもない、こうでもないって考えてるでしょう?

 クラスナが、咳払いを一つしてからスキルのレクチャーを開始する。


「無詠唱と並列発現についてだけど、実はこの二つは連動してて、並列発現の基礎となるのが無詠唱なの。だから最初に覚えるべきなのは無詠唱なんだ」


 人間に口が一つしかない以上、発現媒介に音声──つまり呪文を使っていたら、そりゃあ並列発現なんて無理だよな。


 言われてみれば確かにその通りなのだが、しかしオレは首を傾げながらクラスナに聞いた。


「もしかして、無詠唱では発現媒介を使わないのか?」


「ううん、発現媒介は必要だよ。なんだと思う?」


「呪文以外だとすると魔方陣だが……」


 しかし魔方陣は設置型の媒介だから、魔法具や魔法設備には用いられているものの、人間が身一つで使うことはできないはずだ。


 オレは首を捻って考えるもまったく思いつかず、だからクラスナが言ってきた。


「そしたらヒント。そもそも、発現媒介の正体とはなんでしょーか?」


「え……正体……?」


 そう問われて、オレは一瞬戸惑う。


 教科書的に解釈するならば、発現媒介とは魔法を生み出すのに必要な道具だ。


 例えばオイルに火を灯すとき、オイル自体に種火を直接放ったら、辺り一面が火の海になる。あるいは着火しない。だから芯を垂らしてオイルを染み込ませて、そこに火を灯すわけだ。


 魔法もそれと同じで、自身の魔力を抽出せずに発現させようとしたら、下手したら体が爆発四散しかねない。だから、呪文や魔方陣という発現媒介を使って魔法を抽出して発現させる。


 さらに抽出時は、発現させたい作用を持った魔力を選別してやる必要もある。


 一口に魔力と言っても、実は様々な作用がある。それらが渾然一体に混じっているのが魔力なのだが、魔法発現には、特定作用の魔力を選ばねばならない。


 例えば火を起こしたいのなら、呪文や魔方陣によって、燃える作用を持つ魔力を選別・抽出するのだ。


 そこまで考えて、オレは思い当たった。


「発現媒介とは……つまりは吸収晶、なのか?」


「大正解。さすがカルジだね」


「え? だが吸収晶では……」


 オレは、魔獣討伐を思い返しながら考える。


 普通、魔力は簡単に抽出できない。魔力が入っている『器』を壊さない限りは。


 だから魔獣から魔力を抽出するためには、魔獣という器を壊すのだ。それにより魔力が放出されるので、吸収晶が吸収できるようになる。


 魔法士にも魔力が内在しているが、魔法士を殺して魔力を抽出するわけにもいかない。だから魔力媒介を使う。魔獣と違って知性があるから可能な業なのだ。


 だが魔力媒介の役割には魔力の選別もあるわけで、吸収晶ではそれができない。


 オレはそのことをクラスナに問うと彼女は頷いた。


「そう……吸収晶に魔力選別の機能はない。けどカルジ、まずいったん立ち止まって、そもそもなんで吸収晶が魔力を吸収できるのかを考えてみて?」


「言われてみれば不思議だが……けどその辺はまだ解明されてないんだろ?」


 吸収晶がなぜ魔力を吸収できるのかはブラックボックスのままだ。


 吸収晶は、魔力を吸収保存できる天然鉱石として昔からよく使われていて、しかも大量にあったから、だから今でも利用しているに過ぎないのだ。


 戸惑うオレに、クラスナは得意げに言った。


「でもわたし、その理由を見つけちゃったんだな〜」


「ま、まぢか!?」


「まぢなのです……まぁ吸収晶は大量に存在するから、あえてそれを研究しようなんてモノ好きはいなかったんだろうけどね」


「いやいや……だとしても大発見に違いはないだろ」


 吸収晶の研究をしたところで、確かにお金にはならないかもしれない。だが魔法学の発展には大きく寄与するはずだ。しかし魔法学は実利に結びつけやすいから、どうしても基礎研究は疎かになりがちなのだ。


「それでクラスナ、吸収晶はなんで魔力を吸収できるんだ?」


 オレが期待に満ちた目で聞くと、クラスナは胸を張って言ってくる。


「吸収晶が魔力を抽出保存できるのは、魔力がまったくのゼロだから、なんだよ」


 クラスナのその説明に、オレは目を丸くした。


「な、なるほど……そういうことだったのか……」


 言われてみれば簡単なことだったのだ。


 水は高いところから低いところに流れる。これは法則であり、その逆はあり得ない。


 それと同じように魔力は、魔力が満ちている場所から空白の場所へ流れる性質があったわけか……!


 だから『魔獣』という器が破壊されたとき放出された魔力は、吸収晶へと吸い込まれていく。魔力にとって吸収晶は下流なのだ。穴が空いているといってもいい。


 なぜならこの世の中のありとあらゆる物質には魔力が宿っており、水にも風にも微量の魔力が混じっているからだ。


 オレが瞠目していると、クラスナは、無詠唱の本質をいよいよ語り出した。


「もし、わたしたちの中に魔力の空白を作ることが出来たなら、その空白が魔力媒介になる。わたしはそれを『魔空』と呼ぶことにしたの。そして魔空が出来たときに、『欲しい魔力の作用』という意志をほんの一握り込めたら、魔力を選別することまで出来たんだ」


「そ、そうか……吸収晶に意志はないが……」


「そ。わたしたち人間には意志があるからね。自分の魔力を自分の意志で操作できない道理はないわけ」


 そもそも、魔力抽出という無茶な現象を引き起こすために魔力媒介が存在するわけで、もしそれが自然となるのであれば、あとは魔力の作用を選ぶだけでいい。


 だからその発現は非常に短時間で、あるいは一瞬でできる……のだろう。


 やったことがないから実感はないが。


 呆然とするオレに、クラスナはにこやかに説明を続けた。


「肝心なことは二つで、意識の中で魔空を作ることと、そこにただ一つの意志を残すこと、なんだ。それだけで、欲しい魔力は自動的に選別・抽出されて、魔法は発現する」


「それだけでって……簡単に言ってくれるが、そもそもどうやって魔空などという発現媒介を作るんだ?」


「ふふ。まぁ確かに、それが簡単に出来るようなら特訓なんて必要ないけどね?」


「なるほど……魔空を作ることを、これから特訓していくってわけか」


「大正解でーす」


 途方もない話に聞こえてきたが、それをマスターできなければ無詠唱なんて夢のまた夢なのだ。しかもこれは仮説ではなく実証された話だ。


 なぜならクラスナが使えているのだから。


 クラスナの才能だからこそかもしれないが、1%でも出来る可能性が開けたのなら、魔法士としてチャレンジしない理由はなくなる。


 オレが内心で覚悟を決めていると、クラスナが話を続けた。


「魔空を作るには雑念を取り除けばいいんだ。人間って、常日頃からああでもない、こうでもないって考えてるでしょう?」


「そうだな。考えていないときなんて、寝ているときくらいじゃないか?」


「寝てるときだって夢を見るでしょう?」


「確かに……そうするともはや雑念を取り除くなんて出来ないんじゃ……」


「普通ならね。だから特訓するんだよ。その特訓中は、逆説的だけど音声を使うんだ。そうしてただ一つの音声だけにしていって、それすらも消えたときが魔空ができたときで、その瞬間、ただ一つだけ意志を魔空に置いてくるの。その意志が『欲しい魔法の作用』というわけ」


「うーむ……言葉で聞くだけならなんとなく理解できるが、実践するのは大変そうだな。しかもそれを戦闘中に行うんだろ?」


「うん。特訓中は音声を使うけど、最終的に音声ナシで、かつ一瞬で出来るようにならないと、無詠唱にはならないからね」


 まさに、言うは易く行うは難しってヤツだな。


 さらにクラスナが、ついでとでも言わんばかりに言ってくる。


「この無詠唱が出来たなら並列発現はけっこう簡単だよ。魔空をいくつも作ればいいだけだから」


「魔空という入れ物がきっちり作れていれば、魔力の干渉作用も起きないってわけか?」


「そうそう。簡単でしょ?」


「いやいや……簡単じゃないだろう……?」


 とはいえ魔空を作らなければ、いつまで経ってもクラスナに追いつくことなんてできないからな。


 オレは気合いを入れるとクラスナに言った。


「よし……驚いてても話は進まないからな。体を使わないなら、今からでも特訓したいんだが、どうだ?」


「どうしよっかな……身体も重要なファクターだし……」


「あ、そうか。あっちこっち痛いと、それこそ集中すらできないもんな」


「そうそう。あと息切れとかしててもダメだからね?」


「なるほど……だから体を鍛える必要もあったのか」


「そゆこと」


 そしてクラスナは、にこやかに言ってきた。


「だから今日は、特訓の流れを一通り掴むために軽くやろうか」


「ああ、そうだな。よろしく頼むよ」


 ナース服姿なのがどうにも締まらなかったが、これはこれでギャップがあっていいな……などと思ったこれこそが、まさに雑念だなとオレは反省するのだった。




(つづけよう)

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