第28話 それ、もはやプロポーズなのでは?
体がなまりすぎていて、出だしは大いに躓いたオレだったが、一週間後には筋肉痛でもなんとか体が動かせるようになった。
ちなみに二度目の基礎トレ時、クラスナは水着を着るのをやめていた。オレには何も言ってこなかったが、明らかにオレの視線を気にしてのことだろう……残念なのか心外なのかオレもちょっとよく分からなくなったが。
それで短パンに白シャツというトレーニングウェアだったのだが……これがまた問題になる。なんと、汗でシャツが透けて、下着がほどよく見えてしまったのだ……!
まったくもってオレのせいじゃないのに、なぜかオレが罵倒されてクラスナが逃げかえったのが印象的だった……不本意ではあったが。
それでけっきょく、洋服っぽい水着に落ち着いた。ワンピースみたいな感じの。
まぁクラスナは何を着ても似合うので、眼福に違いはないが。
あと、強い日差しで日焼けしないのか心配だったのだが、魔法で防御していたそうだ。人知れずオレにも使ってくれていたようで、オレも日焼けを免れている。
そんなドタバタがありながらも、二週間後にはようやく筋肉痛が取れてきて、基礎トレを毎日できるようになっていた。
三週間経つと、なんだかちょっと体が引き締まってきた気がする。
子供の頃のオレは痩せぎすで、どんなに食べても太らなかった反面、なかなか筋肉も付かなかったのだが……まぁこれは筋トレなんてしたこともなかったせいだろうが、とにかくオレはひょろっとしたもやしっ子だった。
だというのに、25歳を過ぎるころから脂肪だけが蓄積していく……
冒険者だというのに、後衛かつ魔法士ということで、クラスナに指摘されたように、冒険中も魔法を使ってラクをしていたものだから、オレの運動系パラメータは、ギルドの運動嫌いな男性スタッフ並みだと言われたことがある。
つまり、肉体労働だというのにデスクワーク並みの体力になっていたということだ。
さらにダメ押しとして、ギルド受付嬢のリセプにも「最近ちょっとお腹が出てきましたし?」などと言われてしまったので、オレは密かにダイエットを決意していたのだが……
ここ最近は、体中についてた贅肉が取れてきている……ような気がする。
実際に運動系パラメータの数値が上がっていることからも、体は引き締まっているのだろう。微増ではあるが。
そんなわけで、最初は歯を食いしばってたトレーニングも、ここ最近は楽しくなっていた。
残念なのは、基礎トレと並行して行っている、魔空を認識するトレーニングはぜんぜん進歩がないことだが、しかしこれには年単位の時間がかかるというしな。こちらは地道にやっていくしかない。
いずれにしても、だ。
人間、成長が目に見えて分かると、苦手な分野でもヤル気が出るものなのだなぁと実感していた。
「オレ、ここ最近はなんだか体が自由に動かせるようになった気がするよ」
夕食時、そんな感想を二人に言うとクラスナが頷いてきた。
「そうだね。運動系パラメータも全体的に上がってきてるし、基礎トレの成果が現れてきたかもね」
ニコニコと嬉しそうに言うクラスナだったが、その隣のセルフィーは無表情で言ってくる。
「とはいえ、まだまだわたしの足元にも及ばないのですから、油断しないようにしてくださいよ」
釘を刺してくるセルフィーにオレは苦笑を返す。
「もちろん分かってるさ。でもあれだな、実際に修行してみると、クラスナはもちろんだが、セルフィーのありがたさも実感してるよ」
「はぁ? なんですか急に……」
「今日の食事もそうだけど、オレが基礎トレをしている間、こうやって食事を作ってくれるじゃんか。それにこのメニューも、ちゃんと、体作りを考えてのものなんだろう?」
食事はいつも、多種多様な食材がバランスよく使われていた。
さらに彩りも豊かで、例えば揚げ物などに偏らないだけではなく、サラダや温野菜料理もしっかり出されている。酢の物は疲労回復にいいと効いたことがあるし、そういった副菜まで充実しているのだ。
たぶんオレが詳しく知らないだけで、体にいいメニューが毎日並んでいるのだろう。
オレがそんなことを挙げると、セルフィーはつまらなさそうに言ってくる。
「料理なんて、酒場や定食屋でもすぐに食べられるではありませんか。ほとんどの冒険者は、帰還後そうしているでしょう?」
「そうかもだけど、こんなに美味しくてバランスのいい食事なんて滅多にないさ。そもそも、自分でメニューを選んでたら絶対偏ってるし」
オレなんて、いつも丼物を食べていたからなぁ。最近は、いい加減飽きていたところだが、だからといって焼き魚定食とかは頼もうともしなかったし。
オレはさらに賛辞を続ける。
「それに料理だけじゃないぞ? オレの寝室も掃除してくれるし、トレーニングで使った衣服も洗濯してくれるし。なんだかもう至れり尽くせりで申し訳ないくらいだよ。ほんと、ありがとうな」
「……な、なんなんですか、本当に…………」
「日頃の感謝を伝えておこうと思ってはいたんだけど、なかなか言う機会がなかったんだよ、今までな」
「………………」
セルフィーは、頬を赤らめてそっぽを向いている。照れているのだろう。表情はそんなに動いていないのだが、こうなるともう無表情とは言えないな。
そんなセルフィーが、ぽんっと両手を合わせて言ってくる。
「ああ、なるほど。わたしを口説いているわけですか」
「なんでそうなる!?」
「クラスナ、申し訳ありません。どうやらカルジさんは、わたしに惚れてしまったようです」
「なんでわたしに謝るの!?」「惚れてるとかじゃないが!?」
クラスナとオレのわめき声が重なったので思わず目が合う。
クラスナは、なぜかご機嫌斜めのようだった。少しむくれて言ってくる。
「それはもちろん、セルフィーはよく働いてくれるけどね? パーティ内でそういうコトはダメだからね?」
「そ、そういうコトも何も、オレはセルフィーに感謝を伝えただけで──」
「わたしとカルジさんがくっつくと、クラスナはぼっちですもんね」
「ぼっちじゃないけど!?」「だから惚れてないって!?」
またもや二人の台詞が重なって、なぜか微妙に気まずい雰囲気になってしまう。
だから今度はオレから言った。
「もちろん、クラスナにだってすごい感謝してるんだぞ?」
「えっ……!?」
「カルジさん、もしかして二股ですか?」
「感謝に二股も何もあるか!」
せっかくクラスナにも感謝を伝えようとしたのに、またぞろセルフィーが余計なことを言ってくる。
「ちなみにですが、わたしはカルジさんなら、二股でも二号さんでも構いませんよ?」
「……は!?」
意味不明な言動にオレの思考が停止すると、クラスナが睨みをきかせて言ってくる。
「ちょっとカルジ、なんでそこで黙るの?」
「え? あ、いや!? あまりに唐突なことを言われたから意味が分からなかっただけだよ!?」
「オスの本能には抗えないということですか」
「セルフィーはいい加減黙っててくれないか!?」
オレが顔を引きつらせていると、セルフィーは肩をすくめて言った。
「まぁ冗談ですので本気にしないでください」
「本気にするわけないだろ!?」
「そうですか……悲しいです……」
「だからそういう冗談やめれ!?」
セルフィーはぜんぜん悲しそうにしていないので、この際もう放っておこう。
むっつりとした表情でご飯をもぐもぐしているクラスナにオレは言った。
「と、とにかくクラスナにだってもの凄く感謝してるからな?」
「そんなの分かってるよ」
「いや、その態度は絶対分かってない。いいか、オレがどれだけ感謝しているのかちゃんと聞いててくれよ?」
本当はあまり言いたくはないのだが……
これまでオレがどれほどパーティを追放されてきたのか、だから悔しい思いをしてきたのか、さらに感情だけではなく貯金も底を尽きかけていたのかを語った。
「そんな状況を助けてくれたのがクラスナなんだ。もはやオレは、足を向けて寝られないなんてもんじゃないんだよ。この恩はどこかで絶対返すつもりだからな。それこそ一生掛けてでも、だ」
「い、一生……!?」
オレの言葉に、クラスナの顔が赤くなる。
クラスナの機嫌が直ってきたので、オレはさらにハッキリと宣言する。
「そう、一生掛けてもだ!」
「…………!?」
オレの予想以上にクラスナの機嫌が直ったようで胸を撫で下ろしていると……
またもやセルフィーが言ってきた。
「それ、もはやプロポーズなのでは?」
「違うと言ってんだろ!?」
誤解のなきよう速攻で訂正したというのに──
──その日のクラスナは、終始不機嫌なままだった。
ほんと、ティーンの女の子は、よく分からん。
とはいえ、クラスナに恩を返すという気持ちに偽りはないわけで。
そんな思いが呼び寄せてしまったのか……
クラスナに、恩返しの一部でもする機会は、この一週間後にやってきてしまうのだった。
(つづくよ?)
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