第32話 そこまでの推理をするのは見事ですが……

 オレが最初に確認したのは、王都からこの街までの移動時間だった。


 なぜ移動時間を聞かれたのか分からないクラスナは、首を傾げながらも言ってくる。


「馬車や馬で10日といったところかな。宿場町でどのくらい休憩を挟むかにもよるけど……どんなに急いでも7日は掛かると思う」


「なるほど。オレたちが修行をしていたのが約1ヶ月だから、その間に犯行を計画実行したことになるな」


 オレは、この誘拐は複数人の犯行だと思っていた。いや、複数人というよりも複数グループといった方がいいだろう。


 クラスナの財産は莫大で、しかもクラスナ個人が自由に出来るものだから、複数グループが関与していたとしても成功すれば十分な稼ぎになる。


 おそらく実行犯グループは、この手の犯罪に手慣れている強盗団か何かだろう。その強盗団は、今でもこの街付近に潜伏していて、父親を監禁しているはずだ。


 しかし街の建物もそれなりにあるから捜し当てるのは難しいし、郊外へと出られてしまったら捜しようがない。さらにオレたちが捜し回っていることが知られたら父親の命は危うい。


 今にして思えば、母親を襲わなかったのは元冒険者だったからかもしれないな。犯人はクラスナの実力を知っているだろうから、その剣技を誰から教わったのかまで調べたのだろう。小さな街だから、酒場などで聞けばすぐ分かる。


 そして強盗団以外のグループ──言わば主犯グループは王都にいるはずだ。


 なぜなら父親誘拐の脅迫状は、この街の実家ではなく、王都の邸宅に投函されたからだ。


 実行犯グループが昨日犯行に及んで、今朝王都に到着するのは不可能だ。当然、犯罪を犯しているから公共の通信サービスは使えない。身分証提示と内容確認が必須なのだから。


 クラスナのように、転移や通信の魔法を使った可能性はないだろう。強盗風情が、そんな魔法具を持っているとは思えない。


 そもそも、クラスナは当たり前のように通信魔法を使っているが、相当な豪商でもない限り通信機なんて持てないのだ。パン屋に通信機があること自体おかしいわけで。まぁクラスナが自分で作って設置したのだろうが。


 もっと言えば、ポシェットに入るほどの小型通信機だなんて、オレは初めて見たぞ……小型通信機を発表すれば、またもや莫大な財産が築けるんじゃないか?


 いずれにしても通信魔法の使用はあり得ないと考えて、主犯グループは王都にいるとオレは予測したわけだ。


 そしてちょうど一ヵ月前……オレがクラスナのパーティに加わった頃に、この計画は作られはじめた。立案に20日、決行に10日といったところだろうか。


 オレは、そんな自分の考えをみんなに伝えた。


 最初に口を開いたのはセルフィーだった。


「脅迫状の投函先から、そこまでの推理をするのは見事ですが……しかしその推理には決めつけが多くありませんか? 例えば、犯罪の立案から決行まで一ヵ月というのは短すぎる気がします。もし一ヵ月以上の時間を掛ければ、通信や転移の魔法も用意できるかもしれませんし」


 確かに莫大なカネが動く以上、十分な時間を掛けて、抜け目ない計画を立案するほうがいいだろう。


 だがオレは、この犯罪はごく短期間のうちに考えられたのではないかと思っていた。それこそ、ちょっとした思いつきのように。


 だからオレはみんなに言った。


「犯人に、心当たりがあるんだ」


 全員の驚く顔が向けられる。


 そして泣き張らした瞳でクラスナが聞いてきた。


「いったい……誰なの……?」


「オッフェンだ」


 全員に向かって、オレは自身の推測を話す。


「ちょうど一ヵ月前、アイツはクラスナに模擬戦で敗北している。しかも衆目の中で、な。オッフェンの気性を考えたら、何か復讐を企ててもおかしくはない」


「ちょ、ちょっと待って……?」


 クラスナは驚きの声を上げた。


「模擬戦で負けただけで……こんな犯罪までするというの……?」


「そういうヤツなんだよ、アイツは」


 クラスナは、冒険者ギルドに出入りしていなかったから知らないのも無理はないが、オッフェンは、以前から黒い噂の絶えない人間だった。


 だがなんの証拠もないので、ギルドはもとより憲兵隊も手出しできずにいる。


 その点、下手な犯罪者よりよほど狡猾だ。


 オッフェンに、まるで脅されているかのような冒険者をオレも数人見たことはあるし、噂のすべてが真実とまでは考えていなかったが、ゆすりたかりくらいはしているのかもしれないとは思っていた。


 しかし今回の犯罪がオッフェンの仕業だとしたら、アイツは、かなり根深く裏の社会に通じていたのだろう。


 あるいは、裏社会から冒険者稼業に転向してきたのかもしれない。


 とはいえこの予想は、あくまでもオレの主観だし、噂頼みの憶測だ。万が一にも冤罪だった日には目も当てられないし、父親誘拐の解決にもならない。


 だからオレは言った。


「もちろん、本当にオッフェンが主犯なのかは調べる必要がある。そしてここからはスピード勝負だから、異論がないならいったん王都に戻りたいんだが、どうだ?」


 その問いかけに全員が頷く。


 そしてオレたちは、転移魔法で王都に戻ることとなった。




(コツコツつづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る