第31話 また、助けられちゃうね

「もう! お父さんが行方不明だっていうのに和まないでよ! お母さん、早く状況を説明して!」


「あなたはいつもせっかちねぇ……状況と言っても、さきほど執事長さんに説明したくらいなのだけど……」


 オーレリさんが、困り顔で状況を話し始めた。


 昨日の昼過ぎ、オーレリさんが夕食の買い物から帰ってきたとき、買い物客……といっても全員顔見知りの数人が、店の前で待っていてくれたそうだ。


 パンを買いに来たというのに店内が無人で、かつ売り物のパンが床に散乱していたから、不審がってオーレリさんを待っていてくれたようだ。


 そうしてオーレリさんが店内を改めるが、パンがいくつか散乱していた以外は代わりなかったという。店の現金も取られていなかった。


 だから最初は、父親はちょっとどこかに出掛けているのかと思い、店の営業を再開したという。


 しかし夜になっても父親は帰ってこずに、今朝になって、オーレリさんは憲兵に連絡した。


 一通りの説明を聞いた憲兵だったが、しかし熱心に捜してくれそうになかったという。店のお金が取られていたり、誰かが殺されたりすれば話も違うのだが、行方不明となると事件性が下がるのだろう。


 これが貴族だったなら街を挙げての大捜索になるだろうが、平民の一人とあってはそうはならない。


 だからオーレリさんは、娘で魔法士のクラスナに連絡を取ったわけか。


 オーレリさんが話を続ける。


「クラスナ、魔法でお父さんを捜せないかしら?」


「捜索魔法というのはあるけれど……もしお父さんが連れ去られていたのなら、効果は薄いかもしれない」


 捜索魔法は、犬の嗅覚を応用して開発された魔法で、『匂い』を元に人捜しを行う。匂いには魔力的な痕跡もあるので、一晩空いたくらいなら追跡は可能なのだが、誘拐だとしたら話は別だ。


 捜索魔法があることは犯人も分かっているだろうから、それを妨害する魔法を展開しているだろう。


 クラスナが思い詰めた表情でオレに言ってきた。


「カルジは、捜索魔法以外で何か思い浮かぶことはある……?」


「いや……今のところは」


 実はオレの中には、いくつか気がかりな点があった。


 その最たるものは、ここがクラスナの実家だという点だ。


 クラスナほどに成功した魔法士はなかなかいない。つまり彼女は、弱冠17歳にして巨万の富を手にしているのだ。本人は、目立った活動をしていないから市井では知られていないが、研究職などやっている魔法士であれば知っているはずだ。


 だからもし、クラスナの財産を狙った犯行だとしたら……


 強盗がたまたまパン屋に押し入ったのではなく、明らかに計画されての事件だということになる。そうなると、総当たりで捜索魔法を展開したところで見つかるはずもない。


 しかしまだ確証がないのに、それを今クラスナに言ったら、彼女は気に病みそうだったので、オレは別の意見を口にした。


「まずは、俺とクラスナで手分けをして捜索魔法を使おう。もしかしたら事件なんかじゃなくて、親父さんはこの街のどこかにいて、何かしらの理由で帰ってきていないだけかもしれない」


 オレの意見にクラスナは頷いた。


「そうだね……そうしたら手分けしてお父さんを捜そう」


 そしてオレたちが二手に分かれて捜索に出ようとした、そのとき。


 クラスナのポシェットに入れてあった通信機が鳴った。


 王都の邸宅からだろう。クラスナは会話を全員に聞こえるようにしてから通信を繋げる。


「クラスナ様! 大変です!」


 執事長の切羽詰まった声が店内に響く。


「どうしたの!?」


「当家に届いていた手紙を確認したところ、脅迫状が入っておりました!」


「脅迫状!?」


 全員が通信機を注視する。クラスナが大声で言った。


「読み上げて!」


「はい──『父親を返して欲しくば、一週間後に100億ペル用意しろ。受け渡しは追って通達する。なおこの内容を憲兵に報告した場合、父親の命はないと思え』とあります……!」


 おいおい……!?


 オレは無茶苦茶な要求に唖然とする。


 100億ペルだなんて、よほどの大商会でもなければもっていないぞ!? ちょっとした地方都市の税収並みじゃないか!


 オレは、顔面蒼白になっているクラスナを見た。


「クラスナ……いくらなんでもこれは……」


 クラスナは、通信機を見つめながら言った。


「……100億ペルは、無理をすれば作ることはできる」


「ほ、本当か……?」


「うん……でも、一週間じゃさすがに無理だよ……受け渡しが、現金なのかも貴金属なのかも分からないし……!」


 クラスナは、涙ぐんだ瞳をオレに向けた。


「どうしよう……このままじゃお父さんが……!」


 途方に暮れるクラスナの肩に、オレはそっと手を置いた。


「クラスナ──落ち着いて聞いてくれ」


 オレの考えを言うのはやはり躊躇われるが……しかし脅迫状が届いた以上、もはや犯人の目的は明確になってしまった。


 だからオレは意を決して告げた。


「脅迫状でハッキリしたが、これは計画的な犯行だ。キミを狙い撃ちしたな」


「わたしの……せいなの……?」


「違う。クラスナのせいじゃない」


「でも……わたしが……魔法士になんてなっていなければ……」


 クラスナはついに泣き出してしまう。


 華奢な肩を震わせて泣くだけのクラスナに、しかしオレは叱咤するかのように言った。


「クラスナ、落ち着け。キミが悪いんじゃない。悪いのはあくまでも犯人であって、クラスナが悪いわけないだろ……!」


「でも……わたしのせいでお父さんが!」


「いいから落ち着くんだ、クラスナ……!」


 ただ泣きじゃくるだけのクラスナを見ていられなくて、オレはクラスナを抱き寄せる。


「大丈夫だ。落ち着いて聞くんだ」


 オレは、クラスナの震えを止めるかのように少しのあいだ抱き締め続ける。


 そしてクラスナが落ち着いたころを見計らって、少し離れてから、オレ自身にも言い聞かせるかのように話した。


「無差別な強盗ではなく、計画性のある犯行なら、クラスナの父親は捜し出せる」


「……え?」


 クラスナが泣き顔のままオレを見た。


「クラスナを狙い撃ちしているということは、犯人は、キミを知っている可能性が高い。直接の面識があるヤツかもしれないし、そうでなくても、無差別犯行よりはずっと絞り込める」


 目を真っ赤にしているクラスナに、オレは、優しい声で説明を続けた。


「そして絞り込むためには情報が重要だ。例え数少ない情報だったとしても、情報をたぐっていけば必ず犯人は割り出せる」


 クラスナのことを知る人間が、この世界に一体どれほどいるのかは分からない。


 その中から、たった一人の犯人を見つけるだなんて、しかも期限は一週間しかないだなんて、気の遠くなる話なのかもしれない。


 しかしオレには、一つの確信があった。


 オレは、人差し指でクラスナの涙を拭うとニヤリと笑ってみせる。


「だから泣くなよ、クラスナ。らしくないぞ?」


 クラスナは泣きはらした顔でオレを見つめて──そして、まだ止まらない涙を気にもせずに笑った。


「──、助けられちゃうね」


 その言葉の意味を、オレが理解したのはもっと先になるのだった。

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