第30話 こちらの男性はどなたかしら?

 クラスナの地元は、王都からみると北東地域に属する街で、転移魔法で来てみれば、春先でもまだ寒いくらいの気温だった。


 転移する前、クラスナが上着を手渡してくれなければ寒さで震えていたな。南国との気温差で体調を崩さないよう気をつけなければ。


 街の人口としては5000人前後とのことで、地方の街としてはオーソドックスな規模だった。その大半は農民が暮らしているのだろう。周囲は田園風景が広がっていて、市街地に近づくと魔獣対策の外壁が現れる。


 市中ものどかなもので、街の中心に広場と噴水があり、そこへ商店街が繋がっている。その店も数十件といったところで、この街で暮らす地元民が主な客層なのだろう。


 そんな商店街の一角に、クラスナの実家はあった。


 一階がパン屋になっていて、二階は住居なのだろう。店内にはたくさんのパンが陳列してある。トングで掴んでトレイに載せて買うスタイルのようだ。


 だが今は、扉の前に準備中の看板が下げられていた。


 クラスナがその扉を開ける。


「お母さん! お母さんいる? 戻ったよ!」


「ああ……クラスナ!」


 すると奥から女性が現れて、クラスナを抱き締めた。


「お帰りなさい!」


 さすがにクラスナの母親だけあって、とてつもなく綺麗な人だな。


 髪の毛は、クラスナと同じく見事なブロンドのストレート。碧眼も穏やかな感情を宿していて、どこかクラスナに似ている──いや、クラスナが似ているのか。


 そもそも、クラスナと並んでいたら姉妹にしか見えないぞ? とても17歳の子供を持つ身とは思えない。いったい歳はいくつなんだろうか……


 そんな母親の胸元で、クラスナはモゾモゾと動いてから言った。


「ちょっとお母さん、苦しいってば! っていうか状況はどうなってるの!? お父さんは!?」


 母親は、少し困り顔でつぶやく。


「ええ……それはこれから説明するけれど、こちらの男性はどなたかしら?」


 母親がオレに視線を送ってくるので、オレはぺこりとお辞儀をした。


 それからクラスナが紹介を始める。


「あ、ごめん。最近パーティメンバーに入ってもらった、カルジ・ラクスネスだよ。魔法士で、学院ではわたしの先輩に当たるの。今回の件で、協力を申し出てくれたんだ」


「まぁ……そうだったんですか。ありがとうございます、カルジさん」


「いえ、パーティメンバーとして当然ですから」


 それからクラスナが、オレに向かって言ってくる。


「もう分かったと思うけど、この人がわたしのお母さんでオーレリだよ」


 オーレリさんは、片手を頬に当ててため息をついた。


「はぁ……あのクラスナが、ついに男性を紹介してくれたというのに──」


「ちょ!? お母さん!? 何言ってるの!?」


「──こんな状況でもなければ歓迎したいところなのですが」


「お母さん!? カルジはただのパーティメンバーだからね!?」


「ああ、そうだわ。お父さんが見つかったら盛大に歓迎会をしましょう」


「お母さん! 聞いてる!?」


「いえあの……お構いなく……」


 なんだかこー、おっとりした感じの人だな……


 確かこの人、クラスナに剣技を教えた元冒険者で剣士だって話を以前に聞いたが……パッと見、とてもそうは見えない。


 まぁオレの眼力なんてゼロだから、見る人が見れば、おっとりした立ち姿の中にも、熟達した体さばきとかが分かるのかもしれないが。


 そんなオーレリさんは、クラスナの抗議はまったくのスルーで、ニコニコしながらセルフィーにも顔を向けた。


「それとセルフィーもお久しぶりね。いつも、クラスナの面倒を見てくれてありがとう」


「面倒なんて掛けてないってば!」


「いえ、クラスナの面倒を見るのがわたしの仕事ですから。クラスナがどんなに自堕落な生活をしようとも問題ありません」


「自堕落な生活なんてしてないでしょ!?」


 仕事仲間や友達を親に会わせるとどうなってしまうのか……その洗礼をクラスナは受けまくるのだった……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る