第14話 好きにする云々は、クラスナの希望でもあるので誤解じゃありませんよ

 模擬戦後、オッフェンはふてくされた顔で「悪かったな」とオレに一言だけ詫びると、すぐに闘技場を後にしてしまう。取り巻きたちを引き連れて。


 そんな態度に、クラスナは怒りが収まらない様子だったのでオレが言った。


「冒険者たちの前で、アイツの面子を潰しただけでも相当なダメージになってるよ」


「そうかな……」


「ああ。正直言ってオレもスカッとした。ありがとう」


「カルジがそれでいいなら、いいけど……」


 クラスナは、頬を赤らめながら髪を弄っている。どうやら溜飲は下がったようだ。


 その後ようやく、本題である弟子入りの話をすることになったが、模擬戦の後とあっては、ギルド酒場では落ち着いて話もできなさそうだった。


 模擬戦が終わるや否や、クラスナは、見物していた冒険者たちに取り囲まれていたしな。


 だからオレたち三人は、王都のカフェにやってきていた。


 それぞれ飲み物を頼むと、クラスナが笑顔で言ってくる。


「ふぅ……これでようやくお話できるね」


 くっ……こんな可愛らしい笑顔を向けられると、ロリコンじゃなくてもクラッとくるな……


 それでいてあのデタラメな強さなんだから、天は二物を与えずというのは嘘だったらしい。


 オレは、ほだされないように気を引き締める。とはいえ、もう心は決まっているのだが。


 さてどこから話を切り出そうか……と思っていたら、クラスナのほうから言ってきた。


「それでねカルジ……改めて考えてみたんだけど……わたしたちのこと誤解してないかな、と思って」


「誤解?」


「そう。昨夜はセルフィーが変なこと言っちゃったから……」


「ああ……勝負に勝ったら好きにしていいって話か?」


「え……!?」


 オレがそう言うと、クラスナが顔をボンッと赤くする。


「ち、ちが……!? いやそれもそうかもだけど今はその話じゃなくて!?」


「……?」


 何を慌てているのかがよく分からずに、オレが首を傾げているとセルフィーが言ってきた。


「カルジさん。好きにする云々は、クラスナの希望でもあるので誤解じゃありませんよ」


「……は?」


「何を言ってるのかなセルフィーは!?」


 クラスナがガバッと立ち上がると身を乗り出して言ってくる。


「それはちょっと置いといて修行の話だよ!」


 ……置いとくだけでいいのか? 撤回ではなく?


 オレがなんとなく落ち着かない気分になっていると、クラスナは、着席してから話を勝手に進めてしまった。


「昨日、セルフィーが人体実験だなんて言ってたでしょ? あれが誤解だということを、ちゃんと説明したくて」


「ああ……そっちの話か……」


 さきほどの模擬戦を見せられては、例え実験体になろうとも、無詠唱と並列発現は是が非にでも身につけると覚悟していたのだが、その覚悟を伝える前にクラスナが捲し立ててきた。


「あのスキルを習得するのにはね? 投薬したりとか手術したりとかはしないから安心して? 安全第一の修行を段階的にこなしていくことで習得できるから。ただその分、ちょっと時間がかかるの。わたしの見立てだと、おそらく2〜3年は、わたし指導の下で修行してもらわなくちゃいけないんだけど……」


 そう言いながら、クラスナは上目遣いにオレを見てくる。


 こちらとしては安全な修行でスキルが身につけられるなんて、願ったり叶ったりなのだが、なぜかクラスナは申し訳なさそうだった。


 オレのそんな疑問に気づいたのか、セルフィーが補足してくる。


「クラスナは、あなたの時間を数年拘束してしまうことが後ろめたいのですよ」


「ああ……そういうことか」


 弟子入りするんだから、時間が拘束されるのは当然だ。むしろ数年であれほどのスキルが身につけられるのなら早い方だと言える。


 ただ一つ困ったこととしては……オレに収入源がないことだろう。


 だからその辺を正直に言うことにした。


「実は、弟子入りすることはもう決めてたんだ」


「ほんと!?」


 クラスナの表情がパァっと明るくなる。喜ぶべきなのはオレの方なのに、なんだか立場が逆だな。


「ああ本当だ。けど今のオレは、パーティを追放された身でな。無職同然で収入がない。だからどこかのパーティに編入するまで待ってもらえないだろうか?」


「ああ……ギルドの掲示で見たよ。それでさっき絡まれていたんでしょう?」


「まぁそうだな」


「でも、その問題はすぐに解決できるよ」


「……解決って、どういうことだ?」


「わたしたちのパーティに入ればいいんだよ」


「……は?」


「引き抜きしちゃまずいと思って昨日はパーティに誘わなかったけど、フリーなら話は簡単だったんだよね」


 あっけらかんと言ってくるクラスナに、オレは一瞬思考が止まってしまう。


 そんなオレに、クラスナはお構いなしに話を続けた。


「そもそもクエストや討伐に出てたら、修行する時間が少なくなってもったいないよ。元々数年かかる見込みなのに、歩荷をやりながらじゃ10年掛かっちゃうかもよ?」


「そ……それは……できれば避けたいな」


「でしょう? でもうちのパーティに入れば、修行に集中できる環境が整うってわけ。魔獣討伐はたまにするかもだけど、それは修行の一環で行うの。そのほうが断然効率いいでしょう?」


「しかし……キミとオレでは、レベルが違いすぎるだろう?」


 パーティを組むときは、レベル差を詰めるのが普通だ。そうしないと、高難易度のクエストが受けられなかったり、逆に、低レベルの冒険者が危険にさらされたりするからだ。


 しかしクラスナは言ってくる。


「パーティ編成時のレベル差是正は、定石であっても義務じゃないでしょ? それにね──」


 クラスナは、自身のアビリティカードを俺に手渡してきた。


「──わたしのレベルじゃ、誰もパーティを組んでくれないし」


「……!?」


 クラスナのアビリティカードを見て、オレは絶句する。


 アビリティカードは、長年のパーティメンバーやギルド職員でない限り、こんな簡単に見せたりしないのだが……しかし、このレベルであれば気軽に開示するのも頷ける。


「……まさか、カンストしてるとは……」


 オレは『レベル99』の表示を見て呆然とつぶやいていた。


 そりゃあ……これほどのレベルであれば、冒険者連中でパーティを組める人間はいないだろうよ……


 しかもさらに驚くべきことに……ランクもSS、最高ランクである。SSを保持している人間は、世界に数人のみと言われているが、そのうちの一人ということになる。


 とんでもない有名人に出会ってしまったものだ……いや、有名ではないか。魔法大学院にいた頃から、クラスナという名前のランクSS魔法士なんて聞いたことなかったし。


 しかし有名でなかったとしても、世界最高峰の実力者ということに代わりはないが。


 わずか17年間の人生で、いったいどれほどの功績を積んだのか……大戦の英雄にでもならない限り、SSなんかになれないんだぞ?


「キミは……なんで冒険者をやっているんだ? これほどのレベルとランクであれば宮廷魔法士だって即座に入れるだろ?」


「まぁ……スカウトは来てるけどね、しょっちゅう」


「来てるのかよ……しかも現在進行形で」


 ちなみにオレは、魔法大学院で首席を取り続けたが、宮廷魔法士のスカウトなんて一度も来たことない。


 オレが若干落ち込んでいると、クラスナはため息交じりに言った。


「わたし、お貴族様の世界って嫌いなの。だから断ってるんだ」


「ということは、クラスナも平民なのか?」


「そうだよ。うちの両親は、北東地域でパン屋さんをやってるよ」


「そうなのか……であれば気持ちは分からなくもないが……」


 貴族嫌いの平民は多いが、だからといって、貴族級の扱いを受けるのがイヤな平民は少ないのではなかろうか。それに宮廷魔法士として武勲や功績を立てれば騎士に叙勲されて、本物の貴族になることだって夢ではないのだが。


 セルフィーは『クラスナは地位と名誉が欲しくて、自身が編み出したスキルを広めたがっている』という説明をしていたが、どうやらこの子は、地位や名誉には本当にまったく興味ないらしい。


 にもかかわらず、どうしてオレにスキルを教えてくれるんだろうな? クラスナのメリットがまったく分からないが……


「なぁ……クラスナは、どうしてこんなによくしてくれるんだ?」


「え……?」


 オレのその質問に、クラスナはきょとんとした表情になる。


「いや別に、クラスナのことを疑っているわけじゃないんだ。ただ素朴な疑問というか」


「えーっと……それは、その……」


 クラスナは、困り顔でセルフィーを見た。するとセルフィーが言ってくる。


「あなたを買っているということですよ、カルジさん。あなたでなければ、クラスナのスキル継承は無理でしょうから」


「オレくらいの魔法士は、その辺にごろごろいると思うが」


「ご謙遜を。魔法大学院で毎年首席を取り続けていたのは、大学院史上あなただけと聞いていますが?」


「今となっては空しい話だけどな」


「ただの才能で、毎年首席は取れませんよ。この子なんて、いつも落第寸前なのですから」


「う……」


 セルフィーの指摘に、クラスナが小さく呻く。


 そんな話を聞いてオレは目を丸くした。


「クラスナなら、勉強しなくても満点取れると思うが……」


「わたし、一般教養とか苦手で……」


「ああ……そういうことか」


 魔法大学院は魔法学以外に普通の学科もある。高等部までは特にそうだ。


 これほどの天才にも苦手なものがあると知ってオレはなぜかホッとする……いや、天才だからこそ苦手な分野があるのかもしれないが。


「あ、そしたらこうしない?」


 オレが安堵していると、クラスナはぽんっと手を打って言ってくる。


「わたしはカルジにスキルを教えて、カルジはわたしに一般教養を教えるの。つまりバーターってこと。そうしたらお互い気兼ねないでしょう? 大学院首席に家庭教師をやってもらえるなんて、わたしもすごく助かるし!」


「……いや、まったく釣り合いが取れているとは思えないが……そもそもクラスナはまだ学生だったのか?」


「そだよ。冒険者は副業だね」


「はぁ……なんだかもう規格外過ぎて笑えてきた……」


 オレは、脱力しながら珈琲を一口すする。


 それからクラスナに言った。


「オレがパーティに加わったとしても、まるで戦力にならないと思うが……本当にいいんだな?」


「そうとも言えないよ? わたし、魔法士を中心とした戦闘は熟知しているし、だからカルジが編入してくれるなら、わたしが前衛をやるし」


「なるほど……オッフェンを圧倒するくらいだもんな……」


 っていうかそうなると、そもそもクラスナにパーティはいらないんじゃなかろうか。


 でも、せっかくの好意だというのに、これ以上、拒み続けるほうが失礼だろう。元々オレは、どこかのパーティに編入しなければならない身だし。


 クラスナにはおんぶに抱っこで、家庭教師をしたくらいではお釣りが多すぎると思うが、だったらなおさら、できるだけ早くクラスナに追いつく──オレはそう思うことにした。


「分かった。むしろこちらからお願いしたいくらいだしな」


 そうしてオレは姿勢を正すと、クラスナに言った。


「ぜひ、弟子兼パーティメンバーにしてくれないか?」


「もちろんだよ! これからよろしくね、カルジ!」


 クラスナが満面の笑顔で右手を出してきて、オレはその手をしっかり握るのだった。




(つづいて)

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