第13話 魔法士には、魔法士なりの近接戦闘術があるんだから

 模擬戦は、模擬戦結界が張り巡らされた闘技場で行われる。


 ちゃんと準備をした模擬戦であれば、例えその発端がケンカだったとしてもギルドは何も言ってこない。だからケンカの決着に模擬戦はよく使われるのだ。


 模擬戦結界内では、相手への攻撃はすべて数値換算されるので、命を危険に晒すことなく各種演習ができる。


 目には見えないが、魔法で出来た鎧を着込むようなものだ。その鎧に攻撃が当たると威力が測定されて、アビリティカード以上のHPヒットポイントを受けたら負けとなる。


 もっとも、痛みをゼロにしたら実戦とはだいぶ違ってしまうし、だから選手の各種反応も変わってしまうので、切り傷やアザくらいは出来てしまう。ただそのくらいは回復魔法で即時完治が可能だ。


 もしも、魔法の鎧でも防げないほどの攻撃だった場合は、模擬戦結界が発現して無効化する。だからあまりに強力な攻勢魔法は使えない。また、模擬戦結界を破壊できないよう、選手みずからの魔法で結界を張ることになっている。


 つまり模擬戦とは魔法士にとっては不利……というよりも、そもそも魔法士の攻撃を想定していないのだ。魔法士の攻撃は大艦巨砲だから、対戦相手がいなくても、野原に向けてぶっ放せばそれで威力は計測できるからな。


「なぁ……クラスナ」


 闘技場の入退場口で、オレはクラスナに声を掛けた。


「キミの実力は分かっているつもりだが……大丈夫なのか、近接戦闘だなんて」


 オレの心配をよそに、クラスナは至極リラックスしている顔つきで答えてきた。


「ぜんぜん平気だよ。見ててねカルジ。アイツは絶対に謝らせてやるんだから」


 何も、オレのためにそこまでしなくてもいいのだが……もしかすると、引っ込みが付かなくなっただけかもしれないが。


 もしクラスナが負けたら……王都から夜逃げでもするしかないか……


「でもクラスナ、キミはいったいどうやって戦うつもり──」


 オレが問いかけたところで、闘技場内にブザーが鳴り響く。


 選手入場の挨拶だった。


 クラスナは自信に満ちた笑顔で言ってくる。


「ほんと大丈夫だから心配しないで。魔法士には、魔法士なりの近接戦闘術があるんだから」


 そんな格闘術、少なくともオレは聞いたことないが……


 しかし時間は来てしまったので、クラスナが闘技場に入場する。そのあとに続いて、オレとセルフィーも中に入った。


 闘技場は円形に作られており、その周囲は、階段式の観客で囲まれている。収容人数はかなりのものになるが、今は、ギルド酒場にいた十数名のみだったので、みんな闘技場に降りて、その端で観戦するようだ。


 というか、酒場にいた全員が付いてくるとは……こいつらは暇なのだろうか?


 すでに野次が飛び交う闘技場の、その中央にクラスナが悠然と歩いて行く。


 巨大なアックスを大地に突き刺し、オッフェンは舌舐めずりをした。


「模擬戦結界が張られているとはいえ、骨の一本や二本は覚悟しておけよ?」


 オッフェンの獰猛な武器に対して、見たところ、クラスナは細身のレイピアを腰に下げているだけだ。


 だというのにクラスナは臆することなく言った。


「ふふん、それはこっちの台詞だよ。でも可哀想だから、魔法で回復できる程度にとどめてあげるわ」


「くくく……その生意気な口が今夜はヒィヒィ喘ぐんだ。今のうちに強がりを言っておくんだな」


「……ほんっと、下品な人ね!」


 二人が武器を構えると、カウントダウンが始まる。


 そしてブザーと共に、模擬戦が始まって──な!?


 オレの視界からクラスナが消える。


「ガハッ──!」


 クラスナが視界に入ったのは、オッフェンが呻き声を上げて吹き飛んだあとだった。


 10メートルは飛んだだろうか。


 オッフェンは、地面を何度も転げ回ってようやく止まる。


「グッ……クソッ! 何か魔法を使ってやがるな!?」


「魔法士だもの、当然でしょう?」


 クラスナは、余裕の笑みを浮かべながらオッフェンに近づいていく。


「実戦なら、あなたは心臓串刺しでもう死んでるよ?」


「はっ! だがこれは模擬戦だ! オレのHPはそう簡単に削れないぞ!」


 クラスナの細腕で吹き飛ばされるなどとは夢にも思っていなかったのだろう。オッフェンの表情からは、さきほどまでの余裕が消えていた。


 クラスナにとって、初撃を入れられたのはよかったが、これでオッフェンの油断はなくなった。どんな魔法を使っているのか注意深く観察して、その上で反撃に出るはずだ。


 周囲の人間は、オッフェンがいきなり一撃を喰らったことに大興奮している。だから、オレたちの会話は聞かれることはないだろう。


 それを確認してからオレはセルフィーに聞いた。


「あれは、いくつかの身体強化魔法を無詠唱で並列発現しているのか?」


 本来、スキルは気軽に教えたりしないのだが、セルフィーは事もなげに頷いた。


「ええ、そうです。三つの身体強化を発現していますね。クラスナの近接戦闘ではよく使う手です」


「三つもか……まぢかよ……」


 オレの心配は杞憂だったようで、まだ戦いの最中だというのに胸を撫で下ろす。


 こうなると、オッフェンにはまったく勝ち目がないだろう。今し方、クラスナの突きを右肩に受けて、オッフェンは再び吹き飛ぶと地べたを転げ回っている。


 見たところ、筋力強化と俊敏性強化は使っているな。そのどちらもかなり高位の魔法だろうから、並みの魔法士ではそのうち一つを発現させるのも大変だろう。


 それを二つも並列発現させているんだから度肝を抜かれるが、さらにもう一つというのはなんだ……?


 オレは、魔法知識にもいささかの自信はあるが、どうしても見極められず、諦めてセルフィーに聞いた。するとセルフィーはアッサリ答えてくる。


「三つ目は、クラスナがオリジナル開発した魔法ですね」


「開発した!? あの歳で、魔法を!?」


「あの子、カネは唸るほど持っているのですよ」


「いや、資金だけの問題じゃなくて……!」


 魔法開発には莫大なカネが掛かるが、カネを掛ければ開発できるというものでもない。本人の、魔法に関する知識や理解、造形の深さや発想の飛躍などが必要で、つまり熟練の魔法士であっても、生涯に一つか二つの魔法を編み出せれば御の字と言われるほどなのだ。


 それを、まだ10代に見えるクラスナがやってのけるなんて……


「ひょっとして、クラスナって見た目の割に老けているとか……?」


「見た目通りの17歳ですよ」


「……まぢかよ」


 オレは唖然としてクラスナを見る。


 オレの動体視力では到底終えない速度で、クラスナはオッフェンを滅多打ちにしていた。周囲の歓声──というより野次が沸き起こる。


 日頃、オッフェンには煮え湯を飲まされている連中も多いだろうから、この時ばかりに鬱憤を晴らしているらしい。


 オレはそんな光景を呆然と眺めながら、再びセルフィーに聞いた。


「それで……三つ目の魔法ってのはなんなんだ?」


「遅延視覚といってましたかね。脳内の処理速度を引き上げることによって、相手の行動が遅く見えるそうです」


「そ、そんなこと……魔法でできるのか?」


「わたしは魔法士ではないので詳しくはないですが。でもクラスナが今発現しているわけですから、できるのでしょう」


 オレは肉弾戦は素人だが、その素人目に見ても、クラスナはオッフェンの太刀筋を完全に見切っていた。


 元々アックスは大ぶりなのだ。動きが画一的な魔獣であれば、力任せにアックスを振れば倒せるだろうが、訓練された人間に対してはかなり不利だと思う。


 事実、オッフェンは何度も避けられ、そして幾度も被弾して、今や肩で息をしている始末だ。


 対するクラスナは、まったく呼吸を乱さず、隙もなくレイピアを下段に構えている。そのクラスナがオッフェンに言った。


「HPが高い分、長い時間苦しまなくちゃいけないなんて、皮肉な話ね」


「ぐっ……! この……!! いい気になるのも大概にしやがれ!」


 オッフェンが体勢をぐっと沈ませたかと思うと、一気に飛び出す。


 まるで砲弾のような加速だが、何かスキルを使ったか……!?


 だがそれすらもクラスナは余裕でかわすと、交差の際に一撃を入れてオッフェンを吹き飛ばした。


 オッフェンは闘技場の壁にまで吹き飛び、盛大に叩きつけられる。土埃が舞い散ってオッフェンを覆い隠した。


 模擬戦じゃなければ、厳ついオッフェンといえども死んでるだろコレ……


 周囲の冒険者は、気楽に野次を飛ばしたり、歓声を上げたりしているが、それはクラスナの実力を見定められていないからだ。


「なぁ……セルフィー……彼女は何者なんだ……?」


 魔法士が、近接戦闘で前衛職を圧倒するなんて話、見たこともなければ聞いたこともない。


 わずか17歳でこれほどの戦闘が出来るのなら、間違いなく王国軍に入れるだろうし、もし平民出なら騎士に叙勲されるはずだ。


 こんなところで、オッフェンなどという三下の相手をする必要はまったくないのに、なんだって冒険者をやっているのか……


 オレのそんな疑問に、セルフィーはやっぱり無表情で答えてくる。


「クラスナは、ただの女の子ですよ」


 そんな答えを、オレは全力で否定した。


「いやいやいや……ただの女の子が、あんな筋肉ダルマみたいな男を打ち返せるかよ」


「確かにそれもそうですね。であれば言い方を改めましょう──彼女は天才ではありますが、ただの人間ですよ」


「天才……か……」


 オレは、子供の頃から魔法の才能を見いだされて、魔法大学院でも学業・実技ともに首席をとり続けたから、密かに自分のことを天才だと思っていた。


 そんな思い上がりが無意識に出ていたから、オッフェンみたいなゴロツキに何かと絡まれていたのかもしれないな。同世代だろうし。


 だがある意味で、オッフェンは正しかった。


 オレは、天才ではなかったのだから。


 本物の天才を前にしたら、自分が如何に凡人であるかを見せつけられて、だからあとは茫然自失に陥るしかない。


 そんなオレの内心を見透かしたのか、セルフィーが言ってくる。


「そう落ち込むことはないですよ。少なくとも、あなたは秀才ではあるのだから」


 励ましにもなっていないそんな台詞にオレは苦笑する。


「秀才では、天才に敵わないと思うけどな」


「今からそんなでは先が思いやられますよ? 彼女は、カルジさんが目指すいただきなのですから」


「まぢかよ……勝てる気がしない……」


 負け惜しみかもしれないが、実のところオレは、そんなに落ち込んではいない。セルフィーもそれを分かっているから軽口を叩いてくるのだろう。


 もちろんオレの小さなプライドは木っ端微塵に砕け散ったが、なんというか、いっそそれが清々しかった。


 彼女の元で修行すれば、その頂には届かないかもしれないが、きっと強くなれる──そんな希望で満たされていた。


「ふざけるなァーーー!!」


 突如、オッフェンの怒号が爆発する。


 崩れた壁を押しのけて、オッフェンが立ち上がった。


 それを見たクラスナは、呆れ顔で口を開く。


「驚いた。あなた、HPだけは魔獣並みね」


 だがオッフェンは、クラスナの台詞には構わず、周囲にいたパーティメンバーに向かって叫ぶ。


「テメエら加勢しろ! このガキを徹底的に痛めつけてやる!!」


 周囲からブーイングが噴出するが、激高しているオッフェンはお構いなしだ。


 そしてわらわらとメンバーが剣や槍を構えて前に出る。


 クラスナは、六人の男に囲まれる形となった。


「セルフィー、クラスナは大丈夫か?」


「まったく問題ないですね」


「けど、あまりスキルを見せない方が……」


 身体強化魔法が三つも使われているのは、この場にいる中ではオレとセルフィーしか分かっていないだろうが、攻勢魔法を無詠唱で放てばさすがにバレる。


 スキルは奥の手だから、おいそれと他人に漏らさないのが常識だ。だから別パーティとの模擬戦などでは本来使わないのだ。


 そんなオレの心配に、セルフィーは小さく肩をすくめるだけだった。


「あんな連中、攻勢魔法を使うまでもありませんよ」


 その台詞の直後、またもクラスナが消える。


 そうして数秒後には、前に出てきた男連中全員がバタバタと倒れた。


「な……!?」


 絶句するオッフェンの前にクラスナが現れて、レイピアの切っ先を喉元に突きつける。


「あなた、耐久力だけは異常だから、これ以上やるとかなり痛い目を見るけど、どうする?」


「…………!」


 数瞬の沈黙後、オッフェンは「参った……」とつぶやく。


 闘技場に、大きな歓声が響き渡った。




(明日はたぶんちょっぴりつづく)

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