第12話 いくつ貞操があっても足りませんね

 いきり立つクラスナに、最初、オッフェンたちはポカンと口を開けていた。


 まぁ……その反応は分からなくもない。


 魔法士の格好をしているとはいえティーンにしか見えない少女に、いきなり怒鳴りつけられたのだ。


 あっけにとられないほうがどうかしているだろう。


 クラスナの実力を知っているオレであっても唖然としているのだから。


 だがクラスナは、そんな微妙な空気などまったくお構いなしに怒号を続ける。


「早く、カルジに謝りなさいといっているのよ! 聞こえてないのかな!?」


「ま……まぁ待てクラスナ」


 オレは慌てて立ち上がってクラスナに向き直る。


 オッフェンの視界から、クラスナを隠すために。


「クラスナ……残念ながら魔法士が低迷しているのは事実なんだ。アイツが言っていることも一理あるわけで──」


「違うよ!」


 クラスナは、可愛らしい瞳に怒りをにじませて言ってくる。


「わたしは、カルジがバカにされていることを怒っているの!」


「……え?」


「カルジは何も悪くないじゃない! なのにあの人たち、カルジを蔑むかのようなことばかり言って! そんな理不尽、見逃せないよ!!」


「いや……それは……」


 クラスナも魔法士だから怒っているのだとばかり思っていたので、オレは言葉に詰まってしまう。


 その隙に、クラスナはオレを追い越してオッフェンの前に出てしまった。


「早く謝りなさい!」


 怒るクラスナに、しかしオッフェンはようやく状況を飲み込んだのだろう。 口笛を吹くと、ニヤつきながらクラスナに言った。


「お嬢ちゃん、勇ましいねぇ。一体何をそんなに怒っているのか分からねぇが──」


「ならバカはあなたね! カルジを侮辱したことを謝罪しなさいと言っているのよ!」


 オッフェンの目に、若干の怒気が宿る──まずい。


 オレは二人の間に割って入った。


「オッフェン、この子はオレの客なんだ。ここはオレの顔に免じて許して──」


「ちょっとカルジ! なんであなたが謝るのよ!?」


 なんとか場をなだめようとしているのに、オレの後ろでクラスナが喚くので、周囲の雰囲気はより剣呑になってしまう。


 点在していた食堂の客も、こちらに注目し始めていて、所々から「いいぞ、やれー」などと無責任な野次が飛び始める。当然、ギルド職員もオレたちを注視するようになった。


 オレは振り返るとクラスナに言い聞かせる。


「オレのために怒ってくれているのは分かった。それはあとで感謝するから、少し黙っててくれないか」


「でも……!」


「こんなところで、冒険者同士が争うわけにもいかないだろ? ギルド職員も見てるんだぞ?」


「…………!」


 周囲の状況にようやく気づいたのか、クラスナは押し黙る。


 いくらケンカ程度は見逃されるといっても、さすがに、職員の前でケンカなんて始めてしまっては言い逃れのしようもない。即座に資格剥奪とはならないだろうが、数日間の拘留か謹慎かになる可能性が高いだろう。


 なのに、今度はオッフェンが立ち上がると凄みをきかせてきやがる。


「おいおい……お嬢ちゃん、侮辱されてるのはこっちだっつーの」


 クラスナは口を開かなかったが、しかしオッフェンを睨み返している。その態度はまるっきり挑発だった。


「このオレ様が、聴衆の面前で子供に怒鳴りつけられるだなんて、こんな屈辱があると思うか?」


 そう言いながらオッフェンは、クラスナの体に上から下まで視線を這わせ、さらには後ろに控えていたセルフィーにも視線を向けた。


「この落とし前は、きっちりと付けてもらわなくちゃなぁ……」


 そうして、男のオレから見てもいやらしい笑みを浮かべる。取り巻きたちも同様に。


 ……くっそ。


 だからクラスナが来る前に、オッフェンをやり過ごしたかったのに。


 クラスナとセルフィー、二人の容姿を見れば、オッフェンが食いつかないわけないのだ。


 クラスナはたぶん未成年だから、オッフェンの食指は動かないかと思ったのだが……どうやらヤツはロリコンらしい。


 だが対抗するにしても魔法士は対人戦闘──とくに個人戦にはめっぽう弱いから、街の裏で奇襲でもされたら、オレたちでは太刀打ちできない。


 だというのに、クラスナはとんでもないことを言い出した。


「いいよ。なら模擬戦で落とし前を付けましょう」


「はぁ!?」


 オレは驚いてクラスナに言った。


「キミ、何を言っているのか分かっているのか!?」


「もちろんだよ」


「ヤツは高レベルの斧使いなんだぞ!? 近接戦闘で勝てるわけが──」


「問題ないよ。こんなヤツ、わたしには指一本触れられないから」


「へぇ……?」


 クラスナのあからさまな挑発に、オッフェンは怒気を発散して口元を吊り上げる。


「過信が過ぎるお嬢ちゃんには、力の差というのを見せつけてやらないとな」


「安心しなさい。力の差を思い知るのはあなただから」


「はっ! 笑わせてくれる。なら、そこまで言うなら賭けをしようじゃないか」


「いいわよ。何を賭けるの?」


「ちょ!? 待て待て待て!」


 ヒートアップする二人を止めようとするが、もはや完全にスルーされてしまう。


 オッフェンは凄みを聞かせながらクラスナに言った。


「そうだな。その後ろの女と、あと……ついでにお前も、オレの女になってもらおうか」


「オッフェン! お前やっぱりロリコンだったのか!!」


 オレのやけくそ気味なツッコミに、オッフェンはにわかに顔を引きつらせて反論してくる。


「ついでだと言ってるだろーが!」


 身勝手なオッフェンとはいえ、ロリコン扱いされるのは心外なようだ。


「本命はあっちの女だ!」


 オッフェンが指差したセルフィーは、嘆息付くと愚痴をこぼす。


「まったく……クラスナに付き合っていると、いくつ貞操があっても足りませんね」


 どことなく卑猥な物言いように、クラスナは若干顔を赤らめた。


「足りないって……わたしが負けたことなんてないでしょ」


「気分の問題です」


「もぅ……悪いとは思ってるよ……」


「反省しても改善しなければ意味がないのですよ」


「うぐ……」


 クラスナをやり込めたセルフィーだったが、意外にもあっさり、賭けの対象になることを承諾する。


「いいでしょう。もしクラスナが負けたら、わたしと、あとついでにクラスナも、あなたの好きにして構いません」


 オッフェンは口笛を吹き、オレは釈然としない気分で口を挟んだ。


「な、なぁ……おまいらって……いつもそうやって体を張ってるわけ……?」


 オレが若干引き気味なのに気づいたのか、クラスナは慌てて言ってくる。


「い、いつもじゃないよ!? たまにだよ!」


「たまにあるだけでも、十分アレなんだが……」


「そ、そんなこと言ったって……」


 クラスナが真っ赤になってうつむいてしまうので、代わりにセルフィーが答えてきた。


 まったく恥じらう様子もなく飄々と。


「自分で言うのもなんですが、わたしたちの容姿は大変美しいですからね」


「ほんと、自分で言うなって話だが……」


 ……でもまぁ、認めざるを得ないが。


 オレのツッコミはスルーされて、セルフィーは話を続ける。


「さらに女性だけで冒険者パーティをやっていると、常に体を狙われるのですよ。わたしたちが狙って仕掛けているわけではありません」


「まぁ……そう言われてみればそう……だっけ?」


 でもオレの時は、自分から言ってこなかったか?


 そんな疑問が脳裏をかすめたが、オッフェンの声に掻き消された。


「おいおい、対戦相手を無視するんじゃねぇよ。話はまとまったんだな?」


 クラスナとセルフィーは、オッフェンに向かって頷く。そしてクラスナが言った。


「あなたが負けたら、カルジに謝ってもらうからね?」


「構わんよ? そんなことには絶対ならないけどな……くくく、楽しみだ」


 すでに勝った気でいるらしいオッフェンは、相変わらずのいやらしい笑みを浮かべていた。

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