第18話 あの子、カルジに水着を見られるのが恥ずかしいんですよ

「なんで……南国リゾート……?」


 カッと照りつける太陽に手をかざし、オレはぽつりとぼやく。


 どこまでも広がる青空の向こう、水平線付近に入道雲が見えるが、おそらく天気の心配はないだろう。圧倒的に広がる大海原もオレを感嘆させる。その海から吹き込む潮の香りも心地よかった。


 王都ではまだ春先で、ようやく冬の厳しさが和らいできた時季だったというのに、このビーチでは太陽光が肌を焼いていく。その熱気を大きく吸い込むと、喉や肺まで焼かれてしまいそうだ。


 そんな美しくも焼けそうなビーチには、しかし人っ子一人いない。浜辺に打ち寄せる波が潮騒を奏でるだけで、あとは時折、カモメが鳴くくらいだ。


「あっちぃ……これは、早くパラソルを立てないと死んでしまうな……」


 オレはその作業を始めながら、昨夜から今に至るまでのことを振り返っていた。


 昨夜は歓迎会をしてもらい、なんだかんだと夜も更けてしまったので、クラスナの家に泊まることになった。


 女子の家に泊まるなんて初体験のはずなのに、あんなにバカでかい豪邸では、

女子の家というより高級ホテルみたいだったので、あんまり感動はなかった。


 だからとくに何もなく朝を迎え──いや、何事かあったらそれはそれでマズイのだが何もなく、あらかじめ聞いていた食堂に出向くと、今日から修行を開始するという。


 そして、クラスナ邸内に設置されていた転移魔法装置に入ってみれば……一瞬で南国リゾートに来ていた。


 もはや驚くのもバカらしいが、転移魔法だなんて王族と一部貴族でもなければ使わないぞ? 超レア魔法を体験できたというのに、もはやさほど感動はなかった。驚き過ぎて感覚が麻痺してきたのかもしれない。


 南国に到着後、クラスナとセルフィーは着替えに行っている。なんの着替えかは分からなかったが水着になるつもりだろうか? 修行にきたはずだが……


 オレも海パンを渡されたので、今はそれを履いて、上から薄地のパーカーを羽織っている。


 パラソルとシートを設置し終えたちょうどそのとき、セルフィーの声がした。


「ありがとうございます。パラソルを立てて頂いて」


 オレがパラソルから顔を覗かせると、そこにセルフィーが……立っていて……


 真っ白な肌に、ネイビーのビキニがとてもよく映えていて、オレは思わず硬直してしまった。


 するとセルフィーは、ため息交じりに言ってきた。


「わたしの水着姿を凝視するなんて、カルジさんは本当にエッチですね」


「あ、いやそのこれは……!?」


 オレは慌てて、心が洗われる水平線へと視線を逸らす。そんなオレにセルフィーが囁いてくる。


「別に見ても構いませんよ? 見せるために着ているのですから」


「そ、そういうわけには……」


 だが言葉とは裏腹に、オレは横目でセルフィーの姿を盗み見てしまう。


 胸元には同じくネイビーのフリルが付いていて、まるで胸の膨らみを覆い隠すかのようだった。しかし胸の谷間は隠れておらず、ふっくらとしている。セルフィーって、スレンダーだと思ってたけど着痩せするタイプなのかな……?


 だがビキニなので布面積は小さく、胸以外の上半身に腹部、そして脚はぜんぶ剥き出しだ。ほっそりとしているのにどこか優しさを感じるその体つきは、もし触れることが出来たなら、もう頭がどうにかなってしまうかもしれなくて……


「……あの、カルジさん。見てもいいとは言いましたが、そこまで凝視するのはいかがなものかと」


「あっ!? わ、悪い……!」


 オレは無意識に、セルフィーをまぢまぢと見上げてしまっていた。パラソルの下から慌てて出てセルフィーに頭を下げると、セルフィーは、いつもの無表情なのに代わりはないが、頬をほんのり赤く染めてうつむいていた。


 オレは、セルフィーからは意識的に視線を逸らしてから言った。


「ところで、クラスナはまだなのか?」


「あの子は……あそこです」


 セルフィーが指差したほうに、一本の椰子の木が生えていて、その幹にクラスナが隠れている。


 オレは首を傾げてクラスナを呼んだ。


「おーい、クラスナァ? なんだってそんな所にいるんだ?」


 オレのその疑問には、後ろのセルフィーが答えてくる。


「あの子、カルジに水着を見られるのが恥ずかしいんですよ」


「……!?」


 オレは何も言えなくなって、思わず息を飲み込む。


 セルフィーを見ると、やっぱりまだ赤い顔つきで言ってくる。


「ちなみにわたしも、思ったより恥ずかしかったです」


「そ、そか……ごめんな……」


 なんと言えばいいのかまったく分からず、オレはとにかく謝ることにした。


「ちょっとそこの二人!?」


 椰子の木の陰から、クラスナが叫んでくる。


「向かい合って楽しげに何してるの!?」


 そんなセルフィーに、クラスナが棒読みで言った。


「あなたがー、こちらにこないからですよー」


「だ、だって……!」


「まぁいいですー、あなたはずっと隠れていてくださいー、基礎トレはわたしでも教えられますからー」


「ちょ、ちょっと待って!?」


 セルフィーのその台詞に、クラスナが慌てて飛び出す。


「カルジはわたしの弟子なんだから、わたしが教えるに決まってるでしょ!?」


 飛び出してきたクラスナの格好は、水着の上に白くて薄地のシャツを羽織っていた。


 水着がうっすらと透けていたり、だぶっとしたシャツだというのに胸元は大きく張っていたり、それに何よりも、下半身は素足のままだから、ある意味……水着だけよりよっぽどエロい。


 オレは溜まらず、視線を青空へと向けた。


「な、なんだって海で基礎トレなんだよ!?」


「そ、それは……」


 クラスナは、シャツの裾を引っ張ってモジモジしている。いやだから、引っ張ったって体は隠せてないし、シャツが張るからボディラインがよけい際立つんだってば!?


 盗み見たらクラスナにバレる、とは分かっているのだが、オレの視線はどうしても引き寄せられてしまう……!


 そんなクラスナは、頬を赤らめて言ってきた。


「基礎トレには浜辺が最適だって、セルフィーが言うから……」


 オレがセルフィーに視線を向けて、だがやっぱり鮮やかな肢体は強烈すぎて視線を逸らしたりしていると、セルフィーが言ってくる。


「基礎トレとは、ようは体力筋力の向上です。そのために、気温は高いに越したことはありませんし、地面は砂のほうが怪我をしなくて済むのですよ」


 なんでメイドさんが基礎トレのことを知っているのか、オレは訝しがって念押しで問うた。


「本当か……?」


「いえ本当は、クラスナがあなたを水着で悩殺したがっていたからです」


「そんなこと言ってないんだけど!?」


 冗談だとは分かっているのだが……オレはなんとなくクラスナを見ると目が合って、お互いすぐに視線を外してしまった。


「まったく……あなたたちは……」


 それを見ていたセルフィーがため息をつく。


「初等部の子供ですか?」


 そ、そんなことを言われても……


 オレは反論することすらできず、しばし押し黙るしかなかった。

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