第17話 感動のあまりちょっとウルッときた

 エントランスでの雑談が長くなってしまったが、その後オレは歓迎会会場に案内される。


 会場は、なんとクラスナの私室だという。


 その私室に入ると、なんとなくいい匂いがした……気がする。


 私室といっても、オレが住むボロアパートの十数倍は広い部屋で、各種料理が並んでいるダイニングテーブルのほかに、ソファとローテーブルがあり、その奥に天蓋付きのダブルベットもある。


 壁にはいくつかの扉があるが、おそらくクローゼットやバスルームだろう。


 家具などは、パステル色の調度品でまとめられていて、要所要所にぬいぐるみが飾られていた。


 女性の部屋に入るのだなんて初めてだから比較はできないが……たぶん大変に可愛らしい部屋だった。


「えっと……なんでクラスナの私室?」


 オレのその疑問に、クラスナが答えてくる。


「いやその……今日は三人だけだし、そうするとイベントホールじゃ閑散としちゃうから」


 なんとなく恥ずかしげな感じのクラスナなのだが、私室を見られるのが恥ずかしいのだろうか?


「なら客室とかなかったのか? 部屋はたくさん余ってるようだけど」


「だ、だって! セルフィーが、こういうのは私室で行うものだって!」


 その台詞を受けて、セルフィーが大きく頷いた。


「普段使われていない客室では味気ないでしょう? こういうのは、アットホーム感がいいのですよ」


「そ、そういうものか……?」


 オレは幾分気後れしつつも着席する。


 テーブルに並んでいる料理は、どれもこれも美味しそうなものばかりで、オレの腹が小さく鳴った。


 料理を眺めているとセルフィーが言った。


「もっと凝ったものも作れるのですが、今日は急だったこともあって簡単なものになりました」


「作れるって……これ、セルフィーが作ったのか?」


「ええ。この家にはわたし以外のメイドや使用人も多くいますが、クラスナが食べる料理はわたしがすべて作ります」


「そうか。いや、十分に凄いよ。ありがとう」


 オレが素直にお礼を述べると、クラスナが手を上げてくる。


「ハイハイ、わたしも手伝ったからね!」


「へぇ、そうなのか。クラスナはお嬢様っぽいけど、でも実家はパン屋だったよな? なら料理も得意ってことか」


「ま、まぁね?」


 大きな胸をぐいっと張るクラスナだったが、その表情は微妙に強張って見える。するとセルフィーが言ってきた。


「手伝ったとは言っても、野菜を洗ったり、調理器具をセットしたりですが」


「う……でも手伝ったことにかわりないじゃんっ」


「ええ。だいたい五歳児が母親を手伝うような感じでしたね」


「も、もぅ! それは言わない約束だったでしょ!?」


 ……どうやらクラスナは、料理についてはあまり得意じゃないらしい。


 オレが苦笑していると、クラスナが仕切り直しと言わんばかりにグラスを掲げた。


「とにかく、今日はカルジの歓迎会なんだから。楽しく食べましょ?」


「ああ、二人とも本当にありがとう。二人の期待に応えられるよう、これからがんばるよ」


 そしてオレたちは乾杯をして食事を始める。


 久しぶりにアルコールを入れたが……この葡萄酒、めちゃくちゃ上手いな。料理も見た目通りに美味しいし……こんなに満たされた気分になったのはいつぶりだろうか?


 なんだかちょっと泣けてきたわ……


 そんなオレの感情が表情に出てしまったのか、クラスナが心配そうに言ってくる。


「もしかして、あんまり好みじゃなかった……?」


 そう言われて、オレは慌てて首を横に振った。


「いやいや、そんなこと全然ないよ。こんなに美味しい料理と酒と、それに歓迎会までしてもらって、感動のあまりちょっとウルッときてた」


「ふふ、カルジってば大袈裟なんだから」


 いや本当に、大袈裟でもなんでもないんだけどな。でもこんな場面でしんみりしては決まりが悪いので、オレは気を逸らすべく雑談を始めた。


「それにしても凄い屋敷だよな。クラスナが買ったのか?」


「うん。本当は普通の民家が欲しかったんだけど、ほらわたし、色々と研究もしてるじゃない? だから防犯のしっかりした家にしなくちゃで、そうしたら一番小さいのでここしかなくて」


「な、なるほど……さすが王都と言ったところか」


 ティルス王国王都は、1000万人もの人間が暮らす巨大都市だ。王国の中枢を担う官公庁があるのは元より、治世を司る中央貴族、そして何より王族が住まう都市だから、その不動産価格たるや莫大なものになる。


 ということは、それに見合う敷地と建物にもなるわけだ。


 これほど広いと、防犯対策は逆に大変になりそうな気がするが、大規模な魔法設備を導入しているのだろう。


 魔法設備を入れるには民家では狭すぎるが、大きな敷地になればなるほど設備も巨大化する。なんとかバランスを取れたのがこの邸宅といったところか。


 オレはふと気になってクラスナに聞いた。


「クラスナは、どんな魔法研究をしているんだ? あ、もちろん詳細に聞きたいわけじゃなくて、差し障りのない範囲で構わないんだが」


 魔法研究の内容は、どんな研究者だろうとトップシークレットだ。今日パーティに入ったばかりのオレに、雑談がてら話すことではなかったかな……?


 オレはつい言ってしまってから後悔したが、クラスナは困った様子も見せずに答えてくる。


「今は、魔法具の量産についてだね。これが出来れば、より安価な魔法具が市場に出回って、平民でも手が届くようになると思うの」


「量産って……まぢか。具体的にはいくらになる見積もりなんだ?」


「ものにもよると思うけど……例えば、わたしが開発した魔法の一つに洗濯魔法というのがあるんだけど」


「せ、洗濯魔法?」


 聞き慣れない魔法に、オレはぽかんとする。


 オレのそんな反応が面白かったのか、クラスナはクスリと笑ってから話を続けた。


「水と風の魔法で水流を起こして、衣類をこう、ぐるぐるっと回して洗うの。そうするとすぐ綺麗になるんだよ」


「へぇ……そんな魔法、オレには思いもよらなかったよ……」


「まぁ普通、魔法は軍事利用するものだからね。それでその魔法を込めた魔法具を作ったとしたら……わたしの希望としては、どんなに高くても10万ペルくらいに抑えたいところね」


「10万!?」


 10万ペルは、庶民にとっては決して安くはないが、とはいえ手が出ない価格でもない。洗濯板でゴシゴシあらう重労働を考えたら安いくらいだろう。


 そもそも、冒険者たちが使う武器の魔法具ともなれば1000万ペルは下らないのだ。それが日用品とはいえ10万ペルとは破格の安さだ。


 いや……そもそもを言えば魔法具を日用品として捉えること自体、魔法大学院の教授たちだって考えたことすらなかったのではなかろうか?


 オレは唖然としながらクラスナに聞いた。


「そ、そんなに安く魔法具を作れそうなのか?」


「んー、どうだろ? 試行錯誤の繰り返しだけど、最近ようやく、道筋が見えてきた感じかな」


「そ、そっか……いずれにしても凄いな……」


 弱冠17歳の高等部生だというのに、すでに魔法の研究と開発に乗り出しているのだ。脱帽するほかない。


 きっとクラスナは、今の開発話以外にも、様々な開発を手がけてきたのだろう。そりゃカネに困ってないのも、こんな邸宅に住んでいるのも頷ける。


 戦闘も開発も出来て、おまけにこんな美少女だなんて……神様はえこ贔屓が好きなのか?


 オレはため息交じりにぼやくしかなかった。


「いやほんと、クラスナはいったい何者なのか……」


「ただのパン屋の娘だってば」


「本当に? 生まれ落ちたのは平民だったかもだけど、もしかしたら伝説の勇者か何かかもだぞ? 伝説によれば、勇者は血筋とか関係ないらしいし」


「うー……それはヤだから遠慮しておくよ」


 心底ゲンナリしているということは、オレの他にも誰かに似たようなことを言われたのかもな。宮廷魔法士のスカウトが来るくらいだし。


「あ、そうだ」


 クラスナは、人差し指をぴっと立てると言ってくる。


「伝説の勇者には、カルジがなってよ」


「はぁ? 何を言ってるんだ?」


「だってこれからわたしがカルジを鍛えるんだよ? そうしたら断トツで強くなるでしょ? ならわたしの代わりに勇者にだってなれるじゃない」


「いやいやいや……オレは、自分の生活で手一杯の人間だぞ? そんなのが勇者とかなれるわけないじゃん」


「修行して強くなれば生活なんてすぐに潤うよ。ま〜あ? わたしに勝てるかどうかは怪しいけどね?」


「まったく勝てる気がしないが……精々、見放されないようがんばるさ。あ、そうだ」


 オレはふと思い出して話題を変える。


「オレの職種は歩荷のままなんだが、魔法士に戻したほうがいいか?」


 昨日の今日で再び職種を変えるのは、リセプに手間を掛けさせてしまうが、修行に影響が出てしまうなら致し方ない。


 するとクラスナが言ってきた。


「アビリティカートを見せてもらってもいいかな?」


 オレはアビリティカードを手渡すと、クラスナはすぐさま言ってくる。


「う、う〜ん……これは……とりあえず歩荷のままでいいかな……」


 眉間にしわを寄せられたので、オレは一抹の不安を覚えて聞き返した。


「えっと……何かまずい点でもあったか?」


「まずいというか……なんというか……」


 クラスナが言い淀んでいると、セルフィーがオレに「わたしも見て構いませんか?」と聞いてきたのでオレが頷く。


 そしてセルフィーがオレのアビリティカードを一瞥してから、ため息交じりに言ってきた。


「これは……運動系パラメータが壊滅的ですね」


「う……」


 痛いところを突かれて、オレは思わず呻き声を上げる。だがセルフィーは容赦なく言ってきた。


「カルジさん……この運動系のパラメータでは、ただの職人や商人にも負けてますよ?」


「ま、まぢか……」


 職人は体を使って仕事することが多いし、商人だって、行商とかでよく出歩くもんな。魔法士とはいえ戦闘員のオレが、非戦闘員にまで劣ると言われては返す言葉もない。


 肩を落とすオレに、クラスナは苦笑しながら言ってきた。


「まぁ……典型的な魔法士ってことよね、カルジの場合。どうせ移動中も、魔法を使ってラクしてたんでしょう? MPマジックポイントの訓練になるとか言い分けして」


 冒険者の移動は、近場だと徒歩が基本になる。徒歩とはいえけっこう体力を消費するので、オレはもっぱら魔法で歩行を補助していたのだ。


 その結果、かなりの距離を歩いているのにもかかわらず、デスクワーク並みの脚力になっていた。


「……ご明察の通りです……」


 ぐうの音も出なくなったオレに、クラスナは小悪魔的な笑みを浮かべる。


「ふふ……これは基礎トレからじっくり修行する必要があるね。だから当面は歩荷のままでいいよ。その方が運動系パラメータを把握しやすいし」


 図らずも、ギルドでリセプに受けた忠告と同じ事をオレは言われたのだった……




(作者の歩数もヤバイですが明日も座りっぱなしでつづく)

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