第16話 だ、だから……そうやって屈むから胸の谷間が……

 オレがクラスナの冒険者パーティに参加したその夜に、クラスナの家で歓迎会を開いてくれるという。


 どおりで夕食の買い出しが多かったわけだ。


 夕食までにはまだ時間があったのと、歓迎会の準備をする必要もあるとのことで、オレはいったん自宅アパートに帰ってから、クラスナの家に出向くことになった。


 オレも歓迎会の準備を手伝うと申し出たのだが「主賓に手伝いなんてさせられないよ」とのこと。


 冒険者パーティに度々編入し、そして追放されてきたオレだったが、歓迎会なんて開かれたことはなかった。パーティ参加したら当日からクエストか魔獣討伐、という流れだったしな。


 とんでもないスキルを無償で教えてくれることになり、実力差があるにも関わらずパーティ編入も許可してくれて、しかも歓迎してくれる二人は美少女と美女で……そんなわけでオレは大変に感激していた。


 何より嬉しいのは、当面の資金繰りに目処がたったことだろう。クラスナが提示してきた給金は破格すぎたので、オレが減額を申し出たほどだった。減額したとしても、借金返済に充てても十分生活できるほどの額なのだから。


 なんだかもはや出来すぎた話に、オレは頭がクラクラしていた。


(昨日まで絶望感に打ちひしがれていたってのに……人生分からないものだな……)


 そんなことを考えながら、オレは、教えてもらったクラスナの家へと歩いて行く。


 そして、王都の繁華街を抜けてしばらく歩いた地区にクラスナの家はあった。


 家……というよりも豪邸が。


 人の背丈の三倍はある外壁の柵は、エンドレスに続くかのように思えた。柵の向こうには樹々が生えていてまるで森のようだ。その森の隙間から、ちらちらと豪邸が見える。


 オレは唖然としながらも柵の横を歩き続け、やがて正門に辿り着いた。正門には門番までいて、とても平民の住まいとは思えない。


 いやしかし、クラスナは宮廷魔法士に召し上げられてもおかしくない逸材だし、お金もふんだんにあるみたいだったから、貴族となんら変わらない生活であったとしても不思議じゃない。


 オレは気後れする気持ちを抑えて、門番にクラスナと自分の名前を告げる。すると門番は愛想よく言ってきた。


「はい、伺っております。どうぞこちらへ」


 そうしてオレは正門をくぐる。


 左右対称の前庭は見事に剪定せんていされて調和に溢れていた。噴水があり、色とりどりの花があり、樹々の形も整えられ、その優雅さに目眩を感じるほどだ。きっと、何か有名な様式なのだろう……オレにはまったく分からないが。


 正面には五階建ての豪邸がそびえている。王国の迎賓館もかくやというほどに立派だし(まぁ迎賓館なんて見たこともないが)、いったい何百人の人間が寝泊まりできるのだろうか?


 その豪邸中央正面にある両開きの扉も、実用性が乏しいと思われるほどに巨大だ。門番が二人がかりで引っ張っている。


 扉が開かれると、これまた豪奢な邸内だった。


 五階分ぶち抜きのエントランスには巨大なシャンデリアが下げられていて、あれが落ちてきたら即死だろう。床は大理石で、正面には階段が配置され、金縁のレッドカーペットが階段に向かって伸びている。


 そしてその上、ちょうど階段の中程に、クラスナとセルフィーの姿があった。


「あっ、カルジ!」


 クラスナは手を振って階段を降りてくる。


 クラスナは、さきほどまで着ていた魔法士装備はすでに外していて、略式のドレスを着込んでいた。白を基調とした袖のないドレスには凝った刺繍が施されていて、華奢な肩の上には薄地のショールが掛けられている。


 なんというか……あまりの美しさに、頭がどうにかなってしまいそうだ。


 クラスナがオレの目の前までやってくると、少しモジモジしながら言ってくる。


「ちょっとオシャレしてみたんだけど……どうかな?」


「あ、ああ……とてもよく似合っている」


「そう……よかった!」


 クラスナが安堵したかのような笑顔を向けてくるものだから、オレの心臓は跳ね上がる……っていうか!


 オレはティーンの女の子相手に、何をドキドキしているんだ……!?


 またさっきのようなエロい視線を送らないよう細心の注意を払い(だからクラスナの胸元は絶対に視界へと入れないよう気をつけているがしかしドレスはボディラインを強調するかのようなデザインだし視線を逸らしたってあの大きさだと視界の隅に入ってしまう、ってそうじゃない!)、オレはセルフィーに視線を向ける。


 セルフィーもドレスアップしていて、紫色で大人な感じの配色だった。しかもシースルーの多いドレスで、それだけでも目のやり場に困るというのに、短いスカート丈なのが破壊的な威力を生んでいる。


 そんなセルフィーが、大した感情もこもらない声音で言ってきた。


「カルジさん、女性がせっかく着飾っているのです。もうちょっとこう、褒め言葉に気を使えないんですか?」


「と、とは言っても……すごくよく似合ってるとしかいいようが……」


「はぁ。これだからガリ勉クンは……」


「わ、悪かったな」


「そんなでは、学生時代もさぞモテなかったことでしょうね?」


「ぐ……」


 痛いところを突かれて、オレは顔を引きつらせてしまう。


「あのなセルフィー……学生の本分は勉強だ。とくにオレはそうだったわけで、学校や学生主催のイベントには参加してなかったんだから仕方ないんだよ」


「へぇ……そうだったんだ?」


 オレの言い分けに、クラスナがこちらを覗き込むように言ってくる。


 だ、だから……そうやって屈むから胸の谷間が……


「ということはカルジって、学生時代もカノジョいなかったんだ?」


「学生時代ってなんだよ!?」


「現在進行系でいないんでしょ?」


「ぬぅ……それは……そうだが……そもそも、恋人がいるということに優劣を付けるのが間違っているわけであって、気の合う相手がいないのなら無理にくっつかなくてもいいはずだからして……」


 オレがまっとうな意見を述べているというのに、クラスナはそれを遮ると、クスクス笑って言ってくる。


「それはそれはご愁傷サマ? これからイイヒト見つかるといいね♪」


「余計なお世話だっつーの……」


 オレに恋人がいないことが、そんなに嬉しいってか?


 冒険者は野郎だらけだし、とくにオレは日々の生活だけで精一杯だったんだから仕方がないじゃないか。


 なんだかちょっと悔しくなってきたので、オレは言い返す。


「っていうかクラスナはどうなんだよ?」


「……へ?」


「本業は学生なんだろ? そこまで言うのなら、カレシがいるんだろうな?」


「そ、それはまぁ……そうかもね……?」


 まるで誤魔化すかのような態度だったが、だがオレはすぐに気づく。


 なんと言ってもこれほどの美少女だ。例え勉強ばかりしていたとしても、周囲が放っておくわけないか。高等部は男女別学だが敷地は同じだし、まったく交流がないわけではない。


 修学旅行を筆頭に、学園祭や体育祭などの各種イベントでは男女混合になるのだ。高等部時代、学友が血眼になって女子に声を掛けていたのを思い出す。


 だからオレは、ため息まじりにつぶやいた。


「まぁ、クラスナほどの容姿だ。そりゃあカレシの一人や二人、いるのも当然か」


「ふぇ……!?」


 オレの独り言に、クラスナが素っ頓狂な声を上げる。


 オレは首を傾げてクラスナに尋ねた。


「学校のイベントは、今でも男女混合になるんだろ? だったらそこで声を掛けられ放題じゃないか」


「ま、まぁ……それはそうなんだけど……」


「クラスナの事だから大丈夫だとは思うが、あまり妙な男に付いて行くんじゃないぞ?」


「う、うん……」


 クラスナがどことなく不服そうにしていると、セルフィーが言った。


「クラスナ。ここは正直になっておいたほうが、後々のためだと思いますが?」


「の、後々ってナニかな!?」


「カルジは朴念仁なのです。勉強ばかりしてきた後遺症なのでしょう」


 後遺症って……なんでオレが批判されるのか、さっぱりなのだが……


 しかしクラスナはなぜか納得したような、それでいて困ったような顔つきになる。だからかセルフィーが話を続けた。


「なんならわたしから説明しましょうか?」


「ちょ、そ、それは……!?」


 クラスナはいっとき逡巡するが、すぐオレに向き直って言ってきた。


「い、いないよ……」


「え?」


「だから! カレシはいません!」


 頬を膨らませてそんなことを言ってくるクラスナにオレは──これほどの可愛らしさだというのになぜ誰も言い寄らないのか? と心底驚く。


 だからつい言ってしまった。


「キミ、性格によほど難があるんじゃないか?」


「カルジに言われたくないよ!?」


 オレは至極まっとうのつもりなのだが……


 なぜか矛先がこちらに向いてしまうのだった。

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