第10話 カルジさん、最近ちょっとお腹が出てきましたし?

「え……転職、ですか?」


 ギルドの相談室に案内されて、オレが要件を切り出すと、リセプは目を丸くした。


「でもカルジさんは……魔法士なんですよ?」


「もちろん分かってるさ」


 剣士が槍使いになったり、弓使いが魔銃士になったりはちょくちょくあるのだが、魔法士の転職はオレ自身も聞いたことがなかった。


 その理由は、第一に、身体能力が低いので代替の冒険者職業がないこと。


 第二に、魔法士たちはプライドが高いので、他の職業になるなんて望まないこと。


 考えてみれば、この王都のギルドは大規模だから、オレ以外にも魔法士は十数名出入りしていた。だが今はオレ一人になっている。


 あまり口を利いたことはなかったが……あの魔法士たちは、今どこで何をしているのだろうな。


 オレが昔のことを思い出していたら、リセプが怪訝な顔をして聞いてくる。


「なら、いったいなんの職業に転職するというんです?」


「歩荷になろうと思ってる」


「……え?」


 リセプは、驚きのあまり二の句が継げなくなったようだ。


 だからオレは苦笑しながら、ツィロに言われた元魔法士歩荷の利点を説明する。


 一通り説明を聞き終えると、リセプは戸惑いながらも言ってきた。


「なるほど……確かに言われてみれば、そういった利点はあるかもしれません」


「ああ、オレも盲点だったよ」


「ですが歩荷はサポーターなので、これまでより報酬はずっと下がってしまいますよ?」


「そうかもな……だがそこは、歩荷としての能力と、あとは交渉次第だと思ってる」


 歩荷のようなサポーターは、魔獣と直接戦うわけではない。魔獣の魔力は、トドメを差した人間に集まるから、そうなるとサポーターは稼ぐ手段がなくなるわけだ。


 盗賊や冒険商であれば、戦闘以外で稼げるかもしれないが、歩荷はその手立てが一切ない。


 だからサポーターは、戦闘員の報酬を分けてもらうことで生計を立てる。サポーターの貢献度に対して、どの程度の分け前とするかはパーティ次第だ。


 例えばダンジョンを得意とするパーティなら盗賊を厚遇するだろうし、荷物が多い大規模パーティなら、歩荷の報酬体系もきちんとしているだろう。


 避けたいのは戦闘系の小規模パーティだ。まさに、ニックたちのパーティのような編成だとサポーターの採用は難しい。サポーターを守る人間がいないからだ。


 だからオレはリセプに聞いた。


「歩荷を複数採用しているパーティで、欠員増員はないかな? あと出来れば、魔法士のレベルを考慮してくれるパーティがいるといいんだけど。歩荷になったからといって、魔法が使えなくなるわけじゃないからな」


「……調べないと分かりかねますが……でも……」


 リセプは、オレの目をじっと覗き込んでから話を続けた。


「カルジさんは、それでいいんですか……?」


 少し気の強そうなリセプの瞳は、どこか悲しげな光を宿している。


 そんな目で見つめられたら、決心が揺らいでしまうな。


「いいも何も、食い扶持を稼ぐのが最優先だからな。だがもちろん、魔法士を諦めるつもりはないぞ? 歩荷をやってる間は、とある人間に師事しようかと考えてる。特異なスキルを持っててな。それを習得すれば、また魔法士として活動できるかもしれない」


 正直、クラスナに師事するか否かはまだ迷っている。そもそも彼女たちの素性も知らないし、オレがスキルを身につけられる確度はどの程度なのか、危険はどれほどなのか、分からないことだらけだ。


 だから腰を据えて話し合う必要があるだろう。先ほど、今日の午後にギルドで合うことになったからそれ次第だ。


 だがいずれにしろ魔法士を諦めていないのは本心なわけで、リセプはそこに納得したようだ。


「そうですか……分かりました。ではアビリティカードをお預かりします。午後には書き換えができると思いますので、受け取りに来てください」


「ああ、分かった」


 そうしてオレはアビリティカードを取り出すと、リセプに手渡した。


 転職は、アビリティカードとギルドの登録を変更するだけなので、それほど大したことではない。転職前に得た能力は転職後もそのままだ。元の職業に戻りたい場合もすぐ戻れる。


 だがギルドに申請して周知させておかないと、冒険者同士で協力しあったりする際に何かと支障が出るのだ。


 だからオレは、歩荷になった自分がどうなるのかが気になって聞いた。


「歩荷として、どのくらいのレベルになると思う?」


 興味本位で聞いてみると、リセプは、オレの魔法士としてのパラメータを見つめながら言った。


「魔法系のパラメータはさすが、といったところですが……歩荷は体が資本の職業です。そこが……その……なんというか……」


「分かってるさ、低いんだろ?」


「え、ええ……ですのでおそらくは、レベル20前後に戻るんじゃないかと」


「そっか。ほぼ振り出しだな」


 アビリティカードは、冒険者の能力が記された魔法具だ。


 元は、敵能力を分析するための魔法だったのだが、これを応用して、自分自身の能力値把握に使われるようになった。


 このカードのおかげで、冒険者たちは無謀な討伐やクエストを控えるようになり、死亡率がぐんと下がったのだ。


 だがその反面、能力が一目瞭然となってしまったので差別の温床にもなっている。


 このギルドにも能力値の高さを笠に着て、横柄な態度を取る輩がけっこういるしな。


 ギルドの内情を思い返しオレがゲンナリしていると、リセプが真剣な面持ちで言ってきた。


「というか運動系のパラメータがこれでは、レベル20だったとしても歩荷としての活躍は難しいですよ?」


「う……そうか……」


「歩荷に転職する前に、基礎トレーニングをおすすめしますね」


「嫌いなんだよな……基礎トレ……」


「いい機会じゃないですか。カルジさん、最近ちょっとお腹が出てきましたし?」


「うぐ……」


 オレはうなだれながらも「分かったよ……」と頷く。リセプはにっこりと笑って「ファイトですよ」と言った。


 運動系の低さを改めて指摘されて、オレは自身のパラメータを思い出す。


 アビリティカードを読み解くには、レベルとランクの意味合いを知っておく必要がある。


 まずレベルとは、冒険者ギルドが定めた一定の水準を超えることによって上がる。


 腕力・体力・魔力・敏捷性などの各種パラメータが一定基準を超えたらレベルアップする。つまり絶対評価なのだ。


 そしてどのパラメータが増えたらレベルアップするのかは職業によって違う。魔法士は、魔法系パラメータが高ければ、運動系パラメータが低くてもレベルがあがるのだ。だから魔法士としてのオレのレベルは43だった。


 しかし歩荷は、運動系パラメータが重視される。だから転職時にレベルが下がってしまうというわけだ。


 レベルの基準としては、レベル20で駆け出しと見なされて実戦に出られるようになる。レベル40以上であれば歴戦の冒険者と言っても過言ではないだろう。レベル60にでもなれば、王国軍の将軍クラスにスカウトされてもおかしくはない。


 現在、最高レベル保持者と言われているのは、ティルス王国軍の総大将で、レベル70に到達しているのだとか。ちなみにギルドが定めたレベル上限は99だ。


 いずれにしてもオレは、歩荷としては駆け出しになるわけだが、しかしそれは、魔法系パラメータが高いから20にとどまっていられるだけで、いざ現場に出てみれば、運動系パラメータが低いがために使い物にならない恐れがある……リセプが言っているのはこういうことだ。


 だからレベルだけを見ていると、命取りになりかねないのだ。レベルを基準としながらも、各種パラメータを読み解かないと、戦場で死んでしまうかもしれない。今回の場合は基礎トレが必要というわけだ。


 オレが基礎トレに思いを馳せてウンザリしていると、リセプはさらに言ってきた。


「それとランクのほうですが……今は最低ランクのEですので……」


「ぬぐ……」


「こうなると、どう交渉しても最初の報酬は安くなると思います」


「ぬぐぐ……」


 オレはぐうの音も出なくなり、呻くしかなくなった。


 アビリティカードは、レベルとパラメータの他にランクという指標がある。


 これはSS・S・A・B・C・D・Eの7段階で現されていて、SSが最高で、Eが最低ランクだ。算出方法は標準偏差とのことで、ランクBが標準で人数が最も多い。


 昔はレベルとパラメータの指標のみだったのだが、ここ数年で新たに導入されたのがこのランクだった。


 何を測っているのかと言えば、一言でいえば貢献度だ。


 どれだけクエストをクリアしたのか、魔獣討伐をどれほどやったか、有益な魔法やスキルを編み出して広めたか……そういった外部指標を元に算定される。


 レベルが自分自身の評価であるのに対して、ランクは外部からの評価といったところだ。


 そもそも冒険者はパーティを組んで活動する。そうなるとチームワークやコミュニケーションも大切になってくる。そういった連携がとれていないと高難易度のクエストはクリア出来ない。


 だがパラメータで筋肉量を算出することはできても、目に見えない価値は計れない。


 その結果、レベルとパラメータだけを鵜呑みにして先走る冒険者が続出したのだ。元々冒険者になる連中だから、血気盛んな若者が多いことも拍車が掛かった。


 そうして、いったんは落ち着いた死亡率が、あるときから右肩上がりになってしまう。


 そこで導入されたのがランク制度だった。


 このランクにより、誰にどの程度のクエストを依頼してもいいのか、ギルドは判断しやすくなった。これがギルドの影響力を高める要因にもなったのだが。


 いずれにしろ、ランクによって死亡率は再び下がって現在に至っている。


 それとランクは相対指標なので頻繁に上下する。レベルは、転職でもしない限り落ちないが、ランクの場合は、例えば他の誰かが圧倒的に活躍すると落ちることがあるし、無論、冒険者を長らく休んでいたら落ちていく。ちなみにパラメータは肉体の衰えで落ちる。


 さらにランクは、リセプが言った通り、パーティ編入の際にも活用されるようになった。貢献度の目安になるわけだから、高レベルでもランクが低いということは、何か、目に見えないを抱えてると思われてもやむナシなのだ──


 ──つまり、オレのことだが。


 オレは盛大なため息をついた。


「贅沢は言ってられない……ランクもレベルも、これからがんばって上げるさ。今は、どこかのパーティに入れるだけでもありがたいから」


「そうですか。でもカルジさんの希望に添えるようなパーティを、できるかぎり捜してみますね」


 そしてにっこり笑ってくるリセプに、オレは言った。


「いや……今心当たりがないなら、パーティ編入希望の掲示をしてくれるだけでいいよ」


「え……でも……そうしたらカルジさんは……」


「どうせ、すぐにバレるさ。隠したって意味はないし、出来る限り早くパーティを見つけたいんだ」


「そうですか……」


 リセプは気が進まない顔つきだったが、しかしリセプも様々な仕事を抱えている。たった一人の冒険者のために、彼女が残業をする必要はまったくない。


 それに掲示をしたほうが早く見つかるのは事実なのだ。だからリセプは、笑顔を作って言ってきた。


「分かりました……けど、何かあったら相談してくださいね? 気兼ねなんていらないですから」


 ギルドはパーティ内の揉め事を調整する役割も担っている。サポーターは立場が弱いことが多いので相談件数は多いそうだ。


「ありがとう。何かあったらすぐ相談する」


 そしてオレたち二人は立ち上がって、リセプが言った。


「それでは、このあとすぐ掲示をしますね」


「ああ、助かるよ」


 こうして、魔法士が歩荷になるという前代未聞の転職は、王都の冒険ギルドにあまねく知れ渡ることとなった。




(つづいた)

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