第37話 卑劣な野郎に躊躇う必要はない。徹底的にやってやるさ……!

 リセプとは夜7時に、個室のあるレストランで会うことになった。


 オレはそれまで、オッフェンが立ち入りそうな酒場などを回り動向を探ろうとしたが、ほとんどの酒場はまだ開店しておらず大した収穫もなかった。


 クラスナから実家にも連絡を入れてもらったが、とくに進展はないという。犯人グループからも音沙汰はないので、こちらの動向はまだバレていないと考えたいところだ。もちろん楽観はできないが。


 オレは、レストランで今日一日のことを振り返っていると、少ししてからリセプが個室に入ってきた。


「カルジさん、お待たせしてしまい申し訳ありません」


「…………!?」


 そのリセプを見て、オレは思わず目を見開いた。


「あの……カルジさん?」


 改めてリセプに言われて、オレはハッとする。


「あ、すまない。思わず見とれてた……」


「…………!?」


 今度はリセプが驚いたようで、大きな瞳をいっそう大きくする。


 だからオレは慌てて付け加えた。


「い、いや違うんだ!? 変な意味じゃなくて、普段とまったく違う装いだったから驚いて……」


 普段は、ギルドの制服姿で髪を結い上げているリセプだったが、今は髪を下ろして私服だったから、オレは面食らってしまったのだ。


 女性のファッションには疎いオレでも、ロングスカートとブラウスを基調とした衣服は、春先に合わせられたコーデだということが分かる。派手ではないのに華やかな印象だった。


「もしかして……変でしょうか……?」


「いや全然! よく似合っていると思うぞ!」


 オレが全力で褒め称えると、リセプは小さく失笑した。


「ふふ……カルジさん、必死すぎですよ?」


「す、すまない……気を悪くさせてしまったなら……」


「いえ、そんなことありません。嬉しいくらいです」


 そう言いながらリセプが着席する。


 な……なんだか……よくよく考えてみたらデートみたいでドキドキするな……


 オレは気を落ち着かせつつドリンクを選んで注文すると、リセプから言ってきた。


「それでカルジさん……今日はどうしてお誘い頂けたのでしょうか?」


「ああ……そのことなんだが、ギルド内ではちょっと話にくい内容でな……」


 オレは、クラスナの父親が誘拐されたあらましをリセプに説明する。


 事が重大なだけに、リセプの表情が真剣なものに……いや、なぜかちょっと悲しんでいる?


 だからオレは心配になってリセプに問うた。


「あの……リセプ? どうかしたか?」


「はい? どうか、とはどういう意味でしょう?」


 ……あるいは、ちょっと怒ってる?


 リセプはあくまでも笑顔だったが……オレは戸惑いながらも言った。


「その……こんなことに巻き込んでしまって申し訳ないと思っているわけで……」


「いえ、それは全然構いません。これもお仕事、、、の一環ですから」


 『お仕事』という単語が妙に強調されている……気がする。


 うーむ……やっぱり営業時間外の相談はまずかったか……


 だがオレがそれ以上何かを言う前に、リセプは小さなため息を漏らした。


「ふぅ……本当に、お気になさらず。もちろん最初から分かっていましたから。これがお仕事の話だということくらい……とーぜんですよね……」


「えっと……本当にいつも申し訳ない……」


「全然構いませんから。さて……」


 リセプは咳払いを一つすると、姿勢を正して言ってきた。


「カルジさんのおっしゃることが本当なら、これは一大事ですよ。ギルドとしても、犯罪者を放っておくわけにはいきません」


 調子が戻ってきたリセプに、オレはホッとしながらも頷いた。


「そうなんだが……しかし今のところオレの憶測に過ぎない。それでオレがいなかった間、オッフェンがどうしていたかを教えてほしいんだ」


「なるほど……」


 リセプは少し目を伏せて、つぶやくように言った。


「実は……この一ヶ月間、オッフェンさんもそのメンバーも、ギルドには顔を見せていないのです」


「となると、その間に犯罪計画を練っていたのかもしれないな……」


「ええ……わたしたちギルド職員は、オッフェンさんはほとぼりが冷めるまでギルドに来ないつもりなのだとばかり考えてましたが……クラスナさんに負けたのを恥じて」


「まぁ普通はそう思うよな」


 オレは頷いてから話を続けた。


「だがいずれにしても、オッフェンがギルドに来ていないとなると……奴らの動向は分からないか……」


「いえ、そうでもありません。オッフェンさんは以前から、噂話に事欠かない人物でしたから」


 リセプたちギルド職員は、ある意味で、冒険者の噂話を収拾するのも仕事のうちだ。


 噂を通して得られる情報は、パーティの安否やダンジョン難易度の把握、はたまた問題を起こしそうなパーティメンバーを牽制したりと、様々に使えるという。


 オレみたいに、一ヵ月以上行方をくらませて噂の一つも入ってこないとなれば、それはそれで異常事態と見なせるのだろう。


 そしてリセプが、オッフェンに関する噂を説明し始める。


「オッフェンさんは、王都にはいたようです。なじみの酒場で毎日のように目撃されていました」


「ずいぶんと余裕だな?」


「はい……わたしは最初、クラスナさんに負けたことの憂さ晴らしで呑んでいるのかと思ったのですが違ったみたいで。目撃者によると、ずいぶんと上機嫌だったようです」


「上機嫌?」


「ええ。なんでも近々、まとまったお金が入るなどと、言いふらしていたそうです」


「酔った勢いとはいえ脇が甘いな」


「わたしたちは、たんなる与太話か、あるいは冒険者以外で何か商売でも始めたのかと思っていましたが……」


「オレからしたら、身代金のことを言っているとしか思えないな」


 100億ペルもの金銭が、しかも非課税で入ってくるのだ。子分に配分したとしても、一番下っ端ですら一生暮らしていけるほどだろう。


「ですがカルジさん……もしそうだとしても証拠がありませんよ?」


 リセプのその指摘は、もちろんオレも分かっている。


 酒の席でどんなに大口を叩いたところで、そんな与太話が証拠になるはずもない。


 そもそもシラフのオッフェンは狡猾な男だ。例え失敗したとしても、自分にまで手が回るような状況になることは絶対に避けるだろう。


 例えば、実行犯グループとのやりとりに、数人ほどのメッセンジャーを噛ませておけばオッフェンとの繋がりは薄まるし、最悪、事が露見したときにそのメッセンジャーを殺してしまえば死人に口なしだ。


 オレが考える以外にも、様々なやり口があるのだろう。


 だからこそ、オレは言った。


「とにかく今は、常に情報を共有しておきたい。だから通信機を持っていてくれないだろうか?」


「通信機? これが……?」


 小型通信機を見せるとリセプが目を丸くした。


 オレはその操作方法を教えてから話を続ける。


「こちらも、何か進展があったら通信機で伝えるようにするから」


「分かりました。ギルドの受付時などに、できるだけ情報を探ってみます」


「ありがとう……けど、危ないことはしなくていいからな」


「ええ……大丈夫です。その辺の対応は熟知していますから」


「そうか。頼もしいな」


 にこやかに胸を張るリセプに、オレも笑顔を返す。


 そしてドリンクが運ばれてきて、乾杯をしてからオレが話を続けた。


「それに……この事件はそろそろ片付けられると思う」


「それは……またどうして?」


 リセプの問いかけに、オレはニヤリと笑みを浮かべた。


「もしオレが憲兵隊だったなら証拠が必要だろうけど、あいにくオレはそうじゃない。魔法士だ」


 オレのそんな答えに、リセプは眉をひそめる。


「カルジさん……どういう意味ですか? まさか……」


「いや、勘違いしないでくれ。オッフェンは捕まえるさ。だがそのために、証拠は必ずしも必要ないってことだ」


 首を傾げるばかりのリセプに、オレは言った。


 はっきりと、決意を込めて。


「クラスナに敵わないからといって、その家族を襲うなどという卑劣な野郎に躊躇う必要はない。徹底的にやってやるさ……!」




(そろそろクライマックスにつづく)

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